第62話 何故か、僕より幼馴染メイドの方が母と仲が良い

 校舎を出て、少しばかりの駆け足でマンションへと帰宅する。


 三階まで急いで階段を登って自分の部屋の前へ。鍵を開けて、扉を引く。玄関には見慣れない靴が。


 まさかと思って急いで靴を脱いで中へと入った。


 すると、やはりいた。ソファに腰掛けながらテレビを見ている母さんが。


「お帰りー。随分と早いのね」


 手をひらひらと揺らせ呑気なものである。


「勝手に入らないでよ、母さん」


「いいじゃない。合鍵あるんだし」


「だからって……プライバシーとかあるじゃん」


「見られたら困るものでも置いてあるの?」


「そんなんはないけど」


「じゃあ、いいじゃない」


 母さんはテレビを見て笑っていて全く気にしない。本当に呑気なものである。その後ろ姿を見送りながら、着替えるために自室へ入った。


 制服を脱いでいつものジャージに着替えて出ると母さんが立っていた。テレビは消されていて、じっと見つめてくる。


「なに?」


「変わったところはなさそうね。良かった」


 両手で頬っぺたを触ってくる。もう高三だというのにこんなことをされて恥ずかしい。でも、心配してくれているということも感じられる。


 相変わらずだな。母さんとは春休みに実家に帰った時ぶりである。その時も、こんな風にされた。


「もう、いいでしょ」


「はいはい、分かったわよ。つれないわね」


 頬っぺたを離し、椅子に腰かける母さん。


 僕が何か飲むか訊くと首を横に振ったので僕も椅子に座ることに。


「で、今日は、何しに来たの?」


「だから、会いに来たって言ったでしょ」


「ほんとにそれだけ?」


 今まで二年以上一人暮らしを続けて母さんがそう言って来たことなんて一度もない。絶対に裏があるはずだと睨んでいた。


「ええ。幸奈ちゃんに会いに来たのよ。あんたはついで」


「……は? 幸奈に?」


「そうよ」


 淡々と答える母さん。え、て言うか、朝は愛する息子とか言ってたよね。なのに、目的は幸奈で僕はついで? 流石に傷つくぞ。


「そもそも、母さんと幸奈!? 意味が分からないんだけど?」


「幸奈ちゃんが隣に住んでるって知ってるんだから別にいいでしょ。それとも、幸奈ちゃんと会わせたくない理由でもあるのかな~?」


「そんなことはないけど……」


「だったらいいでしょ。幸奈ちゃんは娘なんだから」


「いや、それは違うよ!?」


 まだ、この年齢でボケるのは早いと心配になる。幸奈は姫宮家の娘なんだから。


「娘みたいなってことよ。あんただって向こうじゃ息子みたいになってんだから」


 僕と幸奈の扱いはどうなってんだと呆れてため息が出る。


「で、あんたはもう幸奈ちゃんと毎晩イチャイチャしてるの?」


「ばっ、そ、そんなことしてるわけないだろ!」


「はぁ~臆病ね~」


 情けないなと思っているような表情で見てくる母さん。でも、仕方ないんだ。僕が幸奈とそういう関係になりたいかは置いておき、幸奈には好きな人がいるんだから。


 最近は忘れそうになっていたけど、幸奈にはちゃんと好きな人がいる。好きな人がいる女の子とそういう関係にはなれない。そういうのはちゃんとしてじゃないと後が怖い。


「幸奈ちゃんとは進展なし?」


「どういった進展かは知らないけど……話すようにはなった」


「それだけ?」


 息子のことならなんでも見通すかのような目で見られ素直に答えてしまう。


「昼も一緒に食べる時がある」


「ま、及第点ってところね」


 意味の分からない点数をもらった。


「幸奈ちゃんはもう帰ってるの?」


 幸奈が誰かと寄り道なんて考えられないし、普段の歩幅ならもう着いている頃だろう。


「多分」


「なに、幸奈ちゃんと一緒に帰ったりしないの?」


 せっかく、隣人なのにというような目で見てくる。


 幸奈とは何度か一緒に帰ったが普段は絶対にない。一緒に帰るのは特別なのだ。


「しない」


「はぁ、全くあんたって子は……。まぁ、いいわ。じゃあ、幸奈ちゃんとこいくから」


 そう言って椅子から立つと持ってきたのだと分かる大きめのカバンを手に取る。


「なにそれ」


「幸奈ちゃんへのプレゼント」


 いったい、何をプレゼントするのか気になる。と言うか、僕には何もないのか?


「中身は?」


「ご飯がメインね。幸奈ちゃんのお母さんにも頼まれたのよ。栄養不足だろうから持ってってあげてって」


 相変わらず仲が良いのな。

 昔から、どっちかが忙しかったら子どもの面倒を頼み合っていたくらいだ。


「因みに僕には?」


「ないわよ」


 この仕打ちである。悲しくなってくる。


「そんなに食べたいならまた朱里に作るよう言っとくわよ?」


「もうそれでいいよ」


 朱里だけが唯一癒してくれる存在だ。そんな朱里が来てくれるなら充分だ。


 それから、母さんを見送るために一緒に玄関へ。そして、幸奈が帰ってない場合戻ってくるとのことなので一応一緒に外に出る。


 チャイムを鳴らす。しばらくして、扉がガチャっと開いた。中から出てくる制服姿の幸奈に母さんはまるで友達の家に来たかのように片手を上げた。


「やっほ、幸奈ちゃん」


「お母さん!」


 朱里の時もそうだったけど、僕の母さんだからな!?


 自分の母親のように呼ぶ幸奈に鋭い視線を送る。


「相変わらず美人さんね~幸奈ちゃん」


「えへへ、ありがとうございます」


 気のせいか、僕と話すより幸奈と話す方が母さんは嬉しそうである。


「祐介がいつも鈍感でごめんね~」


「いえ、もう慣れてきましたから」


「ほんと、いつからこんな唐変木になったんだか」


 何故か、僕が怒られているみたいになってる。母さんは睨んでくるし。


 てか、唐変木って実の息子に言うこと!?


「で、でも、たまにだけどカッコいい時もあるんで……」


「ふーん、そう」


 照れながら幸奈が言うと母さんはイヤらしい笑みをニマニマ浮かべて満足そうである。そして、僕まで照れて恥ずかしくなってくる。


「あ、幸奈ちゃんにプレゼント持ってきたんだけど説明したいし入れてくれる?」


「はい。汚いけど上がってください」


「大丈夫よ。そこらへんはちゃんと聞いてきてるからね」


 それでも、幸奈の汚部屋を見れば驚きそうだなと考えているとまたしても母さんが睨んでくる。

 しかし、それだけで何も言わない。無言の圧力を感じる。


「あ、祐介も上がってく?」


「いや、止めとく。なんか、疲れたから」


「そっか。じゃあ、また明日ね」


 幸奈と一緒に消えていく母さんを見送りながら部屋に入った。


 リビングまでいって、無性に落ち着くことが出来ず部屋の中を一人ウロウロする。


 幸奈と母さんの二人きり……いったいなにを話してるんだ?


 そんな不安が頭をよぎる。その不安は朱里の時よりも遥かに大きかった。


「いや、でも考えすぎ……うーん、母さんだしなぁ……」


 何かとんでもないことを話していそうな気がしてならなかった。

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