最終話 幼馴染メイドと終わらない腐れ縁

 夏休みが終わり今日からまた学校生活が始まった。


 一学期よりも起きる時間を早め、支度を済ませると家を出た。

 そして、ドアの前で幸奈を待つ。


 昨日のうちに約束をしておけば良かったけどちょっとしたサプライズをしたくて黙っておいた。まだ家を出てなかったらいいけど。


「あれ、ゆうくん? どうしたの?」


 しばらく待っているとドアが開く音がし幸奈が出てきた。

 こっちを見て驚いていたのでサプライズは成功だ。


「幸奈と一緒に行こうと思ってたんだけど……その髪、どうした?」


 幸奈の髪がいつものストレートからツインテールに変化していた。まるで、僕までサプライズを受けたような気持ちになる。


「なんだか今日は綺麗になってくれなかったら纏めたんだ。どう?」


「うん、似合ってる。ストレートもいいけどツインテールもいいな」


「えへへ。これからもたまにしてみようかな。じゃ、行こっか」


 旅行中には聞けなかった付き合ったことを言ったのかということ。マンションに戻って二人で過ごしている時に聞いたら、夏祭りの日に連絡していたらしい。僕が考えていたよりもずっと前から知られていたのだ。


『嬉しくて我慢出来なかったの……ダメだった?』と聞かれてダメだと言える訳もなく。そもそも、全然ダメなんかじゃないので抱きしめておいた。


 何度か幸奈と一緒に下校したことはある。だが、登校は初めてでなんだか新鮮な気持ちだった。



「よ、久し振りだな」


 自室に着くと少し肌が焼けた春から相変わらずの爽やかスマイルを向けられた。


「久し振り。随分と満喫したようで」


「あ、分かった? 高校最後の夏休み大満足だった」


 幸せそうに語る口調から真野さんと楽しんだことをが伝わってくる。


「祐介だって良かったんだろ? 朝から見せつけちゃってくれてさ」


「別に……一緒に教室に来たってだけだ」


「そうかなぁ~誰もそうは思ってないと思うけどなぁ~」


 ニヤニヤしながら春の視線が幸奈に向けられる。それに合わせて目で追うと幸奈は女子の集団に囲まれていた。

 別に苛められているとかそういう状況じゃない。何を話しているかは聞こえないが危なっかしい雰囲気はない。むしろ、女子特有のピンク色の空気が見えるというか……。


 まぁ、その原因は何となく察してるんだけど。


「しっかし、幸奈ちゃんも変わったな。教室であんなに大胆と」


 そう、教室に入ってすぐに幸奈に抱きつかれたのだ。ほんの数秒のことだったが、おかげで教室からは色んな声が上がった。黄色い歓声、おぞましい悲鳴。中には血反吐を吐いて倒れてる者までいた……男女共に……って何で!?

 と、とにかく教室は一時期騒然となった。


「まぁ、いい結果になって良かったよ。おめでと」


 幸奈の行為で全て知られたのだろう。

 僕と幸奈の関係を少なくともここにいるみんなには。


「……ありがと」


 ずっと、疎遠だったことを心配してくれていたからこそ春は親目線みたいにうんうん頷いている。だから、素直に感謝した。


 と、おぞましい怨念の視線を向けられる中で別の視線を感じた。見ると幸奈だった。目が合った途端、小さく手を振ってきたので振り返しておいた。すると、幸奈を囲む女子の集団からまた大きな声が上がった。



