番外編 クリスマスSS

 12月25日――それは、クリスマス。

 本来、キリストさんの生誕祭であるがいつからか『恋人達がイチャイチャする日』に認識され、キリストさんの存在なんて誰の頭にも残っていない。

 ただ、クリスマスだからと言って必ずしも恋人と過ごす訳ではない。友達や家族と過ごす者もいれば、一人を貫き通す者もいる。

 去年の僕は後者だった。クリスマスの日にバイトをいれ、来店するカップルを眺めては爆発しろと思い、町を歩けば手を繋ぎ一つのマフラーを二人で使う忌まわしき存在を見て爆発しろと思い……とにかく、散々な一日だった。


 だが、今年は違う。


 可愛い初めての彼女――幸奈と一緒。幸奈と過ごす。そう考えるだけで人生勝ち組なんじゃないかと思えてくる。


「やっぱ、クリスマスだしケーキくらいは食べたいよな」


「そうだね~おいひい……」


 ショートケーキの上にある苺を頬張りながら幸奈が幸せそうな顔を作る。


「次はこっち~」


「相変わらず、よく食うよな」


「んふふふ~甘いものは別腹だからね」


 幸奈の前にはショートケーキの他にチョコケーキとチーズケーキも並べられている。量を食べたいならホールで買えばいい、と言った結果、『交互に味を楽しむために欲しいの!』と怒られた。


「太っても知らないぞ」


「太っ……」


 フォークを動かす幸奈の指がピタッと止まる。


「太らないもん。太らないもん。太らないもんっ!」


「いや、よく言うだろ? 冬ぶとりって」


「言わないもん。知らないもん。そんな言葉」


「でも――」


「あーあー聞こえない聞こえない聞こえなーい!」


 耳を手で塞ぎながら、首を横に振る。

 一生懸命な姿に思わず、きゅんとしてしまった。


「……あのね、ゆうくん」


「どうした?」


「ゆうくんは私が太ると嫌いになる……?」


 不安そうな幸奈が涙目になりながら聞いてくる。


「え、なるわけないじゃん。てか、幸奈のこと嫌いになることないと思ってるけど?」


「あ、そ、そうなんだ……ありがと」


「どういたしまして?」


 何故か、幸奈が勢いよくケーキを口に運び始めた。耳を赤くして、パクパクパクパク小さい口で食べている。


「ゆうくん……」


「何?」


「じっと見ないで……恥ずかしい」


「いや、幸せそうだなぁ……って思ってさ」


「そ、そんなこと思ってないでゆうくんも食べたら?」


「分かったよ」


 言われてケーキにフォークを通す。

 しかし。


「なぁ、幸奈。やっぱ、小さいコタツに横並びは食べにくいんだけど……移動してもいい?」


「ダメ。ゆうくんは隣にいないとダメなの」


「えー……いつも、いるだろ?」


「いつもだけど、折角のクリスマスだもん。イチャイチャしたいの!」


「それも、いつものような気がするんだけどなぁ……」


「食べにくいなら私が食べさせてあげる。かして」


「あ、おい」


 ケーキが乗った皿を幸奈に取られる。

 一口大に切って、差し出される。


「はい、あーんして」


「あ、あーん……」


 幸奈のフォークからケーキを口にする。

 さっきよりも一段と甘美なものが口の中に広がる。


「あ、ゆうくん。じっとしてて」


 そう言うやいなや唇にふわっと柔らかい感触が触れる。幸奈の唇だ。

 目を大きくさせていると離れていく幸奈が写る。


「く、口にクリームついてたから」


「そ、そっか。なら、仕方ないな」


「う、うん」


 二人して恥ずかしがって俯いていると幸奈がよく見ないままケーキを食べようとした。そもせいで最後に食べようと残していた僕の苺が幸奈の口に入った。


「さ、幸奈っ!」


 急いで止めようとしたものの、ゴクンと喉を通った音が聞こえた。


「ご、ごめん……」


 個人的に苺は一番最後に食べるのが子供の頃から好きだ。単にケーキよりも苺の方が好き、という理由からである。

 だから、僕はケーキを食べる時は苺が一番の楽しみだ。

 それが、あっさりと止めることもなく叶わなくなった。ちょっと、ムカついた。


「ゆうくん、怒ってる……?」


「はは、たかが苺ごときで怒るわけないだろ?」


「で、でも、なんか怖いよ……?」


「ん、それは、幸奈が悪いことしたって思ってるからだろ?」


「ご、ごめんね、ゆうくん。なんでもするから許して? あ、そうだ。なんなら、今からケーキ買ってくるから。ね、許して!」


「いいよ、別に。幸奈を一人で行かせて誰かに絡まれても嫌だし」


「じゃ、じゃあ、どうしたら許してくれるの……?」


「そうだな……ちょっと、目閉じててくれ」


「う、うん……」


 この隙にっと。幸奈のケーキの中層にある苺を全て抜き取って次々と食べた。最後の一欠片を残して。


「なぁ、幸奈。戦争って苺一個で起こるものだと思うわけよ」


「そ、そうだね」


「反省したか?」


 コクンと頷く幸奈。


「じゃ、もういいぞ」


 目を開けた幸奈は自分のケーキの現状にさぞかし驚いているようだった。


「えっ? えっ?」


「幸奈の苺、全部貰ったから。おあいこな」


「何で!? ゆうくんが言ったんだよ!? 苺でも戦争が起きるって! 私も苺好きなの知ってるくせに酷いよ!」


 そんな幸奈のことを無視して最後の一欠片を口に入れる。それを見て、幸奈は酷いよ酷いよ言いながらポカポカ叩いてくる。

 ちょっと、うるさく思った。

 だから、幸奈を引き寄せてキスした。いつもより大人っぽい……苺を口渡しするキス。


 前に、幸奈が舐めていた飴をプレゼントされたことがある。だから、僕が口にした苺を渡してもいいはず。


「おあいこ……って言っただろ?」


 真っ赤になった幸奈。

 僕の頬も幸奈と同じくらい赤くなっていることだろう。


「ゆ、ゆうくん……なんか、大人っぽくてびっくりした……けど、嬉しい……」


「そ、そっか……あの、怒ったみたいにしてごめんな」


「う、ううん。私がゆうくんの苺食べちゃったからだし……その、こうなったから結果的にオーライって言うか……うん」


 頷きながら、なんだかとろけ顔の幸奈。

 そんな姿をこれ以上見ているとどんどん欲が溢れてきそうで急いで冷蔵庫に向かった。

 中から皿に盛られた大量の苺を取り出し持っていく。


「どうしたの、これ」


「買っておいたんだ。小さい頃、幸奈によく苺奪われてたし今日もそうなる気がして」


「重ね重ねごめんね……」


「いいよ、まだまだいっぱいあるから」


「うん。あのね、ゆうくん。小さい頃の時のこと覚えててくれてありがとう。嬉しい。メリークリスマス」


「幸奈との思い出だからな。メリークリスマス」


 何年かぶりに過ごす幸奈とのクリスマス。

 それは、やっぱり、すごく幸せなものだった。

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