第14話 昼食を共にするのは幼馴染メイドとだった②

 幸奈とは先週のゴミ捨ての一件以来、口をきいていなかった。それは、学校でもマンションでも同じことだった。学校ではすれ違っても挨拶すらしない、マンションでは相変わらず姿を見ない……そういう日々が続いていた。

 のにも関わらず今日は一緒に昼ご飯を食べている……と認めたくはないけど、近くの距離でいるのは事実だった。


「ふぅ、美味しかったわ」


 満足そうにしながら両手を合わせる幸奈。

 ラーメンのスープが幸奈の唇を滑らかにし、妙に艶かしく見えてしまう。


「相変わらず食べるの遅いわね」


 幸奈は僕のカレーを食べる速度を見て何かを思い返すようにしながら言ってきた。

 うっさいな……ほっとけよ。

 僕は昔から食べるのが遅い。これといって、特に理由はないけど遅かった。給食も苦手なものがないくせに食べ終わるのは昼休みが終わる頃。だから、まともに昼休みに遊んだ記憶なんてあまりない。

 そして、それは途中まで幸奈も同じだった。幸奈は早く食べ終わっていたのにも関わらずわざわざ僕に付き合ってくれて、遊びに行かずに隣の席で座って待ってくれていたのだ。


 あの頃は健気で可愛げがあって……僕は申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちがあったのに……今ではただイラッとしかしないな。


「熱いんだ。仕方ないだろ」


「猫舌なのも相変わらずなのね」


 熱々の白米に熱々のカレールーが乗っかけられたカレーライス。当然、食べるのが遅い僕は猫舌ということもあって余計に遅くなる。

 これに、深雪さんが『おいしくなーれ』ってしてくれたら、すぐに完食するんだけどな。オムライスだって、深雪さんが魔法の言葉をかけてくれる時は自分史上最高速度で食べ終わってるし。


「なに笑ってるのよ? 気持ち悪い」


 深雪さんのことを思い返していて自然と笑っていたようだ。気持ち悪くてすいませんね。


「食べ終わったんならとっとと戻れば?」


 これで、教室にまで一緒に戻るとなれば確実にクラスの連中から何か言われるのは間違いないだろう。それだけは、絶対に避けないと。


「どうしてそんなこと言われないといけないのよ。教室には私が戻りたいタイミングで戻るわよ」


 まぁ、素直に言うことを聞くとは思ってなかったけどさ。食べ終わったらトイレに寄って時間をかけて戻るしかないか……。


 そんなことを考えていると背中に強い衝撃が走った。


「せ~んぱい!」


 咳き込みながら後ろを向くと、そこには天真爛漫の笑顔を浮かべた短い茶髪の女子生徒が立っていた。


「……なんだよ、田所たどころ


 その女子生徒は田所たどころ 咲夜さくや。僕が所属する同好会のひとつしたの後輩である。いつも元気で何かと絡んでくるメンドクサイタイプの人間だ。正直に言うと同好会以外ではあまり関わりたくない。

 しかも、今は幸奈と一緒にいる。何を言われるか考えただけでも恐ろしい。


「先輩、学食でぼっち飯ですか? 寂しいっすね~」


 あれ、もしかして、幸奈と一緒にいると思われてない? だったら、これに乗っかって乗りきるしかない!


「うっさいな。一人で飯食ってるやつなんて僕以外にもいっぱいいるだろ」


「トイレで食べてない分強がりだってのが見え見えですけど?」


『にしし』と笑った口から見える八重歯がキラリと輝いた。

 ウザい……。

 こうやって、強がってもいないのに勝手に解釈してからかってくるのだ。

 本当にウザったい!


「あ~もう、うるさいな。とっととあっち行けよ」


「酷いっすね~先輩。ぼっちの先輩が可哀想だからせっかく絡んであげてるってのに」


「余計なお世話だ。だいたい、僕はぼっちじゃない。今日は友達が彼女とご飯を食べるから一人になっただけだ。普段はその友達と教室で食ってるんだからな。たまたまだ。たまたま」


「彼女持ちの友達なんて所詮裏切りますよ? 先輩、その友達とクリスマス一緒に過ごしたりするんすか?」


「ぐっ……確かに、クリスマスはいつも彼女と過ごしてるらしい」


「でしょ? リア充なんてそんなもんなんすよ?」


 だからって、不思議と悔しい気分にはならないけどな。どこに行ってもカップルカップルしかいないクリスマスにわざわざ寒い思いまでして外に出る必要なんてないからだ。


「あーもういいだろ? もう食べ終わって教室に戻るつもりだからどっか行けよ」


「校舎までご一緒しましょうか? 一人で戻るのも寂しくないっすか?」


「まっっったく寂しくないな」


「連れないっすね~。ほら、とっとと戻りましょうよ」


「お、おい。引っ張るな」


 腕を掴んで無理に立たせようとしてくる。

 その度に田所の成長した胸が腕に当たって心臓に悪い。


「早くするっすよ~――」


「ねぇ、そこの後輩さん」


 急かす田所に幸奈が乱入してきた。

 顔は笑っているけど、なんでだろう……?

 凄く怖い!


「あ、うるさかったっすか? すいません」


「そうね。五月蝿いわね。少し、声を抑えることをオススメするわ」


 やはり、怒っているのだろうか?

 幸奈は田所にズケズケと言いたいことをオブラートに隠さないで言った。


「ご、ごめんなさ――」


「それに、さっきから聞いていたけど、彼ぼっちなんかじゃないから。彼は今、私と一緒に過ごしていたんだから」


 …………はぁぁぁぁぁ!?

 ちょ、おま、いきなり何言ってんだよ!?


 僕は空いた口が塞がらないまま幸奈を見つめた。幸奈はツンとしながら、そっぽを向いていた。

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