第44話 1章終話 幼馴染メイドと寄り道ラーメンを(デートじゃない!)③了

「ふぅ……ごちそうさま。とっても美味しかったわ」


 幸奈が食べ終わったのは僕が食べ終わってからだった。珍しいことに僕の方が早く完食していたのだ。

 ……まぁ、その理由は幸奈が二回も替え玉を頼んだからなんだけど。


 相変わらずどんだけ食べるんだよ……。

 幸奈の食いっぷりに客も店員もざわざわしていた。ま、こんな見た目の女の子があれだけの量を食べたんだから仕方ないけど。


「満足したか?」


「ええ、もうなにも入らないわ」


 でしょうね。

 むしろ、まだなにか食べたら流石にお腹が心配になるから止めておけ。


「じゃ、支払って帰るか」


 二人で席を立ってレジに向かう。


 今日は僕の奢りということでカバンから財布を出して、一人だと考えられない値段を支払った。


「あいよ、嬢ちゃん」


 担当してくれたのは注文を受けてくれたオヤジさんだった。そのオヤジさんがレジ隣に置いていたチュッパが名前の棒つきの丸い飴を一つ幸奈に差し出した。


「いっぱい食べてくれたお礼だよ」


「えっと……それ、子ども専用って書いてますけど」


 その飴は小さな子どもにあげるために用意されていて、高校生の幸奈が貰っていいものじゃない。だからこそ、幸奈も受け取るのを躊躇っていた。


「いいのいいの。その代わり、また来てね」


「ありがとう!」


 飴を受け取った幸奈は本当に小さな子どものような無邪気な笑顔を浮かべていて……不覚にも心臓が高鳴ったのを感じた。


「彼氏君の方はもうちょっと食ってもらわないとあげられないな」


 オヤジさんが笑いながら言う。


「か、彼氏じゃありませんから!」


 それにすかさず否定した。

 もう二度とここに幸奈と来ることはない。けど、勘違いされたままは嫌だ。今日はデートじゃなくてただの寄り道だから。



 店を出て、マンションまでの道のりを幸奈と肩を並べながら歩く。幸奈は貰った飴を早速口の中に入れて喜んでいた。


 やっぱり、恋人に見えてるのか……?


 幼い子どもでもなければ男女二人で歩く姿は恋人に見えるのが世間なのだろうか。


 って、ないない。だいたい、僕と幸奈はどう見ても不釣り合いだし深く考えるのも止めにしよう。


 すると、僕の考えてることなんてまるで気にする素振りもなく幸奈が楽しそうに笑った。


「随分と嬉しそうだな。そんなに飴美味しいのか?」


「ち、違うわよ。誰かと一緒に寄り道なんて初めてだから楽しいのよ!」


 初めてで楽しい、か……。


「……なぁ、僕なんかで良かったのか?」


「どういう意味よ」


「今日、隣の席の男子に遊びに誘われてただろ? あいつらと一緒に遊んだ方がもっと楽しかったんじゃないか?」


 そうだ。僕と寄り道なんかしたって、幸奈を楽しませることなんて出来ない。特別、面白いことが出来る訳でもなけりゃ、気を遣っても止めてと言われるレベルだし。


 あの連中と遊びに行った方が何倍も楽しかったんじゃないだろうかと思う。


「ねぇ、祐介は私と寄り道して楽しくないの?」


 そう言われても分からない。楽しいと思ってるのか楽しくないと思ってるのか……。


「……悪くないとは思ってる」


「そう。私は楽しいって思ってるわよ」


「その楽しさは幸奈が世間を知らないからだ。世間はもっと楽しいことに溢れてるんだよ。あいつらならそれを幸奈にくれてやれる。でも、僕はそんなのをあげられない」


「なによ、それ。そんなの別に望んでないわ。私は祐介と一緒にラーメンを食べに行きたかったからラーメンを食べに来たのよ。だいたい、どうして私がよく知らない連中と遊ばないといけないの?」


「そりゃ、幸奈のためになるから」


 その途端、幸奈の顔色が曇った。


 しまったと後悔したがもう遅かった。


「私のため? 私のためってなに? 祐介と寄り道しないで、あの連中と遊ぶことが私のためになるの?」


 何が幸奈のご機嫌に触れたのか分からないけど口調がキツくなった。


 何が悪かったんだ? 僕は幸奈のためを思って言ってただけなのに……。


「それで、友達が出来たらもっと沢山寄り道出来るだろ?」


「この前も言ったでしょ。私に友達なんて必要ないの。何が私のためになるかなんて祐介が決めないでよ!」


「ごめん……」


「ふん、私は祐介と寄り道出来て本当に楽しかったんだから。分かったらもう黙ってて!」


「ムグッ!?」


 幸奈は突然開いていた僕の口にさっきまで舐めていた飴を入れてきた。


 流石の僕でも分かる……これは、かなりまずい行為だと。間接キスなんて非にならないほどの……なんて言ったらいいのか分からない行為。


 さっきまで幸奈が舐めていたという事実がなんとも言えない感情にした。


 身体が熱い……。


「は、早く帰るわよ!」


 前を歩く幸奈を見ると耳まで真っ赤にしていた。



 マンションまで帰ってきた僕と幸奈。

 お互いに気まずくて結局何も話していないまま部屋の扉の前で別れるところだった。


「ね、ねぇ。今日も来る?」


 その言い方で全て分かる。

 今日もいるんだな……。


「そのつもりだけど」


「そっか。ねぇ、一緒に行く?」


「メイドが客と来店なんて可笑しいだろ」


「いいじゃない。勧誘して連れて来たってことにすれば」


 新規のご主人様ならいいだろうけど、仮にも二年以上通ってる常連だと無理があるだろ。


「大丈夫。ちゃんと行くから待ってろ」


「分かった。その代わり、待ってるから必ず来なさいよ! 嘘ついたら許さないんだから!」


 行かない訳がない。元々、ずっと金曜日に通っていたんだ。幸奈がいた時は本当に嫌だと思ったけど、最近はちゃんと接待してくれてそれなりの対応をしてくれる。だから、別に幸奈がいてもいいやって思い始めてる。


 だから――


「必ず行くよ、オムライスを食べに」


「そこは、私に会いにとでも言いなさいよ!」


「なんでだよ! 僕の目的は初めからオムライスだからな!?」


「ふん、本当にしまらないんだから。でも、待ってるからね。それじゃあね」


 幸奈は扉に手をかけた。

 それと同時に僕も同じようにする。


「ああ、じゃあまた――」


「ゆ、祐介! で、デート……楽しかったわね! またね!」


 急いで扉を閉める幸奈。

 一人残された僕はまるで雷にうたれたように身体を動けなくしていた。


 デート……デートって……これは、寄り道でデートじゃないはずだろ? 幸奈がただの寄り道だって言ってたのに、今ではデートって……今日のはいったいなんだったんだ?


 分からない。


 でも、不思議と悪い気にならない。


 ってことは、僕も楽しんでたってことか? デートを……。


 僕がどう思ってたのかは分からない。でも、それは、これから確認していこうと思う。


 だって、僕と幸奈の腐れ縁はまだまだ切れそうにないのだから。

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