第106話 言われて言ってようやく二人は……③
「ゆうくん。行こっ」
会場に着くと幸奈から手を引かれ、色々と連れ回された。
会場には数々の屋台がずらりと並んでおり、それに比例して沢山の人が混雑しあっていた。
田所と秋葉はどこかへ消えた。
『秋葉先輩からいっぱい奢ってもらってくるっす~』
と、言っていたので、おそらく財布を持って出かけたのだろう。おっと、違った。財布じゃなくて秋葉だった。ご愁傷さま。
花火の時間までまだまだある。つまり、しばらくは幸奈と屋台を見て回る時間があるということだ。
「ゆうくんどこ行こっか」
「どこでもいいよ。幸奈が好きな所で」
「じゃあ、かき氷食べたい」
「了解」
ということで、幸奈とかき氷の屋台へ。
僕はブルーハワイ味、幸奈はイチゴ味を買って側に設置されていたベンチに座って食べる。暑い季節にかき氷は良い。ただ、食べ終わった後に喉が渇くのだけが厄介なところ。
「あ、ゆうくんのベロ青くなってる」
「マジか。結構、味強いからな」
「私のはどう?」
幸奈はペロッと小さな舌を出す。その舌はイチゴ味のソースのせいで赤くなっていた。
「赤い」
「そっか~。あ、ゆうくんの一口ちょうだい」
ぱくっとスプーンですくって食べる幸奈。
「ん~こっちも美味しいね。ねね、ベロどうなった?」
また幸奈はペロッと小さな舌を出す。
その舌は青と赤が混じって変色していた。
「混じって変わってる」
「そうなんだ。じゃあ、ゆうくんも」
そう言って自分のかき氷をすくって僕に差し出す。スプーンをだ。
「はい、あーん」
もう、何度目のあーんか分からない。多少、耐性がついたとはいえやはりまだ躊躇してしまう。
だが、相手はかき氷。渋っていては幸奈の露出している肌や綺麗な白いワンピースに垂れてしまうかもしれない。
口を開けてそのまま食べた。
すると。
「えっ!?」
と、幸奈が少々間の抜けた声を出した。
どうしたのかと思いながら幸奈を見ると耳を赤くしている。
「どうした?」
「な、なんでもないよ!」
そう言うとかき氷を勢いよく口へほうり込んでいく。
そんなに急いでしまうとかき氷特有の頭キーンが起こってしまう。
そう懸念していると。
「っ。きーんってする。痛いよ……」
予想通り、幸奈は頭を抑えて身体を丸めた。
「バカだなぁ……ゆっくり食べないとそうなるって分かるだろ?」
「だって、ゆうくんが。ゆうくんが!」
涙目で唸るような視線を向けられる。
なんだろう……こういう泣いてる姿ってものすごく可愛く思えてしまう。
が、どうしてかき氷爆食いが僕のせいに繋がるのかが分からないので可愛いとか思ってられない。納得がいかないからだ。
「僕がなに?」
「うう、なんでもないよ」
幸奈は断固として教えてくれなかった。固く口を閉ざしているので、そっとしておいた方がいいだろうとそれ以上追及しなかった。
かき氷を食べた後、元に戻った幸奈と色々と屋台を見て回った。
見て回ったのは主に食べ物の屋台だ。
焼きそば、焼きとうもろこし、カステラ、クレープ、たこ焼き……沢山ありすぎてどれに行こうか悩むほどだ。
だが、幸奈は挙げたやつ全部行った。脇目もふらずに。それこそ、このままだと制覇してしまうんじゃないかと思うほどに。しかも、大抵の屋台で気前のいいおやじさんが幸奈を見て可愛いからサービスと量を増してくれるのだ。
にもかかわらず、幸奈はペロリとたいらげる。幸せそうに美味しそうにだらしない笑顔を浮かべながら。
「よくそんなに食べて太らないよな」
「ゆうくん。女の子に太るとか言ったらめっ、なんだよ」
「別に幸奈は太ってないからいいだろ。痩せてるんだし」
腕や足を見ても太っているどころかもう少し肉つけた方がいいんじゃないかと思うほどだ。
「じ、じろじろ見ないで……恥ずかしい」
「あ、ごめん。……なぁ、幸奈。そのワンピースどうしたんだ?」
「え、や、やっぱり、変……?」
「いや、そんなことない。さっきも言ったけど似合ってて可愛い」
