第3話 戦えっていわれても!

「た、戦う?」


 ノヴァがなにを言ったのは炎司にはまったく理解できなかった。


 戦うって一体なにと戦うんだ? テロリスト? いや、テロリストを倒すためだけに死んだ人間にチャンスを与えるとは思えない。テロリストは人間の問題だ。その人間を助けるために横紙破り的な行為をするだろうか? 違う。するはずがない。こんなわけのわからない場所に放り込まれて、二度目の人生でやらされることがテロリストの排除のはずが――


 だけど――


 いまの社会にある脅威といったらそれくらいしか思いつかない。日本にだって過激派と呼ばれ、過去テロ事件を起こした集団がいまも残っていることくらい炎司だって知っている。


 しかも――


 ノヴァは地球から生み出された神のような存在だと言っていた。その神のような存在が、たかだか人類だけの脅威を気にするだろうか?


 考えてみたけど、やっぱりそうは思えない。


 でも、いま差し迫っている脅威といったら環境問題かエネルギー問題くらいしか――


 そこまで考えて、炎司はとても嫌な考えに思い至った。


「あのさ、訊きたいことがあるんだけど」


「なんだ」


「もし――ここで俺が、きみの告げる条件が飲めないって断ったらどうなるの?」


「そんなの当たり前だ。お前はそのまま死ぬ。他の人間と同じようにな」


「…………」


 やっぱりそうか。そりゃあそうだ。死んだ人間にチャンスを与えようと言うのだ。その条件を飲めないというのなら、そのまま死を迎えるのは当然だろう。いま自分は、死を保留されている状況なのだ。


 断ったら自分は死ぬ。そう思うと恐ろしくなった。いま確かにある自分のあらゆるものがここで消えてしまうのだ。


 消えるときにどうなるのかはわからない。痛くて苦しいかもしれないし、そうでもないかもしれない。


 だが、そこで火村炎司という存在が終わってしまうことは確かなことで――

 炎司は思わず身体をぶるりと震わせた。


 命を拾ったらしいけれど、いま自分は死に限りなく近い場所にいる。

 本当に、ノヴァは自分にあんなことをさせるのだろうか。


 差し迫った地球の問題――環境。


 その百年程度で大きくその環境を変えてしまったのは、科学という武器を手に入れた人間だ。


 もし、彼女が言っている問題がそれであるならば、生き返った自分に課されるのは――


 人間の虐殺。


 地球のガンとも言われる人類を殺せと言われるのではないだろうか?

 そんな――ことって。


「……なにを黙っている」


 怪訝そうな目つきをノヴァは向けてくる。炎司は、自分に課されるかもしれない命令を思うと、彼女に言葉を返すことができなかった。


 しばらく無言の時間が続く。

 なにもかもが白に包まれたこの場所ではやはり時間の流れがわからない。


 自分はどうしたらいい?

 死にたくない。心からそう思っている。


 だけど、もう一度チャンスを与えられるからと言って、人間を虐殺しろなんて、そんなことできるわけがないし、そもそもやりたくない。


 どうすればいい?


 生き汚く与えられたチャンスをつかんで、人間を虐殺するために二度目に生をつかむのか――


 それとも――


「……お前、なにか勘違いしてないか?」


「え?」


 ノヴァの言葉で、絶望に飲み込まれかけていた炎司はふと現実に引き戻された。

 ノヴァは人間離れした美貌に呆れ果てた表情を浮かべている。


「安心しろ。二度目の生を与えられたお前がやることは人類の虐殺じゃない」


「…………」


「人間がここ百年で地球環境を劇的に変えたのは事実だ。自らを何度も滅ぼすことができる核も手に入れた。


 だが、それをすべて使ったところで、地球が真っ二つに割れたりするか?


 しないだろう。精々、地表に住んでる生物が死滅する程度だ。地球は表面を焼かれただけで変わりなくそこにある。その程度のことしかできないものを脅威と呼べるか?」


 言われてみればその通りだ。いま地球にある核兵器をすべて爆発させたところで、地表が焼き尽くされる程度に過ぎない。地球自体は変わりなく存在するはずだ。それぐらい地球は人間からしてみれば大きい。自分たち人間が、地球環境を害するガンなんて考え自体がそもそも人間本位なのだ。


「わかったか。地球にとって人類などまだまだ取るに足らん存在だ。まあ、惑星を破壊できるような兵器を造り出したら脅威と言えるだろうが――そうなるまであと少なくともあと百年はかかるだろう。お前らは好戦的だから、そこに辿り着く前に自滅するかもしれんが」


 そう言われて、炎司は心から安心できた。二度目の生を与えられたとき、自分は人間を殺したりしなくていいのだとわかったからだ。


 そこで、新たな疑問が生まれてくる。

 相手は人間でないとするなら、一体なにと戦うというのだろう。

 地球という大きな存在に害を為すような存在なんているのだろうか?


