第54話 戦いの幕間

 僕がいる位置よりも遥かしたで『残骸』に侵食された者たちと戦う彼の姿を眺める。


 彼の戦う姿はとても力強い。それほど時間はかからずにあの五人はやられてしまうだろう。こうして僕が彼と互角に戦い、出し抜けたのが不思議に思えるくらいである。


 だが――

 あの五人を倒したところで、彼はここにやってくることはない。


 何故なら、僕はいまもなお『残骸』の影響力を拡散しているからだ。『残骸』の破壊を目論む彼にとってそれは放置しておけない事実だ。そのうえ、『残骸』に侵食された者たちは彼に引き寄せられる。夜が深まり、『残骸』の影響力が増していけば、侵食された者たちもさらに強くなっていく。彼との戦いを重ねるごとに、『残骸』に侵食された者たちは強化されている。その事実はこの目で確認済みだ。


 どんどんと強く、そして増え続ける敵を放置するほど彼は愚かではないだろう。


 それに――


 彼は『残骸』に侵食された者たちを殺せない。僕を倒すために、犠牲を厭わないタイプではないのだ。


「正義の味方はつらいな……か?」


 そんなことを呟いて、まるで僕が悪役になったみたいだな、と軽く笑う。


 確かにいまの僕は悪役だ。よくわからない危険な力を拡散させようとしている。それが、人類の発展のためであるといっても。


「でもまあ、悪役というのも悪くない。それに、僕が真の意味で悪になるかどうかは、まだわからない。彼に勝てば、僕は悪役ではなくなる」


 どんな悪行をなそうとも、最終的に勝利していたのであれば正義になるものだ。それは人類史に多く残されている。僕が悪かそうでないかなど、後世の歴史家が勝手に決めることだ。これが、歴史に語られるかどうかはわからないけど。


「それにしても、派手に壊したな」


 煙幕が晴れた僕の研究室は破壊され尽くしていた。パソコンは破壊され、机は砕け、壁には大きな穴が空いている。大学側には、なんと言い訳をすればいいだろうか、なんてことを少しだけ悩む。


 いや、必要ないか。


 もうすでに街は混乱に襲われている。それだけの混乱に襲われれば、僕の研究室で起こったこれも、その混乱の中で起こったものと判断されるだろう。


 さて。

 街の混乱はどこまで広がるのだろうか。

 その状況を確認できないのが少し残念なところだ。


 でも――


 自分の肩のあたりに同化している『残骸』から伝わる声がさらに大きく、増えていることを考えると、『残骸』の影響力の拡散は滞りないようだ。


「彼はいつ気づくだろうか。多数の敵に襲われながらだから、それなりに時間はかかるだろうが――」


 彼が、拡散の大元を止められたところでもうすでに遅い。閾値はすでに超えている。大元がなくなったとしても、勝手に『残骸』の影響力は広がっていくだろう。


『――――』


 声が聞こえた。『残骸』が発する、人ならざるモノの声。その声はなにか高揚しているよう感じられる。


「お前も高まっているのか? 僕もだ」


『残骸』は僕の言葉に頷くような声を発する。僕の肩に同化している『残骸』自体に意思めいたものあるのだ。


 そのとき――


「あ、あの……なにが起こってるんでしょ――?」


 と、学生が一人こちらに向かってきて、僕の研究室のあたりが無残に破壊されているのを見て言葉がそこで途切れる。驚くのも無理はない。


「どうやら悪戯されたらしくてね。別に気にしなくてもいいよ。大丈夫だから」


「え……あの、あ、はい。そ、そう、ですか」


 どうしたらいいのかわからないといった感じだった。だが、この状況を見られてしまったのは少し具合が悪い。隠滅も兼ねて、いまここにいる彼も含め、大学に残っている者に対して『残骸』に侵食させておこう。


 学生が踵を返した瞬間――


 僕は腕を変形させて、学生にかみつかせた。変形した僕の腕にかみつかれた彼は身体をびくびくと痙攣させたのち倒れる。立ち上がった時には、すっかり『残骸』に侵されているはずだ。


 大学内には何人くらい残っているだろうか。忙しい理学部系の学生はまだ残っているだろう。僕がいきなり研究室に入り込んで、暴れるわけにもいかない。暴れるのは、そこに倒れている彼の役目だ。僕はもっとスマートにやらなければ。


 背後を見ると、先ほどの学生が立ち上がって動き出していた。これで彼は、近場にいる者に『残骸』の力を拡散してくれるだろう。彼も、彼に襲われる学生も不運であるが、これが人類のさらなる発展に繋がると考えれば、その程度のことはたいしたものではない。


 僕は階段を降りて外に出る。外はすでに暗く、寒々しい。


 そして――


 街は異様な空気に包まれていることがありありと感じられた。街中で起こっているであろう狂乱の空気が、こちらにまで伝わってきている。


 一人の学生が歩いているのが見えた。これから帰るところなのだろう。彼女に向かって、僕は変形させた腕を伸ばす。


「?」


 首の後ろをかみつかれた彼女は、後ろを振り向いた瞬間――先ほどの男子学生と同じように身体を痙攣したのち地面に倒れた。


 これで二人目。僕自身がわざわざやる必要はないかもしれないが、念のためだ。大学内にも、彼の足止めができる駒がいるほうがいい。


「彼が来るまで、やることがなくなってしまったな」


 退屈なのは別に慣れているが、僕だけ蚊帳の外なのはいただけない。

 でもまあいいだろう。楽しみというものは、あとに取っておくものだ。


「ふふ、これでどうなるだろうな」


 街一つ分、『残骸』に影響力が広がった結果、どうなるのかはまだ不明瞭だ。


 しかし、僕のようにこの力を制御できるものが必ず出てくるのは明らかだ。危険な部分の制御さえできれば、この力はまだ見ぬ世界を見せてくれるはず。


 それを思うと、笑い声が止まらない。

 僕は忍び笑いをしながら、夜の闇に包まれた大学の中を歩いていった。

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