第67話 不穏なる結末

 テレビには、見覚えのある光景が映っていた。テレビに映されているのは黒羽市。三日前に起こった黒羽市で起こった事件の報道である。


 今日になってはじめてそれを目にしたのだが、あの事件は集団幻覚事件ということになっているらしい。もしかして、自分のことがなんか言われていないだろうか、なんてことを思った炎司だったけれど、自分のことはまったく話題に出てこないことを確認できてひと安心した。


 それから、テレビでは五十名近い人間が行方不明になっていることを告げる。それを聞いた炎司はドキリとする。そこには、絢瀬力人と知らぬ男の名前が出ていた。もう一人の男は、『裏側の住人』と化した男の名前だろう。こうやって、彼の名前を目にすると、自分がなにをやったのか理解できてしまって、少し嫌な気持ちになる。


 だが――


 自分は間違っていなかったのだと言い聞かせるしかなかった。でも、そんなことをしていると自分が間違っているような気持ちになってくる。それがかなり不快で不安にさせた。


『炎司』


 ノヴァの声が響く。


『お前がやったことは間違ってなどいない。お前がやったことは間違いなく正しい。だから、必要以上に思い詰めるな。気を病むぞ』


 ノヴァは炎司に思考を読み取ったかのようなことを言った。それを聞いて、炎司は少しだけ安心する。


『ところで、身体の調子はどうだ?』


「今日は……なんとか動けそう、かな」


 街全体に広がった『残骸』の影響を消し去るために力を解き放った代償はとても大きかった。丸二日、まったく動けないような状態になっていたのだ。いまもそのときの疲労は色濃く残っていた。あと数日は休息が必要だろう。


 そのおかげで、街の住人を侵食いていた『残骸』の影響は消えてくれたが――


 そこまで考えたところで、インターホンが鳴り響いた。炎司はなんとか身体を起こして立ち上がって玄関に向かう。扉を開けると――


「連絡つかないからどうしたのかと思ってたけど、大丈夫そう、かな?」


 金元文子と木戸大河がそこにいた。


「どうしたの? なにか用?」


「用っていうか連絡かな。ほら、この前の事件で大学が休みになってるでしょ。それで教授が休みの間に課題を出したんだけど、知ってる?」


「いや……風邪ひいてしばらく動けなかったから」


 炎司は適当な言い訳をする。彼女たちに本当のことを言うわけにもいかないからだ。


「やっぱり。メッセージも既読つかないから知らないのかなって思ってさ。家の場所聞いてそのことを連絡しにきたんだ」


 文子はそう言って持っていた鞄から数枚のプリントを取り出して炎司に手渡す。


「ありがと。あとでメッセージも確認しておくよ」


 そう言って炎司はプリントを受け取った。


「あの……ところで二人は、大丈夫だった?」


「大丈夫だったって、こないだのこと?」


「うん」


「わたしたちはそのとき、二人で家にいたから、特になにもなかったけど。でも、おかしくなった人たちが外に見えて、ちょっと怖かったな」


「……そっか。ならよかった」


「それじゃ、まだ本調子じゃなさそうだし、わたしたちはそろそろ行くね」


 文子はじゃあね、と言って踵を返して扉から離れていく。


「あ、木戸。あれから大丈夫か?」


「大丈夫って……変な声のこと? うん。大丈夫」


 大河が変な声を聞こえなくなった、というのならやはり『残骸』は完全に消滅したのだろう。


「それならいいんだ。また大学で」


 炎司はそう言って彼女たちを見送り、階段の奥に姿が見えなくなったところで扉を閉めた。扉を閉め、玄関から戻った炎司は再びベッドに寝転がる。


「そういえば――ノヴァは戻らないの?」


『なんだ。私のことが邪魔になったのか?』


「そういうわけじゃないけど――ことが終わったのに残ってても大丈夫なの? 戻らないといけないんだろ?」


『確かにその通りではあるが、しばらく様子を見ようと思っている。〈残骸〉は消滅したとはいえ、そこにそれがあり、この街に影響を与えたという事実までは消えないからな。〈残骸〉が残していった影響により、この街でまたなにか起こる可能性もないとは言い切れないしな。それに――』


「やっぱり、ノヴァも気になってる?」


 別世界の大河が消滅する瞬間に残したあの言葉――


 ――また会おう


 奴は、どこか確信的に消える間際にそう言い残した。あいつのことだ。なにか手を隠していた可能性はある。ノヴァもそれを懸念に思っているのだ。


『奴の真意がどうであれ、あんなことを言われた以上、戻るわけにもいかん。なにしろ一度完全に消滅して復活した奴だ。なにが起こっても不思議ではないだろう』


 なにが起こっても不思議ではない。その言葉はとてつもなく不穏なものに思えた。


『とはいっても、すぐにそれが起こるとも思えん。いまは変に気を尖らせる必要もない。来るべき時に備えて、しっかりと休んでおけ』


「そうだね」


『ところで聞きたいのだが』


「どうしたのさ改まって」


『アイス食いたいなーと思って』


「……わかったよ。明日には動けるようになってるだろうから、明日でいいか? 好きなの奢ってやるから」


『マジ? 五段アイスとか頼んでいいの?』


「いいよ。動けなくて世話になったしさ。そのお返し」


「イッヤホウ五段アイスー」


 ノヴァは心から嬉しそうな声を響かせていた。


 今日はどちらにせよ休んでいるとしよう。

 しばらくは、平穏な日々が続くはずだから。



(第2部完)

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