第85話 幼馴染メイドとメイド同好会で勉強会②了

 同好会室とも言える空き教室の中でなにやら不穏な空気が漂っている。不穏と言うか……ただ暗い。田所と秋葉からどんよりとした暗いオーラが滲み出ていた。


 一先ず、幸奈と顔を見合わせてから向かい合う形で座ることに。


「どうした?」


「……来る七月某日、奴等が……いや、やめておこう」


「ああ、期末試験か」


 だいたいどういうことで落ち込んでいたのか理解できた。試験が近づくと恒例のようになっていた秋葉の決まり文句があったからだ。

 しかし、途中で切れるとはどういうことだろう?


「……尾山。お前、この前の点数が良かったからって随分と余裕だな」


「いや、余裕じゃないけど……」


 幸奈がまた勉強を見てくれるということで安心感があるんだ。ほら、なんかゲームとかですごい強い人と組んだら自分が弱くても勝てるっていう謎の自信。あれと同じだ。


「けど、なんだよ?」


「幸奈がいてくれるから……」


「ゆ、ゆうくん!」


 ガタッと超絶速度で椅子から立ち上がる幸奈。赤くなっている。


「あ……」


 言ってから気づいた。とんでもないことを滑らせたことに。すぐに訂正しなければ。


「せんぱ~い……私と秋葉先輩がこんっっっなにもどうしようかと悩んで落ち込んでるのに随分と楽しそうでなによりですねぇ~。どうせ、あれっすよね。毎晩、幸奈先輩と勉強とか言いつつえっちなことでもしてるんすっよね?」


 はぁぁぁと大きなため息をつく田所。相変わらずウザいが今はそれどころじゃない急いで訂正しなければいけない。


「ち、違う。幸奈がこの前も勉強って言うか勉強の仕方を教えてくれたから今回も大丈夫かなってだけだ!」


「どうっすかね~先輩は信じられないっす。私達、三人で補講組だったじゃないっすか。それなのに、一人だけ抜け駆けするように点数を上げて……ズルいっす!」


「ズルいって……僕の努力だ。文句を言われる筋合いはない」


 そうだ。幸奈に勉強の仕方は教えてもらった。でも、実際に成果を出したのは僕の頭だ。文句は誰にも言わせない。


「幸奈……?」


 同意を求めようと幸奈の方を見るとなにやら不気味な笑みを浮かべていた。なんとなく、その理由がなにかは察しがつくが深くは追及しない。


 咳払いをひとつして口を開いた。


「まぁ、秋葉は僕と同じ三年で夏休み毎日補講は可哀想だからな。勉強の仕方教えよう」


 少しいい気分だ。毎回、この中で最下位だった僕が今ではこの二人より上位なのだ。優越感ってこういうことを言うんだな。


「……十点も変わらないのによく言うな。まぁ、聞くだけ聞こう」


「ちょ、ちょちょちょっと待ってほしいっす! 私にも教えてほしいっす!」


「田所……お前はウザいから教えてやらん」


「ひ、酷いっす。幸奈先輩。先輩が酷いんすけど――って、幸奈先輩!?」


 田所はようやく幸奈が可笑しな様子に気づいたようだった。因みに、秋葉は一切興味を示さない。ある意味感心する。


「先輩。幸奈先輩の様子が可笑しいっす。なんかくねくねしてるっす!」


「あ~大丈夫だ」


「いや、心配っすよ」


「今は妄想タイムだ」


「妄想タイム!?」


 田所の大きな声にようやく我に返った幸奈が少し恨めしそうに言ってくる。


「妄想タイムとか言わないで……ゆうくん」


 静かに座る幸奈。 それと同時に田所は口を開く。


「あの、ホントにこの前からなんなんすか? 急にゆうくん呼びになってるし、なんか雰囲気も変わったって言うか……和らいだって言うか……調子狂うっす!」


「ゆうくんがね、どんな私でも受け入れてくれるって言ってくれたから」


 幸奈は嬉しそうに照れながら口にする。なにを堂々と虚偽情報を漏らすんだと口にしそうになって閉じた。近いことは言った。それを、幸奈はそう受け止めたんだと理解できただけで収穫……なのかもしれない。


「あの、お二人は付き合って――」


「――尾山と姫宮の関係なんて今はいい。それよりも、期末試験に向けてだ」


 田所の言葉を遮るように秋葉は口にした。


「そ、そうすっね。そこで、提案があるっす!」


 田所は妙案を思いついたかのように人差し指を立てた。


「このメンバーで勉強会しましょう!」


「嫌だ」

「嫌だな」

「嫌ね」


 見事にハモった。田所の妙案は見事に粉砕された。愕然と肩を落とす田所。


「なんでっすか!?」


「ウザいから」

「うるさいから」

「なんとなく」


 幸奈の理由が一番酷い。僕と秋葉の理由は田所に当てはまるけど、幸奈は適当だ。つまり、端から興味がないらしい。


 でも、幸奈がここまで素を出してるのも珍しいんだよな。クラスだと絶対作り笑いしてるだけなのに……それだけ、この居場所が居心地のいいものってことなのかもしれない。


「なぁ、田所。人に頼む時はそれなりの誠意ってもんをみせるもんだぞ?」


「な、なんすか……私になにさせたいんすか?」


「普通に大人しくするとか静かにするとか言ってみろよ」


「そ、そんな……その二つをとったら私にはなにが残るんすか?」


「……さぁ?」


 田所になにが残るとか心底どうでもいい。普段の仕返しにいいざまだ。


「し、仕方ないっす……背に腹は代えられないので先輩の言った通りにするっす。だから、ぜひ。勉強会してくださいっす!」


 綺麗に九十度に腰を曲げる田所。ここまでさせて断るほど僕は鬼じゃない。他の二人は知らないけど。


「僕はいいぞ」


「ほんとっすか! ありがとうっす!」


 パアッと喜ぶ田所。普段、ウザいからか素直に礼を言われると変な気分である。


「ゆうくんと二人きりにさせたくないから私も参加する」


 まぁ、幸奈がこうなるのはなんとなく分かってた。これで、三人が参加。残るは秋葉だけどここまできたら秋葉も参加するだろう。


「俺はやめておく。このメンバーだとまともな勉強会になるとは思わない」


「……相変わらずマイペースな」


「尾山。姫宮直伝の勉強方を教えてくれ」


「ああ、暗記だよ暗記。ひたすら暗記して基礎を覚えるんだと。難しい問題は暗記してから挑まないと意味ないんだってさ」


 確認するように幸奈を見ると幸奈は頷いて答えた。それを見て、秋葉は顎に手を添えながらぶつぶつ言い出す。


「なるほど……暗記もせずに、難問に挑んでたのがいまいち結果の出ない理由だったのか……」


 根が真面目な秋葉は早速今日から取りかかり勉強するだろう。次のテストだとまた負けそうだ。


「で、どこで勉強会するんだ? 図書館?」


「先輩、一人暮らしっすよね?」


「そうだけど」


「じゃあ、先輩の家で!」


 断ろうと考えたがその先を考えてみた。田所がいる時点でまず静かにはならない。田所こいつはすぐに約束を破るからさっきのだって絶対に守らない。ということで、図書館だと迷惑をかけて追い出される。


「はぁ。分かった」


「じゃ、次の休みに先輩の家で」


 こーして、僕の家での勉強会が決まった。

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