第87話 ウザ後輩の様子がおかしい①

 勉強会を終えたその日の内だった。田所からメッセージが届けられた。


 先輩。話したいことがあるので、明日もう一回伺ってもいいですか……?


 文面だけを見たら、何も可笑しなところはない普通の文章だった。しかし、いつもの何々っすよという部分がない。それが気になった僕は分かったと返事した。昼過ぎに行くと返ってきた。


 そして、翌日。書いてあった通りに昼過ぎにチャイムが鳴った。扉を開けると手ぶらの田所が少し申し訳なさそうにしながら笑顔を浮かべた。


「……こんにちはっす」


「どうした?」


 言いづらいことなのかばつの悪そうにする田所。とりあえず、いつまでもここにいて隣を見られては困る。そのためにも、上がるように扉を開けきると大人しく入ってきた。


 で、特に話すことなく今は僕の部屋を物色されている。


「うっわ。先輩の本棚メイド関連ばっかじゃないっすか。『メイド喫茶へいらっしゃい』? これ、どんな内容なんすか?」


「それは、ある日事故で家族を亡くした主人公が路頭に迷っている時にメイドさんに声をかけられてメイド喫茶で働き出すって話だ」


「へ~」


「で、何年か働いて成長した頃、ボロボロの男の子と出会うんだ。その子のことが気になった主人公は自分が誘ってもらったように手を差し伸べて言うんだよ。メイド喫茶へいらっしゃいってな」


「ほうほう」


「で、それから始まる主人公と男の子のラブコメって感じだ」


「へ~なんだか聞いてる限りだと面白そうっすね」


「だろ? この前の新刊でメイド喫茶戦争が開幕されたんだ」


「メイド喫茶戦争!? なんすか、それ?」


「決められたルールの中でどれだけお客さんを集められるかを競う勝負だ。中々面白かったけど闇も見た気がする内容だった……」


「あ、あんま深く聞かない方が良さそうっすね……」


「興味があるなら読むか?」


「え~どうしよう……」


「これを読んで田所もメイド喫茶の素晴しさを学べばいいよ」


「学んでどうするんすか?」


「メイド喫茶でバイトとか?」


「嫌っすよ!」


「全力否定だな」


 首と両手をぶんぶん振って断る田所。ここまで嫌がる田所を見るのも初めてでなんだか面白い。


「そうっすよ。だって、メイド服ってなんかこう……胸元開きすぎって言うか……先輩みたいな人にガン見されそうで……」


「普段、そーいうネタばんばん言ってくるくせに」


「相手が先輩だからっすよ。先輩以外の相手とか言うわけないじゃないっすか」


 よっぽど信頼されているのか……良いことなのか、悪いことなのかよく分からない気分だ。


「ま、メイド喫茶とか関係なしに読みたくなったら貸してやるよ」


「先輩……ありがとうっす」


 ようやくいつもの笑顔になった気がする。と、ここらで、切り出すか。


「で、何があったんだ?」


 途端に笑顔が消えて俯く田所。ここは、静かに言い出すのを待った方が良いのだろう。ずっと、立ってるのも疲れてきた。


「適当に座れよ。ずっと、立ってるのも疲れるだろ?」


「そうさせてもらうっす……」


 田所はベッドに腰をおろした。本当に警戒されていないんだな。田所に何かしようなんて考えたこともないけど。


 僕も椅子に座って待つこと数分。ようやく顔を上げた田所が口を開いた。


「あの――」


 その瞬間だった。尋常じゃない数のチャイムが鳴り響いた。


「な、なんすか!? なんすか!?」


 田所は驚いているようだったがこの流れは分かっている。


「あー、お客さんのようだ」


 そう言い残して玄関へと向かう。

 その最中、チャイムは止み変わりに扉が何度も叩かれる。はいはい、分かってるって。


「どうした?」


 扉を開けるとやはり幸奈がいた。焦った様子で口を開く。


「ゆ、ゆうくん!」


「なに?」


「なん……」


 何か言いかけた幸奈は口を閉じて、俯いた。なんだろうと思っていると顔を上げて『入る』 と言って入ってきた。

 そして、そのままずんずん歩いていって僕の部屋に入った。


「え、幸奈先輩!? どうしたんすか?」


「幼馴染の勘が言ってるの。ピンチだって」


「はぁ……って、言いますかその格好なんすか!?」


 幸奈はいつものようにジャージに髪ボサ状態だった。それほどに幼馴染の勘とやらが働いて綺麗にする暇もなかったのだろうか。


「な、なんだっていいでしょ。と、ところで。どうして、ゆうくんと二人きりになろうとしたの!?」


「いや、落ち着いてくださいっす。私は先輩に相談があったんす」


「相談……?」


「はい」


「ゆうくん……本当?」


 若干の涙目で聞かれ、胸が少し傷んだ。そうだよな。好きな人の部屋で二人きりの状況を見ると悲しいよな……。


「本当。それ以上でも以下でもないよ」


「そっか~良かった~。あ、いや、良くはないんだけど良かった~」


 その場にへたりと座り込む幸奈。一先ず、疑われることはないようだ。疑われることなんてしてないけど。


「あの、幸奈先輩こんなんだし帰った方がいいっすか?」


「……いや、なんか今帰したらまた聞くまでに時間かかりそうだし。幸奈も大丈夫だよな?」


「うん」


 幸奈は田所の隣にちょこんと座った。


「で、何を言おうとしてたんだ?」


 僕と幸奈の両方から見られ、田所は言いにくそうにする。この判断は間違ったかと思うも田所は口を開いた。


「……あの、笑わないで聞いてほしいんすけど……」


 幸奈と顔を見合わせて二人ではてなマークを浮かべる。


「実は私……ストーカーされてるんす!」

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