第77話 幼馴染メイドを連れ出して強制お出かけ

 昨日、春に手伝ってもらった服に着替え、忘れ物はないかと確認する。と言っても、必要なものはほとんどない。スマホと財布とキーケース……後は、幸奈のお母さんから渡してもらった大事な物だけだ。


「よし。ちゃんとある」


 確認すると二回頬を叩いた。覚悟を入れるために。そして、小さく息を吸うと部屋を出た。



 幸奈の部屋の前でもう一度息を吸い込む。

 幸奈が出てくる可能性は……ほぼない。そう分かっていても、あわよくばという愚かな期待をしている僕がいる。


 チャイムを鳴らす。


 好きな女の子に告白する前のような緊張感が襲ってくる。勿論、告白なんてしたことない。でも、今から僕がすることはそれに近しいものだと思う。だから、表現も……あってるはずだ。


 しかし、幸奈が出てくることは決してなかった。それでも、いちいち落ち込まない。今度はスマホを取り出して幸奈に電話をかけた。


 プルルプルルと数回のコール音を鳴らし、電話に出てくれた。言葉はない。けど、確実に言葉を伝えることは出来る状態だ。


「幸奈……今、チャイム鳴らしたんだけど出てきてくれないか?」


 返事はなかった。ただ、何かガサゴソという音が聞こえるから聞いてくれてはいるらしい。


「幸奈……出てこないなら勝手に入るからな」


「……え、ちょ――」


 幸奈が何か言おうとしたのを遮るようにして切った。そして、幸奈のお母さんから預かった大事な物――幸奈の部屋の合鍵を使って扉を開けた。


 ずけずけと入って閉められた幸奈の扉を開けた。そこには、いつもの格好をした幸奈がいた。

 状況が飲み込めていないのか目をパチパチさせている。その目は泣いたからだろうか……少し、腫れていた。


「……ふ、不法侵入。不法侵入ー!」


 幸奈は手足をバタバタさせ、まるで、自分の大切な居場所に入ってきた異分子を追い出すように暴れている。……と言うか、枕を投げられ顔に当たった。


「あ、ごめん……」


 ずるずると落ちた枕に視線をやりながら小さく謝る幸奈。このアクシデントのおかげで冷静になったのか少し落ち着いたようだった。


「不法侵入上等。通報するならしていい。される覚悟でここまできた」


 いくら幼馴染とはいえ、合鍵を渡されているからと勝手に部屋に入っていいわけじゃない。犯罪だ。それでも、幸奈に会えるならと手段は選ばなかった。


「通報しないよ……ゆうくんだし」


 目を見て話してはくれないが通報はされないよう。一安心だ。


「ありがと。じゃ、幸奈。風呂入ってこい。出掛けるぞ」


 僕の言葉が意外だったのか、幸奈は顔を上げた。


「なんで……」


「なんでって……それは、風呂? それとも、出掛けること?」


「両方」


「風呂は幸奈が汗臭いから。ここ、スッゴい臭い。鼻、曲がりそう」


 嘘だけど。全然臭くない。女の子特有の匂いがぷんぷんしていて変な気分になりそうになるほどだ。


「ゆ、ゆうくんにはデリカシーないの!?」


「うるさい。臭いのが事実なんだからとっとと風呂入ってこい」


「ううっ、また泣いちゃうよ……。で、どうして出掛けるの……?」


「幸奈が僕にプレゼントしてくれたんだろ。幸奈と出掛ける権利を。それを、今日使うんだよ。でも、臭い女の子と出掛けたくない。だから、風呂入れ」


「……そんなこと言っていいの? もしかしたら、裸で出てきてゆうくんに襲いかかるかもしれないよ……?」


「大丈夫だ。そんなことになってもなにもしない。言ってるだろ。僕は幸奈の身体にこれっっっぽっちもそんなこと望んでないって。ごちゃごちゃ言ってないで早くしろ。時間がなくなる」


 ほぼ強制的に幸奈を立ち上がらせると僕は部屋を出た。備えられている椅子に座っていると少しして着替えやらを持って出てきた幸奈が風呂に向かった。


「……覗いてもいいから」


「大丈夫だ。ここから動かない」


 それから、幸奈が風呂から上がってくるのを待った。髪が長いせいで乾かすのに時間がかかるのか、随分と待たされた。


「準備出来たよ……」


 髪がボサボサ状態から普段見ているサラサラ状態に戻った以外は休日状態のまま。なんだか、ジャージがくすんで見えた気がした。


「よし、行くか」


 多少は無茶でもいい。嫌われてもいい。酷い男だって思われてもいい。幸奈を連れ出せるなら何でもいい。


 幸奈と二人で部屋を出てマンションを降りた。


「ど、どこに行くの?」


「内緒」


 僕が先頭に立って歩いて行く。その間、僕と幸奈は一切会話を交わさなかった。



「先ずは、腹ごしらえしよう」


 幸奈を連れて来たのは幸奈が初めて寄り道したあのラーメン屋。中に入ると時刻はちょうど昼過ぎ。でも、今日は日曜日で仕事中のサラリーマンといった姿はそこまでなかった。だから、また運良くすんなりと座ることが出来た。


 幸奈をカウンター席の壁際に座らせ、隣に座る。と、同時にこの前と同じオヤジさんが注文を聞きにくる。その際、幸奈の姿を見て少しばかり目を大きくしていた。


 注文を済ませ、料理が出てくるのを待つ。その間も特に話すことなくお互い前を向いていた。


 出てきた料理を黙々と食べて会計へ。始めから、僕が出すと決めていたので幸奈にはいいと言った。困ったようにオロオロしていた幸奈をよそ目にその間にさっさと済ませた。


「ありがと……」


 店を出ると小さく呟いたのでいいと答えた。


「帰るの……?」


 悲しそうに寂しそうに訊いてくる。まだと答えると小さく嬉しそうに口角をあげていた。


「次、電車乗るから」


 次に向かう場所は決めてある。昨日も行ったショッピングモールだ。そこで、僕は幸奈を改造する。


 この権利をもらったのはおしゃれした幸奈を見るためのようなものだ。だったら、幸奈をおしゃれさせないといけない。


 ちゃんと話し合うためにも……場を整えたい。おしゃれ大改造スタートだ。

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