第107話 言われて言ってようやく二人は……④
「あ、おーい。せんぱーい。幸奈せんぱーい」
田所の大きな呼ぶ声が聞こえ、幸奈と向かう。
輪投げの屋台をあとにした後、引き続き幸奈と色々と見て回っていると田所からメッセージが届いたのだ。
内容はそろそろ花火も始まりそうだから集合しようとのことだった。
ので、幸奈と田所から伝えられた集合場所へ向かった。
到着するといかにも祭りを楽しんでますというスタイルの田所とげっそりとした秋葉がいた。
田所の手にはヨーヨーやらリンゴ飴やらが握られていて、頭にはよく分からないキャラクターのお面が斜めに備えられていた。
「はい、幸奈先輩。リンゴ飴どうぞっす。さっきのお詫びっす」
「あ、ありがとう」
「随分、楽しんでるな」
「そりゃ、祭りに来たんだし満喫しないとっすから。それに、秋葉先輩にいっぱいご馳走してもらって満足満足っす」
まぁ、なんとなく予想していたがやはり秋葉は田所からげっそりとなるほどまでお金を絞りとられたのだろう。なむあみ。
「ゆうくんも一口食べる?」
田所から貰ったリンゴ飴を早速食べている幸奈から聞かれたが断ることにした。
「まだ苦しいから遠慮しとく」
幸奈に付き合っていたせいで途中まで結構な量の料理を食べていたのだ。だから、まだ満腹でもうしばらくしてからじゃないと何も入らない感じだった。
花火がよく見える場所があるやらないやらで移動することになった。
のだが、人が多く移動しづらい。
それに、一斉に動き出すので動きづらく、みんなとはぐれそうになる。
「固まって動いた方が良さそうっす――」
そう言った田所が突如視界から消えた。
どうやら、下駄の鼻緒が切れたらしく転けそうになったらしい。と、同時にタイミング悪く一気に人の波が押し寄せる。
「ゆうくん」
「尾山」
先を歩いていた幸奈と秋葉から呼ばれるがここで田所を一人には出来ない。
そもそも、今から急いでももう追えない。
二人とは後で合流すればいい。とにかく、今は。
「大丈夫か?」
「先輩……」
よく見れば、指の間に血がついている。
「あはは、ちょっと、痛いっす」
「歩けそうか?」
「はい。なので、先輩は先行ってて大丈夫っすよ」
「あのなぁ、置いてくわけないだろ。ほら」
僕は田所に背中を向けるとしゃがんだ。
「……えっと、なんすか?」
「分かるだろ。おんぶだよ」
「あ、歩けるっすよ?」
「嘘ついてるだろ」
田所のぎこちない笑顔を見てそう思った。
心配かけまいとした、弱々しい笑顔にも見えたのだ。
「ほら、いいから早くしろ」
「お、重いとか言わないでっすよ……先輩、デリカシーないっすから心配っす」
そう言いながら田所は背中にしがみついてくる。
立ち上がってみても重みなど感じない。
やっぱり、田所も女の子なのだ。
「ど、どうすっか……?」
「大丈夫。重くない。むしろ、背中に素晴らしいものが当たっておありがたい」
重みを感じないのはある意味で背中に当てられている柔らかい感触のおかげででなのかもしれない。
「なっ……最低っす。変態っす。先輩はバカっす。今すぐおろしてほしいっす!」
不安そうにしていたから気を紛らわそうと思って言ったのが逆効果だったようだ。ポカポカと暴れながら頭を叩いてくる。前を向いているので確認できないが、きっと田所は今真っ赤になって怒っているのだろう。
「わ、悪かったって。冗談。ほんの冗談だから」
「うう、先輩は欲求不満なんすか? 幸奈先輩に言いつけるっすよ……」
「それだけは勘弁してください田所様。この下僕……ご主人様のために丁重に運ばせていただくので幸奈にだけは」
「……なら、優しくしてくださいよ」
首に腕を回され、背中に完全に身体を預けられる。
ぎゅうっと田所の膨らみがある部分が押しつけられ、さっきよりもより密着したことが分かる。
「お、おい……当たってるぞ」
「いいんす。ご褒美っす。だから、いっぱい堪能していいっすよ」
「その言い方はなんかあれな感じがするが……しっかり掴まってろよ」
「はいっす……」
そのまま、簡単な手当てが出来る設置されたテント型医務室を目指した。胸が高鳴っているのが聞こえないようにと祈りながら。
