第53話 数の悪夢

 敵の数が増えている。それはまだ確定したわけではないが、かなり確率が高いといえた。


 現在も敵の数が増えているのだとしたら――どうなる?


 数十、下手をすれば数百もの『残骸』に侵された者たちが自分に引き寄せられるだろう。そんな事態になったら、果たして戦えるのか?


 いや、と炎司は頭を振って否定する。敵が数百だろうがやるしかない。もうすでにこの街は引き返せないところまで足を踏み出しているのだ。


 まずは、目の前にいる相手をどうにかしなければならない。炎司は自分の正面にいる五人の男女を見回した。やはり彼らは全員尋常ではない様子で炎司に狙いをつけている。いつ襲いかかってきてもおかしくない。


 炎司は、次はまわりを見渡す。ここは大学の広い敷地内。遮るものは転々と植えられている桜の木くらいだ。不意打ちを食らうことはないが、多数を相手に広い空間というのは少し分が悪い。


 どうする? 一度ここを離れるか? さっきのように宙を駆けていけばとりあえずこの五人からは逃げられるだろう。


 だが――


 敵の数がいまもなお増えているのなら、ここで逃げるのは得策ではないかもしれない。力人ともう一度戦える機会を得られたとしても、『残骸』に侵されている者たちが増えているのなら、その途中で邪魔されてしまう。なにしろ、『残骸』に侵されている者たちは炎司に引き寄せられるのだから。


 それに――


『残骸』に侵された者たちを放置しておくわけにはいかないだろう。『残骸』の影響を受けた彼らは、時間が経てば『裏側の住人』になってしまいかねない。そうなったら、こちらの黒羽市でも想像を絶するような悲劇が起こってしまう。それだけは、なんとしても避けなければ。


 決断した炎司は宙に飛び上がり、五人のうちに一人に急降下。くたびれたスーツをきた男の顔面を思い切りスタンプする。スタンプすると同時に、足の裏から力を放ち、彼に影響を与えている『残骸』の力を浄化した。光に包まれた男は、そのまま力なく倒れる。


 まずは一人。あと何人いるのかわからないが、こうやって一人ずつ『残骸』の力を浄化していくしか手はない。


 もう一度炎司は飛び上がり、別の相手に向かって急降下をする。


 しかし――


 狙いをつけた女は、人間の限界を超えたスピードで急降下する炎司の足首をつかみ、そのまま無造作に投げつけた。


 炎司の身体は宙を舞い、十五メートルほど離れた建物の壁に激突。思い切り頭を叩きつけられて、一瞬視界がぐにゃりと歪んだが、すぐに復帰する。


「同じ手段は……駄目か」


『残骸』に侵された者たちの進化は早い。一度行った手段は確実に覚えてきている。その学習の速さは、力人が類い稀な知性を持っている影響なのだろうか?


 先ほど炎司を放り投げた女が壁にもたれかかっていた炎司に向かって突撃してくる。炎司はすぐに立ち上がり、彼女を迎え撃つ。


「――――」


 女は人間とは思えない叫び声をあげ、炎司を引っかいてきた。その手は獰猛な獣のように鋭く変化している。その鋭い爪に炎司の腕に焼かれるような痛みが走った。だが、その痛みはすぐに消え、炎司は振り回される爪を掻い潜って彼女に拳と力を叩き込んだ。女は吹き飛ばされると同時に光に包まれて、そして動かなくなる。残りは三人。


 いま自分に襲いかかってきた女のことを思い出した。


 彼女の身体は変化を来たしていた。それは、不気味な兆候のように思える。身体に変化を来たす、ということは――彼らの身体を侵食している『残骸』の力の影響が強まっていること。


 嫌な予感した炎司は、ごくり、と唾を飲み下した。


 家を出たのは九時過ぎだったから、まだ夜は長い。『残骸』の力は夜に深まれは強くなる。このまま時間が流れるのは、まずいかもしれない。


 なんとか――しなければ。


 それにしても、力人はどうやって『残骸』の力を拡散させているのだ? 奴はまだ大学内にいるはずだ。炎司が来る前に、なにかしらの工作をしていたのか? それが、なにかつかめない。


 だが、考える時間などなかった。三人目の男が炎司に向かってくる。恰幅のいい、若い男だった。巨体とは思えないスピードで炎司に向かってきた男は、その巨体とスピードを生かした張り手を繰り出してくる。その重い一撃で炎司は再び壁に叩きつけられる。


