第83話 戦闘の夜は終わらない

 夜の闇を切り裂いて宙を舞いながら炎司は現在の状況を確認した。


 先ほどの鳥を倒すのに、思いのほか力を消耗してしまった。いまの自分に残っている余力はどれくらいあるだろう? 果たして、ルナティックのもとに辿り着いた時、奴を打ち倒すだけの力を残していられるのか?


 とは言っても、『裏側の住人』相手にして出し惜しみをしている余裕はまったくない。全力でかからなければこちらがやられてしまう。どこまでやれるかわからないが、やるしかない。そんな状況だった。


 それから、視界にマップを映してルナティックの位置を確認する。向こうは暢気に歩いているのか、その動きは遅かった。途中で戦いがあったにもかかわらず距離は確実に縮まっている。もしくは、その動きの遅さにもこちらに対しての罠でも仕掛けているのだろうか。なにが起こるかわからない状況だ。警戒しておくにこしたことはない。


 そこまで考えたところで――


「そうだ。金元はどうなった……?」


 自分と一緒にルナティックのもとに行った文子が、自分が吹き飛ばされたあとどうなったのだろう。炎司は彼女の無事を確認するために感覚の強化を行う。アテをつけて行えばそれほど消耗は激しくない。自分の感覚の手を広げていく――


 文子の気配は、すぐに見つかった。見つかると同時に、ある事実に気づく。


「ルナティックと一緒に移動している?」


 文子の気配は、ルナティックの気配と一緒に動いていた。彼女自身がまったく動いていないことから、ルナティックに昏倒させられて、抱えられているのだろう。文子が無事だったことに多少安心したものの、あの男と一緒だったのでは、なにをされるかわからない。大河は当然だが、文子も一緒に助けないと――


 文子がまだ無事であることを確認した炎司は、広げていた感覚を閉じた。それから、自分の視覚に表示されているマップに文子の位置も追加する。


「どうして金元を捕らえたんだろう?」


『さあな。何度も言ってように、私にはあの男の考えなどわからん。なにか利用価値があるのだと思ったのだろうよ』


「こっちとの交渉のために?」


『どうだろうな。あの狂った男がこちらとまともな交渉をするとは思えん。それに、あの娘は〈裏側の住人〉を認識できるからな。使えるといえば使えるが――』


 そこで言葉が切れ、炎司は自分の目の前からなにかが突進してくるのを察知。真正面からなにかが自分に近づいてきている。映していたマップを消した。マップを消すとほぼ同時に、それは炎司の視界に入ってきた。形は、よく見えない。


「さっきから何度も邪魔しやがって……」


 炎司は速度を落とさないまま、自分に向かってくる『なにか』に対し、炎の球を放つ。炎の球はすべてそれに命中した。だが、そいつの速度は落ちることはない。まっしぐらに炎司に向かってくる。そいつとの距離はさらに縮まった。


 このままだと、真正面から衝突する。いまの炎司なら、あれとぶつかっても耐えられるだろうが、いまはルナティックを追っている以上、距離を離されるわけにはいかなかった。あんな速度でぶつかられたら、せっかく縮めた距離を押し返されてしまうだろう。なんとしても、それだけは避けたかった。


 さらに距離が縮まる。恐らく、あと数秒とかからずあれと激突する、というところで相手の姿を視認することができた。トンボのような翼が生えた、人型の『裏側の住人』だ。炎司はまだ前進を続ける。高速で動く炎司の時間の流れが遅くなったように感じた。目の前で起こっている出来事がコマ送りになっているように見える。


 相手と激突する、という瞬間に炎司は身体をずらして軌道を遷移し、向かってくる『裏側の住人』の下に回り込み、すれ違いざまに蹴りを放った。その蹴りは『裏側の住人』の鳩尾あたりに吸い込まれた。炎司のつま先に、確かな手ごたえを感じる。高速で動いていた『裏側の住人』は強制的に上へと押し上げられた。『裏側の住人』はしばらく飛んだのち、一度動きを止め、方向転換する。どうやら、まだやれるらしい。