――ずっと、見てたいくらいに。とは言えなかった。照れ臭いし、なんかそういう綺麗なセリフって背筋が痒くなるから。
でも、本音なのは本音。このまま目が渇いて涙が出るくらいになるまでは見ていたい。
「たださ、急だったからどうしたのかなって」
「あのね、せっかくのお祭りだしおしゃれしたいなって思って買ったんだ。で、どうせならゆうくんをビックリさせたくて」
「……なんか、今ので一段と可愛くなった」
「え?」
「いや、なんでもない」
「誤魔化してもダメだよ~ちゃんと聞いたもーん」
何も言えなかった。ただ、ま、幸奈が嬉しそうに笑っているのでそれで良い。恥ずかしい思いをしたけど、その笑顔で全てチャラになる。
満腹になったから少しばかり運動するとのことで輪投げの屋台へとやって来た。
正直、高校生になっての輪投げは周囲の目が気になるが無関心無関心。こーいうのはその場を楽しんだもの勝ちだ。
それに、周囲の目は僕に向けられているのではなく、となりの美少女にだ。
楽しそうに笑いながら輪っかを投げる幸奈のことを微笑ましい視線で見ているのだ。
「あー外れちゃったー」
正直、これまでの幸奈を見ていれば決して器用だとは思わないはず。むしろ、色々と不器用だろう。僕も幸奈のことを言えないとはいえ、まだ僕の方が色々と器用だと思う。……うん、あってるはず。
だから、幸奈は輪投げも下手だ。
五個あった輪っかを全て外した。小さな子でも一個は引っかけることが出来るだろう。一番手前を狙えばいいだけの話なのだから。
なのに、幸奈は無茶をして一番奥を狙った。そのどこからくるのか分からない自信がある意味凄いと感じた。
「大丈夫。さ、お嬢ちゃん。もう一回チャレンジしな」
ここでも、気前のいいおやじさんが幸奈にサービスした。何度外しても、その度に挑戦させてくれる。
美少女ってマジで得するんだな……。
せめて、一個くらいはと気を遣ってくれているともとれる優しい行為を目の当たりにしてそう思った。
……幸奈さんよ。いくらなんでも外しすぎだ。
もう、何十回と挑戦しても外してばかり。
だんだん、いたたまれなくなってきた。
見るに耐えなくなった僕は幸奈の手を掴んだ。
「ゆ、ゆうくん!?」
「ほら、ちゃんと集中して」
「う、うん」
「ゆっくり、深呼吸して……」
言われたように小さく息を吸った幸奈に身体を少し密着させて一番奥に狙いを定める。
「優しくふわっとさせる感じで投げて」
「うん」
幸奈の腕を離すと言われたように投げる。
その一投はふわっと宙を飛びながら一番奥の棒に引っかかった。
嬉しそうに振り返る幸奈。
その笑顔は小さい子どもがようやく何かを一人で出来た時のようなものに似ていた。
「おめで……」
僕が言う前にわっと大きな拍手の海が広がった。オメデトーオメデトー、といつの間にか出来ていた人集りからとんでくる。屋台のおやじさんなんて涙ぐんでいた。
あの、父親ですか?と思うばかりに。
ようやく、自分の不器用さに気づいたのか急激に幸奈は俯きもじもじとしていた。
幸奈は自分の意思とは関係なく視線を集めてしまうが、本来はあまり目立ちたくないのだ。
だから、隠れるように僕の後ろに立って首だけを出して小さく頭を下げていた。
「この中から好きな景品持ってってな」
おやじさんからご褒美が入ったプレゼントボックスを前にされどれにしようか考える。幸奈は何度も挑戦させてもらったからと遠慮した。
ので、幸奈の前に挑戦して普通に成功した僕一人で選ぶのだが……。
欲しいやつないな。
ガサガサと選んでみてもあまりこれだと思うやつがない。
だが。僕も断ろうかと思った時、目を惹くようなやつを見つけそれに決めた。
それを選んだ時、おやじさんにイヤらしい笑みを向けられたが無視した。そして、何事もないかのようのあとにした。
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