第10話 メイド喫茶で出会うは誘ってくれたメイドだった①

 金曜日――『ぽぷらん』の扉を前にして立ち止まっていた。

 今日も幸奈がいるのかな?

 そう考えると今週は通うのをやめようかとも考えたが気づけば自然に足が向かっていた。


 先週みたいに幸奈がいたらどうしよう……またケチャップの味しかしないオムライスを食べさせられるのか?


「いたた」


 思い出しただけできりきりと腹痛を感じた。

 でも、いつまでも扉の前で立ってるのも邪魔だし、それに見られるのも恥ずかしいしとにかく入ろう。

 取っ手をとって扉を開けた。


「おかえりなさいませご主人――あ、祐介くん!」


深雪みゆきさん!」


 僕は安心と幸福に包まれた。

 ひとつは先週みたいに幸奈が出迎えて来なかったこと。そして、もうひとつは――


「今週も帰ってきてくれてお姉さん嬉しい!」


 セミロングの銀髪が映えるはじける笑顔で出迎えてくれたこの店で人気ナンバーワンのメイド、深雪さんだったからだ。



「こちらへ、どうぞ。ご主人様」


 深雪さんに席へ案内された僕はキョロキョロと店の中を見回した。

 ほっ……今日は幸奈のやついないみたいだな。

 安心していると見覚えのあるメイドさんにお水を出された。


「どうぞ、ご主人様。お水です……って、ご主人様は先週の……」


「はは……どうも」


 そのメイドは葵さん。葵さんは僕に気づくと思い出したかのようにしていた。

 メイド喫茶には沢山の客が通う。一人一人に対し、全力で接するメイドさん達はよっぽどのことがない限り相手のことを覚えているのは難しいことだろう。

 それでも、葵さんは僕のことを覚えていてくれたようだからそれだけ幸奈の接し方が悪かったのだと分かる。


「安心してください、ご主人様。幸奈ちゃん、今週はいないので」


「そうですか。良かったです」


「ん? 幸奈ちゃんがどうしたの?」


「実はね――」


 先週のことを知らない深雪さんに葵さんが幸奈の説明をしていた。


「そっかぁ……それは、災難だったね。ん~と言うか、ごめんね、祐介くん」


「え……どうして深雪さんが謝るんですか?」


「うん、実はね。私が用事あって先週幸奈ちゃんに交代してって頼んだの。人気あるし暇だって言ってたから」


「そうだったんですか」


 確かに、これまで毎週金曜日ここに通い続けて幸奈の姿を見たことがなかった。だから、幸奈がメイド喫茶でバイトしているなんて知るよしもなかった。

 ……って言うか、幸奈のやつが人気? 確かに、顔は可愛いけど性格はキツいだろ。あれか、罵られて興奮するタイプの人からか?


「あ、その顔は信じてないな~」


「そりゃそうですよ」


「お姉さんは嘘ついてないよ~。幸奈ちゃん、顔も可愛いし相手をたてるのも上手いし……何より話してて楽しいって絶賛なんだよ?」


 絶対嘘だろ……幸奈の頭の中にはバカにするかけなすか罵るしかないんじゃないの?


「まぁ、そう言われても信じられないですよね?」


「はい」


「でも、深雪ちゃんの言う通りなんです。幸奈ちゃん人気があるのは本当なんですよ。だから、先週は私も驚きました。いきなり、ご主人様にあんな態度をとったりして」


「……それは、僕のせいだと思います」


 思うと言うか……要因は確実に僕だ。


「どうして、ご主人様が?」


「は! も、もしかして、祐介くん……何か幸奈ちゃんにいやらしいことでもしたんじゃ……」


「そ、そんなことしてませんよ!」


「本当に? メイド喫茶はあくまでも楽しんでもらう場所でいやらしいことをしていい場所じゃないんだからね?」


「分かってますよ。その……姫宮さんとは同じ学校で同じクラスなんです。それで、僕を見て……色々と思うことがあったんじゃないかと」


 幼馴染とか隣人とかは言わない方が良いよな。幸奈がここでどうやっているのか分からないし……それに、深雪さんにはあんまり知っていてほしくないし。


「そう言えば二人とも高三だもんね。何か話したりするの?」


「しません。挨拶もしないただのクラスメイトです」


「そっか。でも、確かに同じクラスメイトにメイド姿なんて見られたら恥ずかしくていやな態度もとっちゃうね。うん、幸奈ちゃんに悪気があったわけじゃなくて良かったよ」


「そうね。幸奈ちゃん、今週はいつも通り働いてくれているしね」


 深雪さんと葵さんは頷きあって幸奈の態度を分かろうとしていた。


「あ、ご主人様が。それでは、ご主人様。私はこれで失礼します。ごゆっくりと楽しんでいってください」


 葵さんは頭を下げると新しく入ってきた客の方へと行ってしまった。


「じゃあ、そろそろ注文とろっか。『おいしくなーれオムライス』でいいのかな?」


「はい。お願いします」


「ふふ、本当に好きだね。じゃあ、厨房に伝えてくるからちょっと待っててね。戻ってきたらお話しようね」


 深雪さんはそう言い残すと厨房の方へと向かっていった。

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