第82話 戦闘の夜は続く
「ルナティックはどこにいる……?」
高速で空を駆けている炎司は自分の視界にマップを投影する。いまの自分の位置、ルナティックの位置を確認。距離は直線距離にして数キロ。全速力で飛んでいけば、すぐにでも辿り着けるだろう。
だが――
あの男が、このまま放置してくるとは思えない。あの場から排除しただけでなく、こちらに対して攻撃を仕掛けてくるだろう。ルナティックは。『裏側の住人』も多数貯蔵しているようだから。
炎司は空を駆ける。このまま、なにもなくルナティックのところまで辿り着ければいいのだが――
『そうか』
そこで突然、ノヴァが声を響かせる。
「どうかした?」
『先ほどお前が奴の気配を何故探知できなかったのかがわかった』
「なに?」
炎司は驚きの声を上げる。
『奴は自分の身体を操り、自分が放つ気配のパターンを変えたのだ』
「でも、自分の身体を操るって、あいつの能力は――」
そこまで言ったところで炎司は気づく。
『奴の能力は物体のエネルギーの変換と操作と貯蔵だ。そして、物体はエネルギーと等価である。でなるなら、奴は自分の身体だって同じように操れるはずだ。それで奴は、自分が放つ〈裏側の住人〉の気配を変えたのだ』
「…………」
どうりで見つけられないはずだ。本質はともかく、『裏側の住人』が放つ気配を変えてしまったのでは、奴の放つ気配にアタリをつけて探していた炎司に見つけられるはずがない。
やられた、と炎司は思った。
しかも、その技を使えば、炎司から逃れることも簡単だろう。大河を押さえられた状態の今、それを行われたらどうなる? あの狂った男から大河を取り戻すことは不可能になってしまう。彼女は、いち早く取り戻さなければ、取り返しのつかないことになるかもしれないのに――
『いや、大丈夫だ』
ノヴァの雪風のごとき言葉によって、恐慌に陥りかけた炎司はすぐに立ち返った。
「……どうして?」
『奴がやった偽装はお前が考えているようなものではない。まず、自分の気配を変え続けるのはできないはずだ。なにしろあいつは〈裏側の住人〉であることに違いないのだからな。長時間、放つ気配を変えるとなると、本質から変わらなければならない。本質というものはそう簡単に変えられるものではない。
そしてもう一つ。長い時間変えられたとしても、気配だけとはいえ違うものに変えていればそこに歪みが生じる。なにかの力によって変えられている、という歪みがな。お前であれば、その歪みはキャッチできるだろう。要は、あいつがやったことはちょっとした時間、一度だけ欺くことだけだ』
「じゃあ、もうあれを使った奴はこっちに対して行える偽装はないってこと?」
『そうだ。奴は逃げない。それに、奴はあの娘の経過観察をするのが目的だろう。であるなら、逃げるよりも脅威である我々を排除にかかるはずだ』
炎司はもう一度マップを確認する。ルナティックはどうやら移動しているらしい。
「どこに移動しているんだと思う?」
『さあな。どこか目立つ場所にでも行ってるんじゃ……』
そこでノヴァの言葉が切れる。
『来たぞ』
そう言われて炎司は振り向く、そこには、黒い球体の『なにか』がいた。『裏側の住人』だ。炎司は表示していたマップを消し、足を止め、黒い球体と相対する。黒い球体は一切の音を発せずに静止していた。
こいつを無視して、さっさとルナティックのもとに行ったほうがいいだろうか? いや、ルナティックとの戦いになって、この黒い球体に邪魔されるのは危険だ。
どうする。
時間はあまり、残されていない。
炎司は構える。この黒い球体がなにか不明だ。これが、ルナティックが放った敵であることは明らかである。倒す以外、道は残されていない。
炎司は宙を蹴り、黒い球体に近づこう、とした瞬間――
