第109話 言われて言ってようやく二人は……⑥
幸奈はどこに行ってしまったのか。
幸奈が走っていってそんなに時間は経っていない。
なのに、全然見つからない。
絶対に見逃さないように注意をはらって辺りを探しても、どこにもいない。
人が多すぎるのだ。子連れ、カップル。見渡す限りに人が混雑している。
「はぁはぁ……」
走って走って走っても見つからない。
みんな花火に夢中で邪魔で仕方がない。
もしかしたら帰ってしまったのかもしれない。
どこかで膝を抱えて泣いているのかもしれない。
そう考えると焦りばかりが出てくる。
――幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。幸奈。
「幸奈ーーー!」
大きな声で叫んでみても幸奈からの返事はない。
せいぜい、周りの人から変な目で見られるばかりだった。
……っ、どこ行ったんだよ。
再び走り出した。さっき回った屋台を片っ端から調べていく。いないか、いないかと確認する。
でも、どこにもいない。
「……っ、幸奈」
連絡をかけても繋がらない。コール音が切れてツーツーという音が無情に聞こえてくるだけ。
僕はひたすら走った。
「幸奈ーーー! 幸奈ーーー! 幸奈ーーー!」
幸奈という名前を呼びながら。
会いたい人の名前を呼びながら。
ただひたすら走り続けた。
そして、目の端に捉えることが出来た。
白いワンピース姿で長くて綺麗な黒髪をした俯いている少女の姿を。絶対に見間違うことのない彼女の姿を。
幸奈の姿を見つけてホッとした。
しかし、その束の間、喉の奥が締めつけられるような感覚に陥った。
幸奈の前に二人のおじさんがいた。困ったように顔を見合せながら何かを話している。そして、俯いたままの幸奈に話しかけていた。
誘拐。連行。ナンパ。嫌な考えばかりが頭に浮かんで気づけば幸奈の腕を掴んでいた。
「この子、僕の彼女なんで返してください」
そして、勝手に言っていた。
幸奈のことを彼女だと。
幸奈がびっくりしたままこっちを見てくる。目には涙がついていて、それを見た瞬間、胸が締めつけられた。
カッとなって幸奈のことを守ろうとおじさん達の前に立ち塞がるようにして立った。そして、睨むように鋭い視線を向けた。
「ああ、良かった。この子、ずっと泣いたままで何も言わないから気分でも悪いのかと思って心配してたんだ」
「……は?」
「よっぽど悪いなら救急車でも呼ぼうかと思ってたんだけど……ただのケンカなら良かったよ」
おじさん達は僕らを交互に見ると安心したように頷きあっていた。
……は? この人達っていったい……。
よく見てみると二人とも腕にこの祭りの関係者だということを示す腕章を巻いていた。
その瞬間、頭の中で全て繋がって一気に恥ずかしくなった。
「ケンカするほど仲が良いっていうけどケンカはほどほどにしてね」
「……あの、迷惑かけてすいませんでした」
ああ、勝手に勘違いして恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。
頭を下げるとおじさん達は笑いながら去っていった。
「……離して」
「幸奈……」
幸奈の気持ちを尊重した方がいいってのは分かってる。でも、そうすれば、またどこかに行くのくらい分かってた。だから、離さなかった。
「幸奈……ごめん」
「……聞きたくない」
「聞いて」
「いや! 聞きたくないって言ってる!」
幸奈は腕を振りほどこうとしてぶんぶん振り回す。
でも、力で僕が負けるはずがなかった。
だから、頭を振って髪の毛で攻撃してくる。
全く、痛くない、可愛らしい攻撃。
でも、幸奈にとっては一生懸命の攻撃。泣きながら、気持ちをぶつけるようにせめてもと攻撃してくる。
そんな幸奈の姿が堪らなくいとおしいと感じて自然と抱きしめていた。全身柔らかく、少しでも力を加えたらまるで壊れてしまいそうなほど。そして、小さく震えていた。
「な、なに……なにしてるの……?」
幸奈は声を震わせながら言う。攻撃はいつの間にか止んでいて、かわりに僕の腕から逃れようと胸辺りをぐいぐい押してくる。
けど、幸奈の思い通りにさせなかった。
決して離さないように少しだけ腕に力を込めた。
「ゆうくん……早速、浮気なの……? こんなとこ、誰かに見られたら……」
「浮気じゃない」
「浮気だよ……後輩ちゃんと……付き合うんでしょ……?」
やっぱり、幸奈はそう思っていた。
いや、僕が幸奈にそう思わせてしまったのだ。ずっと、言葉にしないでも一緒にいれる関係が楽だからと引き延ばして、田所も幸奈も泣かしてしまったんだ。
「付き合わないよ」
「うそ」
「嘘じゃない」
「どうして?」
「どうしてって……」
そんなの決まってる。幸奈のことが好きで好きだからに決まってるからだ。
「幸奈のことが好きだから。誰よりも幸奈のことが好きだから」
これ以上、延ばすのは幸奈の気持ちにも田所の気持ちにも悪いと思った。だから、今言わないといけないと思った。
僕は幸奈のことを解放すると目を真っ直ぐに見つめた。涙が止まっただけで濡れたままの瞳をじっと見つめると小さく息を吸った。
「僕は幸奈のことが好き。だから、僕の彼女になってほしい」
どうしてケンカした時、これを言わなかったのだろう。互いに好きと分かっていたのだから、勇気を出して言えば良かったのだ。
でも、告白はそんな簡単なものじゃない。
今だって、人生で一番緊張しているんじゃないかってくらい手足が震えている。喉も渇いて、上手く言葉が出そうにないのを無理に押し出してようやく言えた。
「好きだよ、幸奈」
すると、幸奈は目を大きく見開いて何かを言いたそうにした。でも、何も言わずに俯いてふるふる震え出した。
「ダメ、だよ。ダメ、なんだよ……」
「何がダメなの?」
「私と付き合うより後輩ちゃんと付き合った方が幸せになれるよ……」
「それは、僕が決めることだから」
「……ううん、そうなんだよ。だって、後輩ちゃんの方がゆうくんを幸せに出来るんだもん。料理だって後輩ちゃんの方が上手だし、胸だって大きい。それに、純粋な気持ちでいてくれるよ」
「そんなの関係ない」
「関係あるよ。私は料理下手だし、胸だって小さいし。それに、ゆうくんのことを好きすぎて変になるんだよ」
「幸奈……」
顔を上げた幸奈はボロボロ泣いていた。
ほんと、僕は幸奈のことを何度泣かせば気が済むのだろうか。情けなくて仕方がない。
それでも。情けなくても、幸奈のことを泣かせたくないと思ってしまったんだ。
「言ってなかったけどね、ゆうくんのことをね、盗撮と盗聴してたの。ね、私、変でしょ? 馬鹿でしょ? 可笑しいでしょ? 気持ち悪いでしょ? だからね、ゆうくんは私なんかより後輩ちゃんと――」
その先の幸奈の言葉は聞こえなかった。
聞きたくなくて、聞こえないようにした。幸奈の唇に自分のを重ねて、幸奈の声を閉ざした。
僕の耳には花火の音とそれを見て喜ぶ歓声しか聞こえていなかった。
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