どうせ、今から行っても人が多くて余計に混雑するだけだ。別に、花火はどこでも見える。ただ、よく見えるかそうでないかだけ。
だったら、消毒も出来てみんなが集まりやすい場所で待ってる方がいい。
医務室に着いて田所を下ろすと訳を話して消毒液と絆創膏を貰った。
「先輩。よくこんな所知ってったすね」
「幸奈と回ってた時に見つけたんだ。祭りってはめ外して怪我するやつとかよく聞くからここは対応がいいなって」
答えながら幸奈と秋葉にメッセージを送る。田所が怪我したから、医務室にいると送っておいた。これで、二人もここに来るだろう。
「自分で出来そうか?」
椅子に座りながら、消毒液と絆創膏を手にしたまま田所はピクリとも動かない。返事はないが、出来ないということが分かった。
田所の手から消毒液を奪うとしゃがんで素足に触れた。
「ひゃっ、な、何するんすか! 訴えるっすよ!」
「消毒するんだから訴えるな。治療だ治療」
「だからって……いきなり触るなんて反則っす。これ、私だからいいものの赤の他人なら通報案件っすからね?」
「それくらいの常識はあるに決まってるだろ。ちょっと、滲みると思うけど我慢しろよ」
赤くなった部分に消毒液をぴちゃっと落とすとびくんと身体を跳ねさせる。
「やっぱ、私が浴衣着てくるのが間違ってたっすね。浴衣じゃなかったら、先輩に迷惑もかけずに済んだし二人とはぐれることもなかったっす」
「迷惑なんて思ってないし。浴衣だって似合ってるんだから自分を責めること言うなよ」
「先輩……ねぇ、先輩。どうして優しくしてくれるんすか?」
「別に、優しくなんてないだろ」
「優しいっすよ」
「ま、強いて言うならさっき優しくしてって言われたからかな」
これくらい、誰だってやること。困ってる後輩を助けることくらい誰だってやることだ。
それでも、ちょっとサービスしようと思うのは相手が田所だからだろう。見知らぬ後輩なら連れてきて、誰かに任せてしまうはずだから。
「……先輩はどうして私が先輩のことだけ名前で呼ばないのか分かるっすか?」
そう言えば、今まで一度も名前で呼ばれたことがなかったな、と言われて気づく。
「気にしたことなかった」
「……もう、先輩はのほほんと生きすぎっす」
「のほほんってなんだよ……で、どうしてなんだ?」
「特別だからっす。自分だけ名前で呼ばれないってなんか特別感するじゃないっすか?」
「僕としては特別とかより普通に名前で呼んでほしいけどな」
だって、田所の言い分だと確かに特別感はするけど、なんかそれってハブられてるみたいだ。
どうでもいい人達からハブられてもどうでもいいけど、仲良い人達からハブられたら流石に悲しい。
「はい、終わり」
話している間に田所の応急措置を済ませた。
だが、困ったことがひとつ。下駄の鼻緒。
これは直せない。直し方を知らないのだ。
「下駄は自分でどうにかしてくれ」
田所に渡すと流石女子力が高いだけあって手際よく直していた。
と、その時、遠くから大きな爆発音が耳に届く。花火だ。花火が打ち上げ始められたのだ。
「始まっちゃったっすね……」
「そうだな。にしても、二人とも遅いな。どっかで迷子にでもなってなかったらいいけど……」
メッセージが届いてないかスマートフォンを出して確認するも何もない。おそらく、人混みのせいで着くのが遅くなっているだけなのだろう。
「先輩、知ってるっすか?」
「なにを?」
「花火が打ち上げられている時に告白すると成功するってジンクスがあるんすよ」
「へー、女子ってそういうの好きだよな」
「適当っすね」
「ま、ジンクスとか正直勇気を出すために自分で勝手に決めたご都合主義でくだらないって思ってるから」
そもそも、ジンクスがあるならみんな花火の時に告白すればいい。なのに、告白しないのはそれが所詮は嘘だと分かってるからだ。
「……にしし。私もそう思ってたっす。でも……」
田所が口にする言葉は花火の音にかき消され、耳にまで届かなかった。
だから、確認するために一歩近づいた。
だが、それは無駄となった。花火と花火の間に出来た、僅かな時間。その一瞬の静寂な時間の中で田所は口を開いた。
「祐介先輩……好き。好きっす」
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