「夏祭りの日はありがとな」


「気にすることはない。後輩を送った、ただそれだけだからな」


 始業式が始まる直前、トイレに向かうと秋葉と遭遇した。そこで、夏祭りの日の礼をちゃんと伝えた。残してきてしまった田所を秋葉が送ってくれたのだ。

 僕だとどうにも出来なかった。していい権利がなかった。だから、あの時の秋葉の気遣いには感謝してもしきれない。


「尾山がどういう選択をしようとそれは尾山の決めたことだ。それで、俺達の関係が変わる訳じゃない。これからもメイド仲間だ」


「秋葉……」


 その言葉が素直に嬉しかった。

 だから、自然と握手を交わした。良いメイド仲間をもったものだ。



「相変わらず校長先生の話、長かったね」


「だな。おありがたいんだろうけど疲れる」


 始業式も終わり、幸奈と教室まで戻っていると、


「せーんぱい。幸奈先輩。お久し振りっす」


 田所がにししっと笑いながらやって来た。

 田所とは、喫茶店で話して以来となる。


「久し振りだな。元気だったか……って見れば分かるか」


「にしし。元気に決まってんじゃないすか。私、元気が取り柄なんで!」


 と、胸をはってドヤッと笑う。


 やっぱり、田所とはこういう関係が楽だ。きっと、付き合う付き合わないじゃなく、こうしていられることが楽しいと思っているんだ。


「幸奈先輩も元気だったっすか?」


「う、うん。元気だったよ……」


 幸奈は申し訳なさそうに顔を伏せた。

 当然のことだが、幸奈は田所に悪気を感じているのだ。


「幸奈先輩。顔、あげてくださいっす。私、幸奈先輩のことも好きなんで仲悪くなったりしたくないんすよ」


「でも、私……どうしたらいいか」


 幸奈は友達とケンカしたことがない。だから、どうやって仲直りすればいいのか分からない。


「幸奈先輩はどうもしないでいいんすよ。これまで通りでいてくださいっす」


「後輩ちゃん……」


「今度、一緒に動物パーカー買いに行く約束だってしてるんすから」


 田所は本当に良いやつだ。自分だって散々傷ついたはずなのに僕にも幸奈にも気を遣っている。


 だからこそ、田所とはこれからもずっと仲良い先輩後輩でいたいと心から思う。


「行ってくれるの?」


「もちろんっすよ。一緒に可愛いの選んで先輩を驚かせてくださいっす」


「うん……ありがとう」


「あ、そろそろ私のこと名前で呼んでほしいっす。ダメっすか?」


「ううん、ダメじゃない。えと、さ、咲夜ちゃん……」


「うぐっ。こ、これは、大きいっすね。幸奈先輩、可愛いっす。てか先輩。名前を呼ばれるっていうこの感覚自分だけ味わってたんすか? ズルいっすよ!」


「そうだろう。そうだろう。幸奈から呼ばれるとなんか幸せな気分になるだろう」


「これは人を駄目にする系のやつっすね。あ、そろそろ教室に戻らないっとっすね。じゃあ、またっす」


 田所は教室に戻ろうとしてピタリと足を止め、最後に振り返った。


「幸奈先輩。先輩から酷いことされたら言ってください。一緒にとっちめてやりましょう!」


「おい!」


「にしし。それじゃ、また今度っす~」


 田所は愉快そうに笑うと教室まで走っていった。



「ゆうくん。帰ろ」


 ホームルームも終わり、帰る準備をしていると幸奈がやって来る。


「うん」


 と、準備を済ませ席を立ったところで幸奈が腕を組んできた。


「さ、幸奈!?」


 周りがまたうるさくなると同時に心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


「どうしたの?」


「どうしたのって……この状況は照れる」


 二人きりなら存分に構わない。むしろ、カモンと受け止める。

 でも、今は二人きりじゃない。教室にはまだいっぱいクラスメイトが残っているのだ。


「もう、ゆうくんは照れ屋さんだな~私達、もっとスゴいことしてるんだし今更照れることなんてないよ」


「よーし、幸奈。帰ろう、今すぐに」


「うん。あ、そうだ。帰る前にスーパー寄ろうね。食材買わないとだもん」


「分かった。分かったからしばらく黙ってて」


 このままだと教室が殺意で満ちちゃうから!


 学校を出て、スーパーに向かおうとすると今までくっついていた幸奈が急に冷めたように離れた。


「はぁ~ドキドキした……」


 熱くなった顔を冷ますように手でパタパタと扇いでいる。


「ドキドキしたならなんであんなことを……」


「だって、朝はみんないなかったから今ならみんなに分かってもらえるかなって」


「何を?」


「ゆうくんは私のだってこと。私はゆうくんのだってこと」


「そ、そんなことしなくても」


「ダメだよ。ゆうくんは気づいてないけどモテかけてるんだよ? ゆうくんにちょっかいだしてほしくないもん」


「僕がモテるって……それはない。てか、モテたとしても幸奈以外はないからそんな心配いらない」


「それでも不安になっちゃうの。か、彼女なんだから……」


「そ、そっか……」


 それでも、本当に心配はいらないのだ。


 疎遠だった時は同じクラスになる度、腐れ縁の運命を呪った。神様を嫌った。腐れ縁を切りたいとずっと思っていた。

 それでも、そんな僕のことを幸奈はずっと想い続けてくれていた。方法は無茶苦茶で不器用で決して良い方法ではないと思う。こんな女の子、どこを探しても僕の隣にしかいないだろう。


 そんな幸奈のことが僕は好きだ。

 今は腐れ縁を切りたいとも思わない。それどころか、切れてなくて本当に良かったと安心するほどだ。


「ボーッとしてどうしたの?」


「やっぱり、幸奈以外の女の子を好きになることはないだろうなって」


「ぼ、ボーッとしてないで早く行こ!」


 幸奈が赤くなった顔を隠すように足早に歩き出す。そんな幸奈に追いつくために駆け足で隣に並んだ。そして、手を握った。


「こうしていこう」


「う、うん……」


「あのな、幸奈。教室で言ってたスゴいこととかあんまり言わないでほしいんだ」


「どうして? 女子はみんなキスした~とか話してるよ?」


「うん、女子の前ではいいよ。でも、男子の前はダメ。そういう幸奈を想像してほしくないから」


 ……って、本当、僕も随分と変わったな。あの頃は考えもしなかった。


「あ、そ、束縛とかじゃないけど……キモかった?」


「ううん、ゆうくんがどれだけ私のこと好きなのか分かったから」


 ニヤーっと嬉しそうにして、かついたずらっ子っぽく笑う幸奈。


「大好きに決まってるだろ」


「ん!?」


 不意に幸奈の唇に触れると分かりやすく目を丸くする。今日は色々と幸奈に驚かされているのだ。少し、意地悪しても問題ないだろう。幸い、周りには誰もいないことだし。


「よし、スーパー行くか」


「ゆうくんの馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿ー」


「早く帰って幸奈とご飯も食べたいしなー」


 幸奈が涙目になりながら横で騒いでいるが無視して歩き出す。

 その際に幸奈の手を握る力を少し強めた。

 きゅっと離さないように。腐れ縁が途切れないようにと願いを込めながら。


 すると、幸奈も力を込めて握り返してきた。熱くなったことが強く感じ、それだけでこの腐れ縁が途切れることはないだろうと思えた。


 そう思えたことが幸せだった。


 多分、幸奈もそう思ってくれたのだろう。顔を見合わせて笑い合った。


 僕と幸奈の腐れ縁は終わらない。これからもずっと……ずっと、続いていく。

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