第37話 メイド同好会でテスト勉強を
幸奈から要求された朝の挨拶。
それも、三日目となると誰も気にしなくなっていた……なんて都合のいいようなことは起こらず、やっぱりまだ少しざわつかれる。
まぁ、挨拶だけしてそれ以外は一切会話しないんだもんな……これ、なんのプレイ?
でも、それでもあと何日かしたらそれもなくなるんだろうなという考えがあった。
人間は直接自分と関わらないことは景色のひとつとして捉えることがある。だから、もう少し辛抱したら挨拶の問題は綺麗に収まるだろう。
そんなことより今は別の問題がある。
空き教室のひとつの扉をガラリと開けた。
「来たな、尾山」
「遅いっすよ~先輩」
中にいたのは田所と男子生徒。
その男子生徒は同級生の
「先輩が遅いからずっと秋葉先輩と一緒だったんすよ?」
「おい、田所。それは、俺のセリフだ。お前、うるさいんだよ。少しは静かに出来ないのか?」
「だって、秋葉先輩が構ってくれないからじゃないですか~」
「黙れ。俺はうるさい女は嫌いなんだ。特にお前みたいなのがな」
「あー酷いっす! 酷いっすよ!」
秋葉と田所は座りながら良い争いをする。
これは、メイド同好会ではいつもの光景だ。
「せんぱ~い、秋葉先輩酷いっすよね?」
「酷くないよな、尾山」
「ああ、まったく酷くないな。激しく同意する」
「先輩まで!? 流石に泣くっすよ~よよよ~」
「勝手に泣いてろ」
田所の泣きはもちろん嘘泣きだ。だからこそ、放っておく。
そんな田所を他所に僕も席に着いた。
状況は空き教室の中に三人用の机が二つくっつけられていて、一つに僕と秋葉、もう一つに田所が座っている。
僕と秋葉は席を一つ開けた状態で田所は真ん中にいる。
一見すると仲が悪いとも見られるかもしれないがそんなことはない。……まぁ、特に仲が良いという訳でもないけどこれがいつもの僕達だ。
因みに、僕と秋葉、そして田所を含めた三人がメイド同好会のメンバーである。
「あ、そう言えば先輩。あの激カワな彼女さんとは上手くいってるんすか?」
田所はけろっと泣き止んで訊いてきた。
やっぱ、嘘泣きだったか……。
「だから、何度も言ってるだろ。アイツは彼女でもなんでもないただのクラスメイトだって」
一切潤っていない瞳の田所を見ながら答えた。
「え~まだ強がってんすか? 彼女さんは満更じゃなかったじゃないですか!」
「……お前、目腐ってんのか? 眼科紹介してやろうか?」
「お断りっす。それより、先輩こそ病院紹介しましょうか? もっと、女心が分かるようになった方が良いっすよ?」
「必要ねー」
僕達が会話していると秋葉も混ざってくる。
「姫宮幸奈とだったか」
「お前も見たのかよ……」
「ああ、凄い噂になってたからな。まぁ、今は消えて新しく意味の分からないことをしてるって噂が流れてるけど」
「それも、噂になってるのか……」
それは挨拶の件だろう。
あれか? 『姫宮幸奈となんらかの関係もなかった男が急に挨拶を始めた』……みたいなのか?
「なになに? なんの話っすか?」
「尾山が急に姫宮幸奈に挨拶だけ始めたんだと。それ以外は一切会話しないくせに開口一番おはようと言うらしい」
「なんでそんな詳しく知ってるんだよ……」
「伝わってきた」
秋葉は隣のクラスだ。
伝わることが不思議ではないけど……これ、三年全体に知れ渡ってたら結構な恥なんじゃ……。
「先輩……それ、どういったプレイなんすか? 挨拶フェチなんすか?」
「知らねーよ! てか、なんだ挨拶フェチって!」
「挨拶することに快感を覚える。気持ちよくなる」
「覚えねーし、ならねーよ!」
むしろ、苦痛になってんだから!