黒い球体が変形した。綺麗な円型だったそれは、音も立てずに不気味に歪んでいき、そしてそれは、弾けた。弾けたそれは夜の空に浮かびながら形を成していく。見たこともない形状の鳥だった。その鳥は次々と生まれ出て、炎司のまわりをすべて埋め尽くした。
「行かせない気、か?」
音もなく羽ばたく異形の鳥たちは炎司の問いに答えることはない。鳴き声すら上げることなく不気味に蠢いている。
炎司のまわりを囲うように蠢いている異形の鳥の塊から一匹が飛び出してくる。その速度は炎司の目ですら捉えきれないほど速かった。炎司の肩に鳥が深々と突き刺さる。
「ちっ……」
突き刺さった異形の鳥を引き抜こうとしたその時――
異形の鳥は爆音を立てて爆ぜた。爆風をもろに受けた炎司は腕を肩口から吹き飛ばされる。一瞬だけ鮮血が舞い、すぐに身体は修復された。
「削り殺す気か……」
再生した腕は問題なく動く。だが、このまま爆発を食らい続けたらどうなる? 自分は、耐えられるのだろうか? 自分のまわりを覆っているのは、数えるのも嫌になるほどいる異形の鳥。
炎司のまわりを取り囲んでいる異形の鳥の塊から再び異形の鳥が飛び出してくる。今度は二匹。その圧倒的な速度に反応することすらできなかった。二匹の鳥は炎司の両脚の膝のあたりに突き刺さり、今度はすぐに爆発する。
宙に浮いているからどこも足はついていないはずなのに、身体が支えられなくなる。だが、失った両脚はすぐに回復。
くそ。このままただやられているわけにはいかない。どうにかして、この包囲網を突破しなければ。
こちらのことなど構うことなく、異形の鳥たちは炎司のまわりで不気味に蠢いている。
考えろ。
この状況を打破するなにかがあるはずだ。
考えろ。
それは、知っているはずのことだ。
考えろ。
違う。考えるんじゃない。いま自分はやるべきなのは――
思い出せ。
異形の鳥が三匹飛び出してくる。炎司はまったく反応できず、身体にその鳥が突き刺さる。腕と腹と足。突き刺さると同時に、それらはすべて爆発する。腕と足が吹き飛び、腹に風穴が空いて臓物が流れ出した。しかし、それらの傷は瞬く間に回復される。異形の鳥は、減っているようには見えなかった。
痛みはない。身体も元に戻っている。だが、この鳥が全部自爆するまで付き合っているわけにはいかない。
思い出せ。
『裏側の住人』と戦うことになってから、幾度となく行った行為。自分に与えられた誰かの記憶を、思い出せば、この窮地は脱することができるはずだ。
鳥が飛び出してくる。今度は頭に突き刺さった。すぐに爆発する。頭部を吹き飛ばされたことで、炎司の思考は一時的に中断されたが、それも一瞬だった。炎司が気づいた時には吹き飛ばされたはずの頭部が元に戻っていた。
思い出せ、思い出せ、思い出せ。
ああ、そうか。こいつらを倒すのなんて簡単じゃないか。それに気づいた炎司は獰猛な笑みを見せた。
炎司は、力を解放する。いま自分ができる限り力を放出するために。
燃やせ、燃やせ、燃やせ。身体の内にあるすべてのものを燃やし、力を出し尽くせ――
炎司は、力を放出する。
自分のまわりを取り囲む、異形の鳥たちをすべて燃やし尽くすために。炎司から放たれたそのエネルギーはすぐに異形の鳥たちを飲み込み、燃やし尽くした。異形の鳥は、一匹も、欠片も残らずに消滅した。
「終わった、か」
自分が放てる限りの力を放出した炎司はそのまま膝が折れそうになる。だが、休んでいる時間はない。炎司は踏ん張って耐えて、空を蹴る。
炎司は再びマップを表示させ、ルナティックの位置を確認する。距離はそれほど縮まってはいなかった。
夜はまだ、終わらない。
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