第8話 初陣
自分の鳩尾のあたりからなにか奇妙なオブジェが突き出している。杭のようなものに見えるが、輪郭がどこかぼやけていて、実際にそれがなんなのかは不明だ。
なんだろうこれは、と思ってから、それが自分の身体に突き刺さったのだとわかるまでとても長い時間を要したように感じられた。
「――――」
自分の腹になにか杭のようなものが突き刺さっている。その疑いようもない現実を炎司は認識してしまって、声にならない叫び声を上げた。
痛い。
痛い痛い。
痛い痛い痛い。
突き刺さった杭の間から赤い血がぽたぽたと流れ出し、服を鈍い赤色に染めていく。杭のようなものを突き立てられた腹からは身体の中身を焼かれるかのような激痛が走っていた。
炎司はふらつきながら、この攻撃が行われた方向に身体を向ける。
そこにいるのは、この杭のようなものと同じく輪郭がぼやけた黒いモザイクの塊のような存在。あの白い部屋で見たときと同じように、それがどんな姿をしているのかは不明だ。
だが、目の前に現れて再度実感した。
あれは邪悪だ。人間には永遠に理解が及ばない存在だ。あんなもの、ここに存在させてはいけない。そんな確信を炎司は抱いた。
なんとかしなければならない。そう思った。けれど――
「――――」
腹の激痛がそれを邪魔する。痛い、苦しい、もいう嫌だ、逃げたい。炎司が考えるのはそんなマイナスの感情ばかり。頭のどこかでは、あの邪悪を自分がどうにかしなければならないとわかっているのに、それができなかった。
『慌てるな!』
そのときの弱音を断ち切ったのは空を切り裂く烈火のようなノヴァの声。
『腹に風穴が空いた程度では死なん! さっさと腹に突き刺さった異物を抜け。その状態では再生できん。それに侵食もされるぞ』
「っ……」
炎司は一瞬躊躇したのち、ノヴァに言われた通り自分の腹に突き刺さった杭のようなものを一気に抜いた。抜いた瞬間、いままでの出血とは比べものにならない量の鮮血が溢れ出す。
しかし、次の瞬間には腹の出血は止まっていた。手で杭のようなものが刺さっていた部分に触れてみると、そこにあった穴はすでに閉じられている。先ほどまであったはずの身体の中を焼かれるような痛みも明らかに和らいでいた。
なにがどうなっているのかまるでわからない。
しかし、どうやらそういうことのようだ。腹を貫かれた程度では死なない。いまの自分は、本当に人とは違う『なにか』になっているようだ。
「――――」
目の前にいる『裏側の住人』は炎司のことをあざ笑うかのような音を発している。モザイクの塊はその身体から再びなにかを飛ばしてきた。
それを目視し、炎司は直感的に飛び込んでそれを回避する。そこに突き刺さっていたのは先ほど自分の腹に突き刺さったものと同じもの。堅いアスファルトの地面を容易く貫くその鋭さに炎司はぞっとした。
「ど、どうやったらあいつを倒せるの?」
炎司はどこかにいるはずのノヴァに向かって叫び声を上げた。
『奴らには核がある。それを破壊すれば倒せる』
「どのあたり?」
『個体ごとに違うからなんとも言えん。とりあえず思い切りぶん殴ってみろ。御託を並べるのはそれからだ』
「ああもう! 畜生!」
炎司は悪態をついて地面を蹴った。炎司の足はアスファルトを踏み砕き、自分が考えていた数倍の速度で『裏側の住人』に突進していく。その人間ではあり得ない速度に内心驚きながらも、「ああ。いまの自分は本当にこんなことができるのか」なんてことを頭の片隅に浮かんだ。
『裏側の住人』に手が届く距離まで一瞬で近づき、体制を整え、無我夢中で思い切り右手を突き出した。
炎司の放った右手は『裏側の住人』になんとも言えない不気味な感触を拳に広げながら突き刺さる。だが、拳がめり込んだだけ効いているようには見えなかった。めり込んだ腕を引き抜こうとした瞬間――