 とてもじゃないけど、いるとは思えない。


 いるのであれば、地球はとっくにそいつらによって占領されているのではないか? そんなのがいるのなら、昔読んだSF小説みたいに、地球は人間以外の知的生命体が訪れる惑星になっているはずだ。


「じゃあ、一体なにと戦うのさ」


「それはこれから説明してやる。大人しく聞いてろアホ」


 ノヴァはそう言うと炎司の目の前から消え、先ほどの机に戻っていた。相変わらず、机に脚を乗せていて行儀が悪い。


「二度目の生を与えられたお前に戦ってもらうのは『裏側の住人』と呼ばれる存在だ」


 机に脚を乗せて座っているノヴァなにかを操作すると、炎司のまわりにホログラムのようなものが出現する。


 そこには黒いモザイクのようなものが映っていた。ぼかしが入れられているようには見えない。はじめから『そういうもの』としか思えなかった。


 なんだこいつ。そのモザイクを見ていると、何故か精神が不安定になってくる。なにか、見てはいけないものを見ているような気がした。ここに来てからずっとわけのわからないことが続いているが、その中でも一番わけがわからない存在だ。


 だが――それがとてもよくないものであることだけは理解できるのは何故だろう。そう思うと、そのモザイクから目が離せなくなる。


「お前にどう見えているか知らんが――そいつらを理解しようとなどしないほうがいいぞ。イカれて死にたくなければ」


 ノヴァは手を一度振って、炎司のまわりに出現していたホログラムを消す。


 しかし、映像が消えたのにもかかわらず、炎司の頭の中にはしっかりとあのモザイクの記憶が焼きついていた。忘れようにも忘れられない。それぐらい、あのモザイクは炎司の脳に鮮烈に焼きついていた。


「いま見せたそいつは、本来であればお前ら人間を含めた表の世界の住人とはかかわることのない存在だ。


 だが――いまそのバランスが崩れかかり、裏の世界の住人が表に流れ出そうとしている。裏側の住人が流れ出し、そのまま侵食されて行けば、表側だったはずのものは反転し、裏の世界に飲み込まれる。


 そして――表と裏がなくなれば、存在は破壊される。


 二度目の生が与えられたお前にやってもらうのは、『裏側の住人』が流れ出そうとしている場所に赴き、それを水際で食い止めることだ」


「…………」


 なにがどうなっているかさらにわけがわからなくなった。


『裏側の住人』? 表と裏のバランス? なんだそれは。


 いや、そもそも――


「戦えって言われても、俺ろくに喧嘩だってしたことないんだけど……」


 小学生の頃に空手をやっていたけれど、それだって三ヶ月も経たずにやめてしまったし、そもそも運動だって特別できるわけじゃない。


 そんな奴に――戦え、なんて。

 できるわけが、ない。


 炎司の考えている弱音がノヴァに伝わったのか、人外の輝きを持つ青い瞳で射竦められた。炎司は座ったまま後ろに半歩ずり下がる。


「平和な国で暮らしていたお前にそのまま戦ってもらうわけじゃない。力も与えてやるしサポートもしてやる」


 だからって、そんなので戦えるようになるわけ……。


 しかし――


 これを断れば待っているのは死だ。はじめからこれに選択の余地なんてどこにもないのだ。ノヴァはきっと、それをすべてわかったうえで訊いてきている。


 どうする――

 炎司の身体の中で狂騒が荒れ狂う。


 このまま死にたくない。それは事実だ

 だけど――戦うのなんて、自分にできるとはどうしても思えない。


 どうする――


 どっどっど、という自分の心音がやたらと大きく聞こえた。いまの自分は死を保留されているはずなのに。それがおかしく思えた。


「……本当にそのままで戦えってわけじゃないんだね?」


「そうだ。地球が脅威と認めている存在だぞ。そのまま人間に戦わせたところで、犬死するだけだ。役に立たない兵隊を戦場に送り出してなんになる。

 で、どうする? 一応お前には選ぶ権利はある。さっさと選べ」


「……わかった。戦うよ。死にたくないし」


「そうか。ならここまで来い」


 そう言ってノヴァは手招きをする。それを見て炎司は立ち上がって、ノヴァが座っている机にまで歩を進めていく。


「私の手に合わせろ」


 言われた通り、ノヴァの手を自分の手と合わせる。


 その瞬間、すべてが光に包まれ、ついその数瞬前まで確かにあったはずの火村炎司を構成するすべてが消えていった。

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