第40話 幼馴染メイドとテスト勉強を②

 無駄に幸奈から怒られた僕は幸奈が出してくれた他の教科書の線引き部分を写していた。


「いい? 覚えたい内容はひたすら書いて覚えるのよ。口に出しながらするとより頭に入ってくるわ」


「分かった」


「これで、科学と歴史はなんとかなるわね。二つは基本覚えておくことさえ覚えておいたら大丈夫なんだから」


 僕には何一つ理解出来ていないが幸奈が言うんだから間違いないんだろう。後で、覚えるまで暗記することで科学と歴史は攻略出来たらしい。


「英語は?」


「英語も基本は単語の意味とスペルの暗記よ。難しい訳とかも単語を知らないと解けないから」


「なるほど……」


 幸奈の言うことはもっともだった。

 一人で勉強している時、単語の意味が分からずその度にスマホで調べた挙げ句、メンドクサクなって諦めたのだ。


「ほら、私のノートに大事そうなのはメモしてあるから」


 まるで、『早く写しなさい』とでも言いたいようにノートを渡してくれる幸奈。子どもの頃と少しも違わず、相変わらずノートをまとめるのも上手くてすごく見易い。


「なぁ、どうやったらこんなにも綺麗なノートが作れるんだ?」


「そんなの先生の話を聞いて、大事そうだなってところは赤ペンで印でもつけたら誰でも出来るでしょ?」


 極当たり前のように口にする幸奈。

 だが、僕は知っている。幸奈が当たり前だと思っていることは他人にとっては難儀なことだということを。


 そもそも、先生の口から唱えられる魔法には睡眠効果がある。あんなの真面目に聞いていられる人間なんて相当な耐性がある人間しかいない。


 つまり、幸奈は知らぬまに尋常ならぬ努力をしたってことか……。


「ねぇ、なにか馬鹿げたこと考えてない?」


「そんなことない。写すのに精一杯だ。他のことなんて考えてる余裕がない」


「……ならいいんだけど」


 横から幸奈にジト目で見られながら何食わぬ顔で素早く手を動かした。



 英語、科学、歴史の三教科があとは自分の暗記次第となった頃には既に昼を過ぎていた。


「こんなにも真面目に勉強したのなんて初めてだ……」


「なに馬鹿なこと言ってるのよ。まだ勉強という域には達していないわよ。今までのは作業なんだから」


 酷い言いようだ……本当だから反論はないけど。


「……なぁ、一旦休憩しないか?」


「そうね。そろそろ、お腹すいたわ」


「昼、どうする?」


「そんなの決まってるわ」


 答えを聞くまでもなく、なんとなく言われることは分かってた。

 証拠に、幸奈から真っ直ぐ見られて頬がひきつっていく。


「祐介の手料理が食べたい!」


 やっぱりな……。

 幸奈が代わりに手料理を施してくれることなんてない。


 それに、キッチンをボロボロにされそうで任せられないし。


「チャーハンでいいか?」


「なによ。すんなりと受け付けるのね」


「こうなる気がしてたからな」


 その為、昨日の内から出来る範囲の準備はしておいた。……野菜を切っただけだけど。


「ふふ、よく分かってたわね。褒めてあげるわ」


「嬉しくないから結構だ」


 幸奈からいらないお褒めの言葉をもらいながら僕は席を立った。そして、そのままリビングまで行って米を洗った。

 タイマーをセットして席に戻る。


「炊き上がるまでは待てよ?」


「それくらい、我慢するわよ」


 口ではそう言う幸奈だがその足は気づいていないのかパタパタさせていた。


 どんだけ楽しみなんだよ……いや、ただの食いしん坊か?


