第17話 保健室で二人きりになるのは幼馴染メイドとだった②

「なんで、ここに……?」


 分からない。どうして、幸奈が隣にいて看病してくれているかのようにいるのかが。

 まぁ、看病もなにもただ見られてるだけだけど……。


「べ、別に……先生にちょっと用事があったから来たら、先生にあんたのこと見ててって頼まれただけよ。だから、あんたが全然戻って来ないから心配になった……とかじゃないんだから、勘違いしないでよ!」


 そっぽを向く幸奈。

 まだ、頭がはっきりしないからなんでもいいや。


「あ~うん、目が覚めたからもういいよ。先生が戻ってくるまで僕はここにいるから……ところで、今何時?」


「昼休み」


 昼休みってことは四時間くらい寝てたのか……よっぽど疲れてたんだな。まぁ、そのお陰で今は少し気分が楽だけど。


「ありがとう、姫宮さん。先生が戻って来たら教室に戻ったって伝えておくから」


「い、いいわよ。どうせ、教室に戻ったってすることもないんだし……もう少しここにいるわよ」


 いや、ここに残っていても意味ないと思うしまた変な噂が流れると困るから戻ってほしいんだけど……。

 でも、ぼっちの幸奈に言うのも何だし……それに、僅かに頬を赤くしている幸奈が可愛いいから強く言えない。

 ってことで、やんわりと言おう。


「いや、姫宮さんの時間を僕が使うのも迷惑だと思うから……ね?」


 優しく言えば、気遣ってる風で幸奈も強くは言ってこないだろ。それに、僕……一応今は病人扱いなんだし。


「姫宮さん、聞いてる?」


 幸奈のやつ、黙りこくってなにも言い返してこない。結局、黙ってるだけならもうここにいなくていいよね?


「……名前」


「え?」


「二人の時は昔みたいに名前で呼びなさいよ……なんで、姫宮さんって呼ぶのよ……」


 は? いきなり、何? 名前?

 別に名字で呼ぼうが名前で呼ぼうがどうだってよくない?


「いや、姫宮さんは姫宮さんでしょ?」


「……っ、そうだけど!」


 ぷるぷるって身体が震えて……また何か言われる? って言うか、幸奈は何がしたいんだ? 昨日から、幸奈の行動が本当に分からない。


「昔みたいにあんたと仲良くしたいとかそんなことは思ってない。……でも、他人みたいに姫宮さん姫宮さんって呼ばれると……胸がざわざわするのよ」


 他人みたいって……幸奈とは家族でもないんだからなんて呼ぼうがよくないか?

 それに、僕としては幸奈と二人きりになんてもうなりたくないって思ってるから名字とか名前とかはどうでもいいんだよ。


「わ、私だって……二人の時は『あんた』じゃなくて名前で呼ぶから……ゆ、祐介」


 ……っ!

 久し振りに名前で呼ばれたな……。

 なんでだろう……変な気分になる。


 それこそ、昔は当たり前のように幸奈から名前で呼ばれていた。疎遠になるまで幸奈は『ゆうくん、ゆうくん』と僕を慕うように呼んでくれていた。

 しかし、疎遠になって名前から名字呼びになり、今では『あんた』という固有名詞ですらなくなっていた。

 だからこそ、初めて幸奈から『祐介』と呼び捨てにされ、戸惑いが生じていた。


「ね、ねぇ、ダメなの……?」


 少しだけ上目遣いに言ってくる幸奈。

 ここで、ダメだと言えるほど僕は強くない。それに、情けない話だけど……心のどこかで喜んでいる僕がいるのも事実だった。


「わ、分かったよ……幸奈」


「……うん」


 名前で呼ばれて喜んでいるのかは分からない。でも、久し振りに作り笑いじゃない……本物の笑顔を見た気がする。


 ここ数日で僕は幸奈について分かったことがある。

 それは、おそらくツンデレという属性に成長しているということ。昔はツンなど存在しないデレデレだった。だけど、ここ最近の言動と行動は僕が思う通りならツンに値することだろう。

 そして今、名前を呼ばれて久し振りにデレた。本当にデレたのかどうかは分からないけど……可愛いから良しとする。


 でも、勘違いしないでほしい。名前で呼び合うようになったからといって、僕も幸奈と同じで昔みたいに仲良くしたいとは思っていない。

 昔のように呼び方が戻っただけだ。関係が戻った訳でもなければ急激に仲良くなった訳でもない。ましてや、ここから王道幼馴染ラブストーリーになんて発展しない。

 そう……ただ、なんとなく名字やあんた呼ばわりだとお互い気分が悪いから……だから、せめて二人の時は名前で呼ぼう……その結論になっただけのことだ。


 じゃあ、もう幸奈がここにいる必要はないな。とっとと、戻ってもらおう。


「もう、用はなくなった? なくなったんなら教室に――」


「ま、まだある」


 まだあるの!?

 僕としては本当に話すことなんてないんだけど。


「えーっと、なに?」


「その、ね……」


 幸奈はモジモジとしながら言いにくそうにしている。


 この前からこーいうところは変わってないんだよな。

 幸奈は言いたいことがあっても中々口にすることが出来ない。僕がご飯を食べるのが遅いのと一緒で、幸奈は本当に言いたいことを言うのには時間がかかる。


 よく考えればすぐに分かることなのに……僕は忘れてて……この前だって、本当は何か言いたかったのかな?


「き、昨日のことを謝りたいの!」

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