第47話 数の重圧

 明らかに様子がおかしい四人が、じりじりと炎司との距離を詰めてくる。その距離は二十メートルほど。いままで襲ってきた者たちの動きを考えれば、一瞬で詰められる距離だろう。


 炎司はまわりを見回した。


 炎司と四人との間には、先ほど炎司が倒した二人の青年が転がっている。ここで戦えば、倒れている二人を巻き込むのは必至だろう。相手は間違いなく、倒れて気を失っている者などに気を配ることなど決してないのだから。


 炎司は一瞬だけ逡巡し、心の中で倒れている彼らに謝罪の言葉を言って走り出した。


 倒れている二人を巻き込まないためには、とりあえずここを離れるしかない。あの二人には申し訳ないが、もう少しあそこで倒れてもらうとしよう。あそこなら、それほど時間が経たないうちに誰かが通りかかるはずだ。救急車は、その通りかかった運の悪い誰かにしてもらうとしよう。


 百メートルほど進んだところで背後を覗き見てみる。自分の背後には、誰の姿もなかった。


 追いかけてこなかった? まさかそんなはずはない。相手は、炎司の持つ認識力に引き寄せられているのだ。一度見据えていた相手を逃がすとは思えない。


 それに――


 相手は確実に学習してきている。最初はただがむしゃらに突っ込んでくるだけだったのに、先ほど戦った二人の動きは明らかに違った。もし、『残骸』の影響下にあるものたちも、『裏側の住人』と同じように全個体で記憶を共有しているのなら、いま襲いかかってきた四人はさらに巧妙な攻撃を仕掛けてくるに違いない。


 どこだ――炎司は足を止めてあたりを警戒する。風の音だけが響く住宅街は異様な雰囲気が感じられた。


 がん、と自分の視覚の位置よりも遥か上から音が聞こえた。そちらを向くと、先ほど迫ってきていた四人のうちの一人の姿が見える。獣じみた息づかいをその娘は、住宅の屋根の上から炎司に向かって急襲を行った。


「ぐ……」


 上から位置エネルギーを加えられたその一撃は、炎司の身体を軋ませるほど重い。自分の身体がアスファルトにめり込んだのではないかと思えるほどの重さが感じられた。自分と同じ年頃の女の子の腕力ではない。


 地面に着地した女は一瞬で体勢を組み替え、炎司に向かってボディブローを放つ。炎司はとっさに右腕でそれを防いだものの、踏ん張り切れずに一メートルほど後ろによろめいた。


「――――」


 女は、獣じみた笑い声をあげる。また来るのか、と思ったが――炎司のその予測は外れ、女はどこかに飛び去って姿を隠す。


「なに?」


 逃げた? いや、これは――


 そう思ったところで、炎司は背後からの気配を感じた。そちらに向き直ると、四人のうちの一人――今度は男が迫っている。男はそのまま力任せに炎司の首に向かってラリアットをぶちかます。圧倒的な力で押し込まれた炎司はそのまま空中で一回転した。しかし、そのまま倒れることはせず、地面に着地し、ラリアットを放ってきた男の腹に掌底を叩き込んだ。


「――――」


 ラリアットを放ってきた男は、苦しんでいるようにも喜んでいるようにも聞こえるうめき声を上げた。だが、その動きは止まることはなく、炎司の首に向かってその手を突き出してくる。


 炎司はその手をさっと払い、そのまま手首をつかんでひねり、地面に押し倒した。動きが一瞬止まったところを狙って、自分の力を男に叩きこむ。短い間、自分のまわりが光に包まれ、それが消えると男は異様な気配を放つことはなくなった。


 これで一人。だがまだ三人残っている。


 炎司はあたりを警戒したままその場を去った。いま倒した男を巻き込まないためだ。


 残りの三人の姿は見えない。自分を狙っているのだから、近くに潜んでいることは間違いないはずだが――


「ノヴァ、あいつらがどこにいるかわからないの?」


 炎司は走りながらノヴァに質問をする。


『奴らに影響している〈残骸〉の力が微弱すぎて私では探知できん。近くにいるのはわかるが、詳細な場所までは特定できん』


「くそ!」


 炎司はそう吐き捨てた。

 とにかく警戒するしかない。そう判断した瞬間――

 炎司の足首が『なにか』につかまれた。


「な……」


 驚きとともに炎司は視線を下に向ける。炎司が通りかかったマンホールから手が伸びていた。細いラインの手だったので、恐らくもう一人の女だろう。しかし、マンホールから伸びる手の力はとても女性のものとは思えない力だった。