 米が炊き上がると先ずは野菜を炒めた。

 その隙にハムを切る。


「幸奈、焦げないかだけ見ててくれ」


「ん」


 幸奈に頼むと本当に焦げないかだけをジッと見つめて確認していた。


 ハムと炊き上がった米をフライパンに投入し合わせて炒める。


「……ふふ」


「なに、笑ってんだ?」


 隣にいる幸奈から小さな笑いが漏れ、気になった僕は訊ねた。


「楽しいなって思ったのよ」


「楽しい?」


「ええ。ほら、私こうやって誰かと一緒に料理なんてしたことなかったから」


 まぁ、正確にはしてないけどな!?

 してるのは僕だけだからな!?


 いかにも、自分が料理なんてしている風に口にする幸奈。だが、幸奈は隣で僕が料理している姿を見ているだけだ。何も手伝っていない。


「……それに、なんだかこうしていると新婚みたいな気分になるわね」


「っ!? ば、馬鹿! なに言ってんだ!」


 吹き出しそうになった。

 そりゃ、端から見ればそんな風に見えても仕方ないかもしれない。


 でも、ここには僕と幸奈しかいない。

 誰にも見られることがない。


 つまり、これは僕をからかって楽しんでるという訳だ。


 でも、からかってるだけだと分かっていても意識してしま――


 って、いかんいかん。

 意識したら余計に幸奈の思うつぼだ。


 ここは、首を横に降って邪念を消す。


「なに振り子みたいに首振ってるのよ?」


「ナンデモナイ……ナンデモナイ……」


「どうして片言でロボットみたいな話し方するの?」


「シゼンダシゼン」


 そう。これは、自然な話し方だ。

 焦ったりもしていない。ドキドキだってしていない。いたって冷静だ!


 その後、僕はなんとか幸奈の思うつぼに乗らないように気をつけながらチャーハンを完成させた。


 幸奈は完成したチャーハンを早速、食していた。スプーンで一口すくい、口にいれる。その途端、パアッと明るくなったような気がした。


「おいしい!」


 どうやら、満足のいく味だったようだ。


 僕も同じように一口、口へいれる。


 ……うん、我ながら中々の出来――


「……祐介の料理の味、私好みですごい好きよ。毎日、食べたいくらい」


 まるで、恋する乙女のような表情で言われ思わず吐き戻しそうになった。


「ゲホッゲホッ!」


 そうならないように急いで飲み込んだせいで喉が痛い。


「汚いわね。大丈夫? ほら、ティッシュ」


 心配そうな表情で渡されたティッシュペーパーで口を抑えた。


 な、何を言い出すんだ急に!?


「お前、冗談もほどほどに……」


「冗談じゃないわよ。ほんとにおいしいって思ってるんだから」


「だからって……」


「ねぇ、毎日私にご飯を作ってくれる専属料理人にならない? 報酬は渡してあげるから」


「結構だ」


 毎日、幸奈のためにご飯を作らないといけないなんて……考えただけでも頭が痛くなる。


「ケチね」


「ケチって……僕だって料理が得意な訳じゃないんだ。そんなにおいしいご飯が食べたいならおばさんに作ってもらえ」


「祐介馬鹿なんだし勉強やめて料理でも習えば? そうすれば、私においしいご飯を振る舞うことが出来るわよ?」


 なんてことを言いやがる……。


「お前はどこぞのお嬢様だ?」


「お嬢様じゃないわ。ただの幼馴染からの提案よ」


「無茶にもほどがあるだろ……」


「それに、そうすれば祐介の将来の生活は私が……」


 幸奈は急に歯切れが悪くなった。

 チラッチラッっと僕の方を恥ずかしそうに見てくる。その頬は僅かに赤くなっているように見えた。


 なんだ?


「続きは?」


「つ、続きなんてないわよ、馬鹿。この話はもうおしまいよ!」


「はぁ!?」


 幸奈は自分から話を振ってきたくせにいきなり終わって、残っていたチャーハンを急いで口にかきこんでいく。


 僕は何も分かっていないのにまた馬鹿呼ばわりされた。……納得いかない。

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