第51話 幼馴染メイドと妹②了

「お、落ち着け、幸奈」


 もう少しで泣きそうになっている幸奈を焦って落ち着かせる。どうして泣きそうになっているのかは分からないけど、泣かれるのは困る。


「よく見ろ。朱里だよ。あ・か・り」


「……へっ」


「ん~もしかして、幸奈ちゃんなの?」


 ぽかーんと間抜けなように口を開ける幸奈を眠そうに見つめる朱里。快眠を邪魔されたのに怒る気配もない朱里はよく出来た妹だと思う。これが、幸奈だったら確実にキレてそうだもんな。


「あ、朱里ちゃん……なの?」


「ん~そうだよ~。お兄ちゃんに晩ご飯作ってあげるついでに泊まってたんだ~」


「そ、そうなんだ。良かったぁ……」


 その場にぺたりと座り込む幸奈。何が良かったのかは知らないけど、一先ず部屋にあがるかを訊くと頷いた。ったく、朝からとんでもないお騒がせなやつだ。



 だんだん意識をはっきりさせた朱里はキッチンで三人分の朝ご飯を作ってくれている。で、僕は幸奈と向かいあって座っていた。


「それで、なんでいきなり来たりしたんだよ」


「だ、だから、心配したからよ。わ、私が心配してあげたんだから感謝しなさいよね!」


「だからって……たった一日行かなかっただけだろ?」


「分かってないわね。いつもしていることを急にしなくなると心配になるでしょ? それよ、それ」


 それを言われると納得させられる。今日の幸奈は学校での優しい幸奈ではなく、ツン度高めの幸奈でちょっと心配しているからだ。


 ……もしかして、多重人格者か?


 そんな馬鹿なことを考えていると朝ご飯の良い匂いが漂ってきて一先ず食卓についた。三人で朝ご飯を食べ、なんだか居心地がいい。


 幸奈は朱里の料理も気に入ったらしくおいしいおいしい言いながら食べていた。



「朱里ちゃん、本当に大きくなったね」


 朝ご飯を食べ終えた後、洗い物をしていると幸奈と朱里の会話が聞こえてくる。


「もう、やめてよ幸奈ちゃん。あたしもう高校生だよ?」


 チラッと見ると朱里の頭を嬉しそうに撫でる幸奈と口ではやめてと言っているが、これまた嬉しそうな朱里がいた。


 二人は随分と仲良しなのだ。昔は姉妹だと間違われることも多々あるほどにどこに行くのも一緒だった。


 でも、僕が幸奈と疎遠になって、自然と朱里も幸奈と疎遠になってしまった。当時の随分と悲しそうにしていた朱里を思い出すと申し訳なくなる。


「あ、ごめんね朱里ちゃん。でも、本当に大きくなったね。色々と……うん、色々と」


「あたしもうJKだから!」


 いったい、朱里のどこを見て羨ましそうにしているのかは詳しく追及しない。が、朱里。どや顔はやめておやり。悪気がないって分かってるから無意識に幸奈のライフを削るのはやめておやり。


「それより、幸奈ちゃん。幸奈ちゃんはどうしてそんな格好してるの?」


「へ?」


「幸奈ちゃん可愛いんだから髪の毛くらい整えたらいいのに」


「あ、や、これは急いでたからで普段はちゃんとしてるよ」


「そうなの?」


 嘘だぞ、朱里。幸奈の言う普段ってのがどれを指すのかは知らないけど、休みの日はいつもボサボサだからな。


「き、嫌いになった?」


「ううん、そんなんで嫌いになんてならないよ」


 不安そうにする幸奈を安心させるような声で言う朱里。どっちが姉なのか一瞬分からなくなる。


「もう、朱里ちゃん可愛い。流石は、私の妹!」


 朱里のことをギュット抱きしめる幸奈。しかし、納得がいかない。


「おい、朱里は僕の妹だぞ。なにを自分の妹みたいに言ってるんだ」


「な、なによ……祐介の妹なんだから私の妹でもあるでしょ……!」


 今のどこに恥ずかしくする必要があるのか分からない。幸奈はモジモジとしながらうっすらと頬を染めながら見上げてきた。


「知ってるか? 姉妹って血が繋がってないと――」


「――もう、お兄ちゃん。相変わらず鈍感なんだから。今の幸奈ちゃんの言葉はそういう意味じゃないよ」


 んん? どういうこと? 他に意味なんてあるのか?


 分からない表情を浮かべていると朱里は呆れたように小さなため息をついて人差し指をビシッと立てた。


「今の幸奈ちゃんの言葉の意味はね、お兄ちゃんと幸奈ちゃんがけっ――」


「あ、ああ、朱里ちゃん。ダメっ、言わないで!」


「んんっ!」


 何か言おうとしていた朱里の口を幸奈が急いで閉じる。


「おい、朱里が苦しがって――」


「祐介は近づかないで!」


 えっ、それは酷くない?

 別に近づきたい訳じゃないけど僕の部屋でそれは酷くない?


「あ、朱里ちゃん。こんな馬鹿放っておいて私の部屋で話そ」


「い、いいよ」


「朱里。嫌だったら断っていいんだぞ」


「いいよ、お兄ちゃん。久しぶりに幸奈ちゃんとゆっくり話したいし。話終わったらあたし帰るね」


「そうか? なら、いいんだけど」


「うん。あ、そうだ。またご飯作りにきてあげるからね」


「ん、楽しみにしてる」


 そうして、朱里は幸奈に連れられて部屋を出ていった。女の子同士、花を咲かせたいこともあるのだろうと僕は大人しく見送る。朱里が幸奈の汚部屋を見て、幻滅しないことを祈りながら。


 その夜、朱里から意味の分からないメッセージが送られてきた。


 お兄ちゃん、色々と大変だと思うけど頑張ってね……って、どういう意味だ?


 返信に悩んでいると新しい内容が続けて送られてくる。


 あたしはお兄ちゃんがどんな風になっても見捨てないからね……ってなに!?


 朱里からのメッセージを理解することなく、幸奈といったいなにを話したんだと恐怖を感じる。大切な妹がなにかに洗脳されてないことを祈りながら、分かったと返信した。


 詳しく説明される方が危なそうだし早く終わらせた方がいいと思った判断からだ。


 朱里とのメッセージのやり取りを終え、少しだけ忙しなかった土曜日が終了した。

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