第86話 幼馴染メイドとウザ後輩と勉強会
田所からの少々無茶ぶりに決定された僕の家というか部屋での勉強会の日がやってきた。
僕は田所を案内するために学校の前で待っていた。
「せんぱ~い」
暑いとうなだれていると元気な声が聞こえてくる。聞こえた方を見ると走りながら大きく手を振っている田所が。
「お待たせっす」
「別に、待ってない」
「そこは、僕も今来たとこって言うとこっすよ」
『そっちの方がデート感出ると思いません?』とにししと笑う田所。楽しそうにしているけど、それよりも暑くて仕方がない。適当にあしらうことにした。
「はいはい」
「適当っすね~」
「それより、暑いから早く行くぞ」
「幸奈先輩は?」
「もう来てる」
ということで、田所を連れてマンションへと向かった。着くと隣の部屋に幸奈が住んでいると知られないために田所の左隣に立って壁なった。
「ここ」
扉を開けると玄関には幸奈がいた。
「おかえりなさい。あと、いらっしゃい」
それ、言う必要ないだろと笑顔でいる幸奈を見るも気づいている様子はない。
――誤解されたらどうするんだ?
「えっと……先輩、場所間違えてません?」
「間違えてない。ここであってる」
「じゃあ、なんで幸奈先輩が自分の家みたいな雰囲気でいるんすか? しかも、新妻感ぷんぷんなんすけど……」
「そこは触れるな……」
田所の背中を押して、中に進ませると急いで扉を閉めた。ふぅ、これで、一安心。後は、帰る時も僕が壁になれば大丈夫だ。
「へぇ~意外と綺麗にしてるんすっね~。てっきり、めちゃくちゃ汚いもんだと思ってたっす」
「それは、どこぞの誰かさんだ」
田所は意味の分からない表情を浮かべ、幸奈は気づかれないように目を泳がせていた。
「ところで、お二人はどうして制服なんすか?」
僕と幸奈は制服姿だった。学校もないのに、休日まで制服なのは疑問で仕方ないだろう。どうして、制服を着ているかは昨日の夜のことだ。
幸奈から、あれからまだ服を買えてないからジャージしかなくて、着ていくのは制服にすると電話があったのだ。僕だってこの前買った以外はジャージしかない。学校前まで迎えに行くのにジャージでうろつきたくない。という訳で僕も制服に決めたという訳だ。
「なんとなくだ」
「なんとなくよ」
「え~。先輩は別にいいっすけど幸奈先輩は私服姿見たかったっす。きっと、なんでも似合うっすよ」
それはもう確認済みだ。と言える訳もなく、幸奈と一緒に無視をかます。
「ほら、そんなことより早く勉強するぞ。お前が言い出した勉強会だろ」
「はいはい、分かったっすよ~。幸奈先輩、お願いするっす!」
田所が幸奈に綺麗に頭を下げて勉強会が始まった。僕と幸奈が隣同士、幸奈の前に田所という配置で時間が進んでいく。
約束をしてからちょくちょく暗記を始めていたが今日も暗記を続け、たまに幸奈から数学の解き方を教えてもらう。
田所も分からない箇所を幸奈に教えてもらいながら勉強を進めていった。
そして、数時間が経った頃、限界がきたのか田所がぐでーっと机の上に突っ伏した。
「おい」
「もう、ダメっす。少し休憩っす」
「……ったく。幸奈も休憩にする?」
「うん」
幸奈はうーんと腕を伸ばしながら答えた。
「先輩。幸奈先輩に優しくないっすか?」
「当たり前だろ。今日は面倒見てもらってるんだ。敬わないと。お前もお礼に肩くらい揉んどけ」
昨日買っておいた飲み物やらお菓子やらを用意しようと席を立った。冷蔵庫の中を見て田所に声をかける。
「なに飲みたい?」
「なにあるんすか?」
「コーラとオレンジジュースとサイダー」
「じゃあ、オレンジジュースで」
「了解」
幸奈にコーラ、田所にオレンジジュース、僕もコーラとコップに注ぎ、スナック菓子を適当に皿に盛りつけて戻る。
「一学期も後少しっすね~」
一学期か……。思い返される、幸奈と話すようになった日のことを。いつものように向かったメイド喫茶で幸奈が働いてたんだよな。
その時はこの場限りだと思ってたし、これ以上関わることもないって思ってた。なのに、今はこうして一緒に勉強してるなんて。
「なんだか、随分と濃かった一学期だった」
「まだ、終わってないけどね。……でも、うん。本当に良い一学期だった」
幸奈は僕を見ながら小さく微笑んだ。その姿がとても可愛く見えて、思わず見いってしまう。
「あの~甘い空気出すのやめてもらっていいっすか? 暑いのに胸焼けするっす」
「そ、そんなん出してないわ」
「そ、そうよ」
「はいはい。そうっすね~」
田所はうんざり気味に聞き流してた。僕と幸奈から甘い空気なんて……出てないよな?
「夏休みになったらみんなで遊びましょう」
「は?」
「プールとか海とか~お祭りとか~キャンプとか!」
「僕たちとじゃなくて友達と遊べよ」
「私、友達そんないないっすけど?」
……あ、言ったらダメなやつだったか?
田所はなんら気にすることなくいつもの調子だ。でも、心の中ではどう感じてるのか分からない。
「ご、ごめん……」
「あははは、謝ることないっすよ~。友達はいなくても話し相手はいるのでなんとかなってるっすから」
「分かる。友達なんて別に必要じゃないもん」
「そっす。友達なんて一人でもいれば大丈夫っす。私の友達は先輩達だけで十分っす」
……どうして、僕の周りのボッチってこんなにも心が強いんだろう。秋葉も一人を好むし。そう言う僕だって春以外の友達を作ろうともしない。
でも、田所の言うことも分かる。友達なんて一人いれば十分だ。その関係を大事にすればいいだけなんだし。
「お前と友達になった記憶ないんだけど」
「私も」
「え~酷いっすよ~。友達がいない可哀想な後輩の友達になってくださいよ~」
ふてくされる田所を見て幸奈と軽く笑った。多分、口には出さなくてもこーいう会話が出来るから仲が良いってのはみんな分かってるんだと思った。
口に出さないと分からない関係もある。今の幸奈とのような関係のように。でも、口に出さなくても分かる関係もある。そんなことを思いながら勉強会を再開した。
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