……いや、でも実際僕が苦痛になって快感を覚えるタイプのドM人間だったら挨拶フェチって存在するのか? ……恐ろしい。
「てか、開口一番挨拶するってやっぱ付き合ってんじゃないすか!」
「付き合ってねー。挨拶くらい誰でもするだろ」
そう。ただの挨拶なんだ。『おはよう』『こんにちは』『こんばんは』なんて、誰でもすることなんだ。
挨拶したからって恋人認定されるなんてたまったもんじゃない。
「お前だって友達に挨拶するだろ?」
「まぁ、そうっすけど」
「じゃあ、その友達が男ならお前はソイツと付き合ってるのか? 二人以上に挨拶したら二股なのか? 女の子同士が挨拶してると百合なのか?」
「分かった。分かったっすからもう止めてください。付き合ってないって分かったっすから」
「いいか。くれぐれも余計なこと言うなよ。特にこの前の一件で目立ってるんだから」
田所にはちゃんと言い聞かせないといけない。
コイツは口を開けば余計なことを言う。
僕が変態だって噂されたのもコイツが言ったメイドゴッコのせいなんだから。
「まぁ、尾山が変態とか姫宮幸奈と付き合ってるとかはどうでもいい」
どうでもいいことはない!
間違いは訂正しておかないと後で困る。
でも、今だけはどうでもいいことは確かだ。
「来る六月某日、奴等が襲ってくる……」
「そうだな……」
「そうっすね……」
深刻そうに言う秋葉に僕と田所も重々しく頷いた。
空き教室の中が一気に暗くなっていく。
「そう中間試験だ!」
中間試験。
それは、年に五回ある定期試験の一つ。今回は新学年になって初めて行われる学生の第一試練だ。
「前回の成績はどうだったか……」
「私は一年通して学年の半分より下の順位でした」
「俺は……まぁ、俺も田所と同じくらいだな」
「先輩は?」
「僕か?」
僕は自分の成績を思い出し軽く笑った。
「ふっ……下から数えて五番目だ!」
僕は馬鹿だ。自分で自覚してる。
だからこそ、何も恥じることはない。
一番の恥は自分が馬鹿だと知らないで馬鹿をやってる奴等だ!
「……って言うか、このやり取り毎回やらないとダメなのか? 人の成績なんてそうそう変わらないだろ」
このやり取りは定期試験が近づく毎に毎回行われている。
だから、このメンバーの中に賢い奴がいないことはみんな承知のことだ。
「そうっすよね~。誰も勉強出来ないんすもんね~」
「どうして俺を見ながら言う?」
「だって、秋葉先輩眼鏡かけてるのに勉強出来ないのが可笑しいんすよ! インテリ眼鏡って勉強出来るキャラじゃないっすか!」
「おい、全国の眼鏡キャラに謝れ」
「はぁ~ほんと使えないっすね~。勉強出来たら秋葉先輩に教えてもらおうって思ってたのに」
「俺が勉強出来てもお前になんか教えない。せいぜい、土下座の仕方くらいなら教えてやるがな」
呆れる田所に弱冠怒り気味な秋葉。
「でだ、今日の活動はみんなで試験勉強ということにしようと思うんだが」
一応、秋葉が部長ポジションとなっているので提案してくる。
「いいんじゃないか。なにもしないよりは悪あがきでもする方がましだと思うしな」
「それ、一番馬鹿な先輩が言えることじゃないっすから」
「……おい、一回地面にデコ着けて謝れ」
そういうことで今日の活動は試験勉強をすることになった。
と言っても、ほとんど成果なく終了することになった。
下校時間となり、僕達は教室を出た。
「鍵は俺が戻してくるから先に帰っててくれ」
鍵をかけた秋葉がそう口にした。
「あ、そうだ。尾山、家に帰ってからも勉強はしといた方がいいぞ」
「なんで?」
「なんでって……知らないのか? 赤点とればどうなるか」
「夏休みに補講だろ?」
「そうっすよね~。私も夏休みの前半は学校来てたっす!」
「僕もだ」
それでも、せいぜい一週間。
たかが一週間くらいすることもない夏休みに学校に来ることに抵抗なんてない。
「それは二年までの話だ。三年の赤点者は毎日補講だぞ?」
「……は? 毎日?」
「ああ。だから、俺は家に帰っても勉強する。流石に毎日補講なんて嫌だからな」
呆然と立ち尽くす僕に対して『じゃあな』と職員室に向かう秋葉。
「せーんぱい、ドンマイっ――!?」
何かに過剰に反応して後ろを振り向いた田所。
「……どうした?」
「……いえ、なんでもないっす」
「そうか?」
「さ、帰るっすよ~!」
一瞬の田所はなんだったのか?
それにも気になったが今は僕の夏休みの方が問題だ。
家に帰ったら少しくらい勉強するか……。
そんなことを考えながら帰路についた。
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