 しかし、やられっぱなしというわけにはいかない。炎司はいま叩きつけられた壁を思い切り蹴り、恰幅のいい男に思い切り身体をぶつける。恰幅のいい男は倒れることなく五メートルほど後ろに突き飛ばされるにとどまった。


 炎司は、突き飛ばされたことでよろめいた隙を逃さない。恰幅のいい男がよろめいた隙に地面を蹴って距離を詰め、腹に一撃を入れた。恰幅のいい男は光に包まれ、がっくりと力なく倒れ込む。これで残りは二人。


 炎司は残っている二人を見据えた。敵はまだ増えていなかった。よし、と心の中で頷く。


 残った二人の男女は、炎司を挟むように移動した。炎司は、二人を視界に入れて相対する。挟まれていても、うろたえることはなかった。一対多数の戦いは、もうすでに何度も経験したことだ。この程度のことはなんでもない。


 年齢もまったく違う二人の男女は、示し合わせたかのように、同時に炎司に向かってくる。前後から同時に向かってくる男女を、炎司はしっかりと地面を踏みしめて、半身をずらして両方に一撃を加える。双方とも、炎司の攻撃を人間の限界を超えた反射神経で防いだ。そののち、女の方が先ほど炎司がやったように飛び上がり、強襲を仕掛けてくる。逆側からは男も迫ってきた。上下からの挟撃。炎司は一瞬悩んだのち、自分も宙に飛び上がった。


 女は着地し、男はすかされる。


 彼らを倒すことは造作もない。このままこの位置から、彼らのいるあたりを一面燃やしてしまえば、それでカタはつくだろう。だが、相手はただの巻き込まれただけの人間だ。『裏側の住人』と同じように攻撃するわけにもいかない。そんなことをすれば、ただ巻き込まれただけの彼らを確実に殺してしまう。


 どうする、と宙にとどまったまま悩んでいると――


 男がおもむろに女の足をつかんで炎司に向かって放り投げてくる。それに驚いてしまった炎司は動きが遅れてしまう。放り投げられた女はただ武器として放り投げられたわけではなく、空中で姿勢を立て直して炎司を見据えていた。放り投げられた女は炎司に組みついて肩口にかみついた。


「ぐ……」


 肩口に走る激痛と『なにか』に侵食されていく気配。このままかみつかれているのはまずい。


 だが――


 近づいてきたのならこちらのものだ。こちらだって、だまし討ちの類を何度も食らうようなヘマはしない。


 ピラニアのようにかみついた女を引きはがす前に、炎司は彼女の身体に手を当てて力を放った。空中で光に包まれ、光が消えると同時に女は炎司の肩口から口を離し、ぴくりとも動かなくなった。炎司はそのまま地面の着地し、女を横たえさせる。これで残りは、一人。


「――――」


 上から叫び声が聞こえた。すぐにそれを察知して炎司はそちらに身体を向ける。最後の男は宙から迫ってきていた。最後の男は炎司の襟首を乱暴につかんで上に放り投げる。炎司は空中で姿勢を整えて、宙を蹴って下に向かおうとすると――


 最後の男は、炎司と同じように宙を蹴り、重力に反して上の位置にいる炎司に向かってくる。最後の男は宙を蹴った勢いを利用して、落下してくる炎司に向かって蹴りを放った。その蹴りは、炎司の腹に深々と突き刺さり、さらに上へと突き飛ばされる。


 くそ――まさか、空中戦まで仕掛けてくるとは。炎司は体勢を立て直しながら歯がみした。最後の男はまた宙を蹴り、浮きあがった炎司に向かってくる。相手も同じように宙を蹴ってくるとわかっていれば、先ほどのような失態は犯さない。


 それに――


 三次元的な空中戦ならば、上の位置にいる自分の方が有利のはずだ。炎司は下を蹴ってさらに宙へと上がり、上がってくる最後の男の背後に回り込んで――


 最後の男に掌底を叩きこんで吹き飛ばし、そのまま手足を拘束して地面へと降りる。動かなくなったところに、力を放つ。男は光に包まれたのち、動かなくなった。これで全員。


「ノヴァ」


 炎司はノヴァに呼びかける。


「街はどうなってる?」


『お前が考えている通りだ。すでに、〈残骸〉の影響は街中に拡散している』


 そう言って、ホログラムマップを炎司の視界に出現させた。そこにあるのは、数え切れないほどの反応があった。


「……どうする?」


『どうするもなにもなかろう。あの若造と戦う前に、〈残骸〉の力の拡散を止めなければどうにもならん。もう一度あの男と戦う前に、これをなんとかせねばならん』


「ああ、そうだね」


 炎司は宙に飛び上がり、街に向かっていった。

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