第42話 幼馴染メイドと寄り道ラーメンを(デートじゃない!)①

 水曜日から始まった中間試験の最終日、今日は一科目だけで最大の難関である数学だった。


 日曜日、幸奈との勉強で徹底的に数学に力をいれたおかげで今まではほとんど白紙だった解答用紙が真っ白でなくなった。全部を埋めることは出来なかったけど自分史上最高の出来だった。


 点数がどうなるかは分からないけど……。

 それでも、予想以上に問題を解けたことに満足していた。


「お疲れ、どうだった?」


 一人、小さな幸せに浸っていると春が訊いてくる。その表情はいつも通り、赤点だろうと思い込んでいるように憎たらしく見えた。


「……ふははは、聞いて驚くがいい。過去最高の出来だ」


 数学だけじゃない。

 他の科目も幸奈が教えてくれたように出来る限り暗記したおかげで大半を埋めることが出来たのだ。


「現実逃避はほどほどにしとけよ。な?」


 くっ……信じてないな。

 春は哀れむ表情で僕の肩に手をポンと置いた。


 まぁいい……返却日覚えてろ……!


「春の方こそどうだったんだよ?」


「俺か~? 俺はまぁいつも通りだな~」


 春は賢い。その春がいつも通りと言うのだからいつも通り『高得点』ということなのだろう。


 当然のように答えてるからムカつく……。


「ま、今回はこのクラスになって初めての試験だから何位かは分かんねーけど、幸奈ちゃんとどっこいどっこいだろうな」


 そのセリフを聞いて僕はハッとした。


「なんで、春から勉強教わらなかったんだろう」


 そうだ。春から勉強を教えてもらっていれば、この後、幸奈にラーメンを奢ることはなかったんだ。


 呟くように吐いた僕の言葉。

 しかし、春はすぐにマジな顔して首を横に振った。


「え、やだよ。祐介に勉強教えるなんて」


「いや、なんでだよ!?」


 どうしてそこまで拒否されるのかが分からない。


「だって、祐介馬鹿じゃん。いくら教えたって絶対理解してくれないじゃん」


「……おい、そこまで言うか?」


 流石に傷つくぞ……!


「言うよ。だって、知識ゼロのやつにイチから教えないといけないんだぞ? どれだけ大変か祐介は馬鹿だから分からないんだろうけど教える側ってスッゲー大変なんだぞ?」


「そ、そうなのか……?」


「ああ、そうなんだよ。友達にそんな大変なことさせたくないだろ?」


「そもそも、友達だったら馬鹿を救うために頑張ってくれよ!」


「大丈夫だ。俺は祐介が馬鹿のままでも友達でいるからよ!」


 何が大丈夫なんだろうか?

 そもそも、友達とはいったいなんなんだろうか?

 春を見てすごく頭を悩ませた。



「じゃ、俺はこれからデートだから帰るけど祐介はまだ帰らないのか?」


 彼女とのデートを嬉しそうにウキウキと話す春。既に帰る支度を済ませ、今にも教室を出て行こうとしている。

 そんなに春に僕は席に着いたまま答えた。


「ああ」


 そう。この後、遂にきたのだ。幸奈にラーメンを奢る時が!


「ふーん。じゃ、また月曜な」


 春は気にする素振りもなく片手をあげて教室を出ていった。どうせ金曜日だしこのままメイド喫茶でも行くんだろうな……とでも思っているんだろう。


 でも、違う。


 僕はさりげなく斜め前にいる幸奈を見た。

 幸奈の周りには隣の席の男子を含む数人の男女がいた。


「姫宮さん、俺達これから試験お疲れ様の意味を込めて遊びに行くんだけど一緒にどうかな?」


 隣の男子があくまでも自然にという風に幸奈を遊びに誘っていた。


 どうでもいいその誘いの声が大きくて勝手に耳に入ってきてしまう。


 遊びに行くのか……?

 まぁ、そうなればそれはそれでいつもより多めに持ってきた所持金が無駄になるけど……それは、それで別にいい……。


 それに、関わることがきっかけで幸奈にも友達が出来るかもしれないし、僕と自分のためにも行けよ。


「ごめんなさい、今日は先約があるの」


 幸奈は表情ひとつ変えず、はっきりと断っていた。


「そ、そっか。それは、残念だけど仕方ないね。じゃあ、俺達はこれで」


「ええ、さようなら」


 幸奈を遊びに誘っていた連中は残念そうにしながら教室を出ていった。


 幸奈はまたいつものように黒板を一人で見つめていた。


 その後ろ姿を見ながら思う。


 どうして僕を選んだんだ?


 僕とラーメンを食べに行くよりも絶対にあの連中を遊びに行った方が楽しいはずだ。


 でも、幸奈は僕を選んだ。

 何故だか、自然と頬が緩む気がした。



 教室から人がいなくなり残っているのは僕と幸奈だけになった。すると、幸奈は席を立ち僕の方まで歩いてくる。


「ようやく誰もいなくなったわね。試験が終わったんだからみんなさっさと帰りなさいよ」


「ワガママにもほどがあるだろ。僕達だってこうして教室に残ってるんだから」


「しょうがないでしょ。一緒に教室を出たらまた変な噂が立つって祐介嫌なんでしょ?」


「あ、ああ。嫌だな」


「ほらね。だから、早く行きたかったのに祐介のために我慢してあげてたのよ?」


 幸奈はいかにも私は偉い! 私は優しい! という風に言ってくる。


 実際、一番最後に教室を出ようと事前に企てていた訳でもなく、自然とこうなったから幸奈が思いやってくれたんだろう。


「はいはい、ありがとさん」


「さ、行くわよ。私、もうお腹ペコペコなの」


 幸奈はお腹をさすりながらもう我慢できないという風である。


「そんな幸奈さんに提案なんだが学食はどうだ? すぐに食べられるぞ?」


「却下。ちゃんと駅前にあるお店って決めてるんだから。早く立って」


 幸奈から催促され僕は席を立った。


 しかし、あれだな……相手が幼馴染の幸奈とはいえ女の子だ。女の子と二人で帰りに寄り道するってまるでデー――


「い、言っておくけどデートとかじゃないんだからね!」


 ドキリとした。

 まるで、心でも読まれてるのかと思うくらいタイミングピッタリで言われたから心臓が跳び跳ねた気がした。


「わ、分かっとるわ。これは、デートじゃない。むしろ、幸奈の方こそ勘違いするなよ」


「は、はぁ!? す、するわけないじゃない! これは、寄り道なのよ。寄り道。ちゃんと理解しててよね!」


「ええ、ええ、理解してますよ。寄り道な寄り道」


「そ、そうよ。寄り道よ。デートなんかじゃないわ。だいたい、私とデートしたいならお願いしてもらわないと困るわ」


「してもらわなくて結構だから絶対お願いしねぇ。ほら、早く行くぞ」


 僕が歩き出すと幸奈は『待ちなさいよ』と言ってきた。僕は幸奈が隣に並ぶのを待ち、二人して歩き出した。

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