第84話 この程度では終われない

 夜を走る。倒すべき敵を倒すために。守るべきものを守るために。


 炎司はマップを確認する。ルナティックとの距離はあと数百メートル。いまの炎司であればひと息で詰められる距離だ。


「あと少し、だが……」


 マップ上のルナティックは相変わらずゆっくり動いている。それは、マップを見る限りでは油断しているように見えた。しかし――


 あの狡猾な男が、油断をしているとは思えなかった。油断しているのなら、自分を追撃する敵を放ってはいないだろう。だから――


 接近する時も、警戒を怠ってはいけない。なにしろ相手は、規格外の怪物なのだから。


 炎司は、夜の闇を駆けていく。友人二人を、イカレた男から救い出すために。


「見えた……」


 炎司に目に、やっとルナティックの姿が見えた。ここまでたいした距離はなかったはずなのに、とても道のりは遠かったように思う。ルナティックは堂々と人目をはばかることもなく二人の人間を担いでいた。間違いなく、大河と文子だ。


 さらに加速して、ルナティックに追いつこう。そう思った矢先――


 ルナティックは一度こちらを振り向いた。そして、ルナティックのまわりに歪みが出現する。その歪みを引き裂くようにして『なにか』が飛び出し、空を駆ける炎司に向かってきた。炎司は加速を緩め、自分に向かってくる『なにか』を待ち受ける。


 自分に向かってくるのは、灰色の鎧で身を固めた巨躯の騎士。その手には自らの巨躯と同じくらいの剣が握られていた。見るからに鈍重そうな見た目だったが、それに反して動きはとても速く、澱みがない。


 騎士との距離が縮まる。相手が巨大な剣を持っている以上、こちらは接近するのが得策だ。懐に一気に入り込んで、ケリをつける。


 敵を見定めた炎司は、宙を蹴って再び再加速。こちらに向かってくる騎士の懐に入り込み、全身の力を使って拳を叩きこんだ。


「くっ……」


 響いたのは重く、空虚な音。炎司の一撃は騎士が纏う鎧に阻まれた。じんとした痛みが拳に走る。


 鎧で炎司の一撃を受け止めた騎士は、蹴りを放ち、炎司を突き放した。騎士は、軽やかな足取りで一歩踏み込んで、炎司の身体を両断すべく巨大な剣を真横に振るう。音さえも切り裂くような一撃だった。炎司は腕に炎の力を溜めて、騎士の剣を防ぐ。重量と速度が伴ったその一撃は炎司の身体を弾き飛ばした。バランスを崩し、距離を突き放される。


 騎士はそのわずかな隙も逃さず、さらにもう一歩踏み込んで剣を振るう。あの重い一撃はただ防御しても駄目だ。重い一撃で姿勢を崩されて、どんどんと攻め込まれてしまう。ならば――


 炎司は炎の力を溜めた腕を、騎士の剣に合わせて振るう。重い音が響き渡った。しかし、この程度の反撃は予測していたのか、剣を弾き返すことはできず、騎士は体勢を崩すことはない。騎士は澱みのない動作で剣を振るう。炎司はその剣を一歩後退してかわす。それから、次の一撃を放つまでのわずかな隙をついて再びクロスレンジに入り込んだ。今度こそは、その鎧を打ち抜く。炎司は、腕にさらに炎の力を込めて、一撃を放つ――


「がっ……」


 その一撃は、予想外の反撃によって途中で止められる。炎司の腹に、騎士が持つ剣の柄が突き刺さったのだ。カウンターで打ち込まれたその一撃によって一瞬呼吸が困難になり、動きを止めてしまう。その隙を、騎士は逃さない。騎士はすかさず剣を持ち直して炎司に向かって突きを放つ。その突きは、炎司の腹を貫通した。そのまま無造作に剣を振るい、炎司を吹き飛ばした。


 墜落する炎司に騎士は宙を蹴って距離を詰めてくる。すかさず炎司は体勢を立て直し、最小限の動作で振るわれた剣を弾こうとした。だが、悪い姿勢で行われたため炎司はさらに後ろへ吹き飛ばされてしまう。騎士の猛攻は止まらない。尋常であれば一撃で致命となり得る攻撃を幾度となく放ってくる。炎司は騎士が放つ一撃を凌いでいるものの、どんとんと押し込まれていった。


「――――」


 騎士がなにかを発した。それは、戦いへの歓喜のように炎司には聞こえた。もしかしたら、戦いを楽しんでいるのかもしれない。


 このまま押し込まれていたのでは、いずれやられる。とにかく、騎士の剣を受け続ける状況をなんとかしないと――


 なおも放たれる剣を炎司はなんとか捌き、耐え、攻撃と攻撃の間にあるわずかな隙を狙い――


「おおおお!」


 全身から、一気に炎を解き放つ。青い炎の奔流は炎司のまわりにあったあらゆるものを燃やしつくしていく。それは騎士も例外ではなかった。


「――――」


 騎士の声のようなものが聞こえた。先ほどとは違ったトーンに思えた。炎の奔流を受けた騎士は、たまらず距離を取る。灰色の鎧は、炎熱によって焼け焦げていた。


「あれを受けても、耐えるのか」


 炎司は歯がみする。いまのでやられてくれたらどんなによかったことか。しかし、やられなかった以上、なんとかするより他にない。炎司は空を蹴って騎士との距離を詰める。


 ただ殴っては駄目だ。それでは、あの鎧を打ち抜くのは難しい。であるなら、力づくで鎧を打ち抜くのではなく――


 炎司はその方法を思い出した。堅い鎧に包まれた相手に対する有効打。その中に、衝撃を伝える方法を――


 どん、と掌を騎士の腹のあたりに打ち込む。的確に衝撃を伝えられた騎士はよろめいた。それが効いているところを見ると、どうやら鎧の中は空っぽではないらしい。


 その隙を、炎司は逃さない。距離を詰めて懐に潜り込み――

 鎧の関節部分に向かって、貫手を放つ。


 いくら尋常ならざる素材で作られた鎧であっても、接合部というのはどうしてもできる。その部分は、間違いなく他の場所よりも脆くできているはずだ。そうしなきゃ、動くことができなくなるわけだから――


 胴と腕の接合部向かって放たれた貫手は、いともたやすく貫通した。その中にあったのはなんとも形容しがたい感触の『なにか』があった。それから腕を振るい、相手の腕を切り落とす。灰色の鎧をまとった腕が宙に飛んだ。


 これで、穴ができた。その穴に、腕を突っ込んで、再び炎司は炎を解き放つ。


 燃えろ。

 燃えろ。

 燃えろ。


「――――」


 騎士が声のようなものを上げる。騎士はそのまま、青い炎の柱と化し――


 一瞬、夜の闇を明るく照らしたのち、完全に消滅した。残ったのは、鎧の中を貫いた時の形容しがたい感触だけ。


「倒した……」


 だが、喜ぶのはまだ早い。いままでの戦いはすべて前哨戦に過ぎないのだ。本番は、これからだ。


 炎司はルナティックがいる方向へと身体を向き変え、そのまま、一気に突撃した。

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