チープな風切り音が聞こえると同時に、自分の右手から先の感覚が消えた。
「あ……ぐっ……」
『裏側の住人』を殴った右手の手首から先が見事に切り裂かれていた。その激痛と驚きによって炎司は一瞬怯み、動きが遅れてしまう。
そして、再び風切り音が聞こえてくる。
炎司は風切り音が聞こえた瞬間、腕で防御しながら後ろに飛んだ。後ろに飛んだことで、致命的な一撃は避けられたものの、両腕の手首から肘にかけて多数切り裂かれていた。やはり焼けるような激痛が感じられたものの、痛みに呻き声を上げる間もなく両腕の傷は修復されていた。
「――――」
「……な」
『裏側の住人』が呻き声を上げると、先ほど殴ってめり込んでいた炎司の右腕がずぶずぶと不気味な音を立ててその中に埋没していく。それはまるで、捕食しているように見えた。
『気をつけろ』
そこで緊迫した様子のノヴァの声が響く。
『お前の身体はよほどのダメージを受けない限りすぐ再生する。だが、お前の身体をヤツらに食わせるのはまずい。肉を得ればそれだけこちらの世界に干渉できるようになるからな。できるだけ身体を食わせないようにしろ』
「あいつは、俺みたいなのしか干渉できない幽霊みたいなもんだけど、いまみたいに身体を食わせると、幽霊じゃなくなるってこと?」
気がつくと、炎司の右手首は再生していた。
『そうだ。肉を得ればそれだけヤツらはこちらに干渉できるだけの力を得る。特にお前はヤツらにとっては極上の代物だ。注意しろ』
炎司の右手首を捕食した『裏側の住人』はその存在感が増したように思えた。炎司はそれを見て、先ほどのように自分の身体を食われるのはまずいことなのだと改めて実感する。
「――――」
存在感を増した『裏側の住人』は三度身体から杭を飛ばしてくる。それは誘導ミサイルのように炎司を狙いすましていた。炎司は走り、飛び、伏せて飛んできた杭を回避していく。
しかし――
力を増した影響なのか、数が多かった。回避した際にバランスを崩してしまう。最後の一発が炎司に向かってきて、自分の身体にそれがまた突き刺さるのを覚悟したその瞬間――
轟音が聞こえて、自分に突き刺さるはずだった杭が弾かれて、アスファルトに突き刺さった。
一体なにが、起こったのだろうか? 炎司が首を傾げていると――
『いまは私が手伝ってやった。だがそれは一度きりだ。次は自分でなんとかしてみろ。いつまでも私に頼られても困るからな』
どうやら、言葉から察するにノヴァがサポートしてくれたらしい。
「でも、どうやって……」
『あれを戦うというのに、ただ身体能力を向上させただけだと思っているのか? そんな馬鹿な話があるか。思い出してみろ。お前には武器があるはずだ。それを使え。そうすればあの程度のザコは簡単に倒せる』
そう言われてはじめて、炎司は自分の身体のどこかにスイッチのようなものがあることを知った。身体のどこかにあるそれに点火して、『裏側の住人』に向き直る。
すると――
炎司の身体は青い炎を纏っていた。こんな至近距離に炎があるというのに、熱は一切感じられない。むしろ、心地よさすら感じられる。
青い炎を身体に纏わせて、炎司は再び突進する。誘導ミサイルのごとく飛んでくる杭のようなものをかわし、自分の右腕を切り裂いた斬撃をくぐり抜け――
思い切り地面を踏み込んで、もう一度拳を叩き込む。ずぶり、と嫌な感触が再び広がるが、それを堪えつつ、身体に纏っている炎をすべて叩き込んだ右腕からすべて放出させて――
壮絶な爆発音が聞こえる確かな手ごたえを感じられて、炎司はそのまま崩れ落ちていった。
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