「この程度じゃ終わらないってわけか……」


 炎司も相手の方に向き直る。距離は、二十メートルといったところ。この距離からでも、『裏側の住人』の無機質な顔が見えた。炎司は空を蹴り、距離を詰める。


 一瞬で『裏側の住人』の懐まで入り込んだ。最小限の動作で腕を振り、炎の力を込めた拳を放つ。それは、先ほど炎司が放った蹴りが当たった部位へと吸い込まれていく。だが――


 炎司の放った拳は『裏側の住人』の腕に阻まれた。もしかしたら、こちらの意図を先読みしていたのかもしれない。拳から炎の力を流し込まれるより速く、炎司の腕をつかんで身体を翻し、その腕を引き千切った。


『裏側の住人』は腕を引き千切ると同時にそれを投げ捨てる。炎司の腕に溜まっていた炎の力が爆発し、一瞬だけ夜の闇を照らした。爆風と爆音が襲いかかる。


 炎司は即座に腕を再生させ、反撃に移る。身体を翻し、自分の背後へと回った『裏側の住人』に向かって蹴りを放つ。しかし、その蹴りも『裏側の住人』は読んでいたらしく、腕で受け止めた。そのまま足首をつかみ、炎司を思い切り斜め下に投げつける。その圧倒的な膂力に振り回され、炎司はなすすべなく近場の高層マンションの屋上へと墜落した。


 炎司はすぐに起き上がり、再び宙に飛ぼうとする。だが、空中にいるはずの『裏側の住人』の姿が見えないことに気づく。すると、『裏側の住人』は距離を詰めてきていて、起き上がった炎司の首をつかみ上げた。そのままコンクリートの壁に押し込まれる。


 呼吸を断たれ、苦しみに喘ぎながらも炎司は手刀を放って、炎司の首を絞めつけていた『裏側の住人』の腕を切断。切断すると同時に苦しさから解放される。首をつかんでいた『裏側の住人』の腕を引き外し、炎を放つ。腕を切断され、怯んでいた『裏側の住人』は炎司が放った炎によって焼かれていく。


 その好機を炎司は逃さなかった。距離を詰め、再びクロスレンジへと入り込んだ。マンションの床を踏み、床から力を吸い上げるがごとく、エネルギーを拳の一点に集約する。


 その渾身の一撃は、今度は遮られることなく『裏側の住人』に突き刺さった。炎司の拳は醜い音を立て、『裏側の住人』の胴体を貫通。そして、貫いた腕を引き抜き、逆の手で返す刀でもう一撃。それも的確に『裏側の住人』の身体を打ち抜いた。『裏側の住人』は宙へと弾き飛ばされる。


 さらなる追撃をするために、炎司も宙に飛び上がった。両腕に力を溜め、今度はラッシュを放つ。炎司の炎の力を込められた拳は次々と『裏側の住人』に吸い込まれては炎の力が爆発し、その圧倒的な力が『裏側の住人』の身体を蹂躙していく。


 幾度となく渾身の一撃を叩きこまれた『裏側の住人』の上半身は爆散していた。核が消滅し、残った下半身もその形を保てなくなり、夜の闇に溶けていったかのように消滅した。


「こんな奴が、まだ出てくるのか?」


 一体、ルナティックはどれだけのものを抱えているのだろう。それを考えると恐ろしい限りだが、諦めるわけにはいかないのだ。


 戦いを終えた炎司は再び視界にマップを表示する。ルナティックは相変わらず、暢気に動いていた。まるで、こちらのことなど知ったことかと言っているようで、腹が立った。


 だが、距離は確実に縮まっている。苛々している暇などない。イラついている暇があるのなら、少しでも距離を縮めた方がいいのは間違いない。


 炎司は宙を蹴り、夜の空を進んでいく。

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