 いきなり足首をつかまれてバランスを崩しかけたものの、炎司は踏ん張って倒れるのを堪える。それから足を思い切り振って、足首をつかむ手を振り払った。


 すると、マンホールが開かれ、そこから女が出てくる。獣じみた笑いをその顔に張りつけ、異様な雰囲気を放っていた。彼女は落ちていたマンホールの蓋を無造作につかんで、炎司に向かって思い切り投げ飛ばしてくる。


 自分に向かって放られた軽く数十キロはあろうマンホールの蓋を炎司は姿勢を低くしてそれをかわした。


 しゃがみ込んでかわすと同時に一気に炎司は地面を踏み込んで加速し、彼女に向かって一気に突貫する。手加減して顎に掌底を叩き込み。動きが止まったところで彼女の身体に手を触れ、力を解き放つ。光に包まれたのち、彼女ががっくりと倒れた。


 これで二人目。残りはあと二人。

 そしてすぐに炎司は走り出す。全方向に警戒したまま、街を進んでいく。

 すると――


 上空から気配を感じた。上を見ると、今度は一気に二人が上から急襲をかけてきた。炎司は飛び退いて上からの急襲を回避し、体勢を立て直す。二人がいるのは炎司の正面。先ほどの戦いで二対一での戦い方はある程度理解した。相手を正面に見据えておければ、それほど問題ではないが――


「――――」


 獣のごとき咆哮を上げ、男は炎司に向かってくる。その動きは、やはり人間の限界を超えていた。どこにでもいる普通の人がこんなことになっているのを見ると、心が痛む。


 突撃してきた男は、猛獣のように腕を振り、その爪で炎司を引き裂こうとする。しかし、炎司はその攻撃を腕で防御し、服と腕が切り裂かれるにとどまった。


 そこで、はっとして炎司は少しだけ男から視線を切る。真正面にいたはずの女の姿が消えていた。まずい、と直感したところで――


「――――」


 もう一人の女の咆哮が聞こえ、炎司の後頭部に重い一撃が放たれた。無防備の状態で、人外の力で後頭部を強打されたため、一瞬意識が遠のいた。だが、その程度で気を失うほどいまの炎司はヤワではない。ふらふらしながらも、炎司は体勢を整え直し、自分の身体を背後から殴りつけてきた女に向かって叩きつけた。


 身体を叩きつけられた女は、ブロック塀に激突して、動きを止めた。『残骸』の力を浄化するのは、あとでいいだろう。これで残りはあと一人。これなら――


 と思ったところで、最後に残った男は動きを止めた。がくがくと身体を痙攣させたのち、糸が切れた人形のように力なく倒れる。最初は、こちらを油断させるために行ったのかと思ったが、そうだとするならその動きは明らかにおかしかった。炎司はさっと近づいて、彼の身体を自分の腕で受け止める。


「なにが……」


 起こったのだろう? あれだけ好戦的だった彼らが、残り一人になったからといって戦意を失うとは思えない。なにか、炎司が予期していないことが起こったのだろうか?


「そ、そうだ」

 そこで、炎司は力を放って腕の中で微動だにしない男に向かって力を放ち、『残骸』の力を浄化した。それから彼を壁にもたれさせる。動き出す気配は――ない。


 次は倒れている壁に叩きつけられて動かなくなっている女に近づく。ちゃんと無事なことを確かめたのち、彼女に手を触れて、『残骸』の力を浄化する。


 これで全員倒したが、どこか不可解なものが残っていた。最後の一人は、どうしてあんな異様な状態になって動かなくなったのだろう? 少しだけ考えてみたものの、答えは出ず――


「救急車を呼ぼう」


 そう思ってポケットに入れてあったスマートフォンを取り出すと――


 狙いすましたかのようなタイミングで電話がかかってきた。かけてきた相手は登録されていない番号だ。出るかどうか、少しだけためらったのち――


「もしもし」


『やあ。はじめまして。火村炎司くんの電話でいいのかな? 電話越しになってしまい大変も申し訳ないところだが、挨拶をさせてもらおう』


「……誰?」


『僕は絢瀬力人という。きみが狙っているものを所有している者だ』

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