怪物狩りの守護者 ‐転生したら怪物と戦うことになった‐

あかさや

第1部 転生したので、平行世界の街で戦うことになりました

第1話 始まりはいつも白い部屋

 火村炎司ひむらえんじのまわりに広がっていたのは、この世のものとは思えない光景であった。


 白い――

 それが、炎司が最初に抱いた感想だ。


 ここは、想像を絶するほどの純白に包まれている。炎司のいままで約二十年の人生でこれほど見事な白色は見たことがない。それが、およそ見渡す限りのすべてがそれに埋め尽くされている。


 なんだこれは? なにがどうなっているのだ。理解しがたい光景に炎司は戸惑いを隠せない。


 もしかして、これは夢なのだろうか?

 そう思って、自分の腿を思い切りつねってみる。


 ――痛みが走った。痛くないものと思って思い切りつねったのでかなり痛い。


 痛いということは、これはやっぱり――

 いや、とそこで炎司は思い直す。


 痛かった程度で夢ではないとは言い切れない。なにしろ最近のVR技術の発展はこちらの想像を超えている。それを考えれば、ちゃんと痛みが走る夢くらいあったっておかしくない。そもそも、自分たち人間だって想像を超えたような働きをすることがあるのだ。それを考えたら、それくらい――


 そこまで考えたところで――


 ここで目覚める前、自分はなにをしていたのだろうか、ということに考えが至った。


「っ……」


 思い出そうとすると、どういうわけか頭が割れそうな鋭い痛みが走った。その痛みがあまりにもリアルで、やっぱりこの光景は夢なんかではないのでは、と再び思う。


 しかし――


 どうしてここにいるのか――それを思い出すためにも、ここに来る直前の記憶は思い出さなくてはならない。


 卒倒してしまいそうなほどの痛みに耐えながら、炎司は記憶を掘り返していく。


 そうだ――


 今日は大学の授業が終わったあと、バイトに行って、ちょっと忙しかったから二十分ほど残業して、バイト先を出て――


 それから――


 そこから先がどうしても思い出せない。そのわからなさが炎司を底知れない恐怖を感じさせる。


 なにか、あるのだろうか。


 自分の記憶が思い出せなくなるほどのなにかが――バイト先を出てからの帰り道であったのだろうか?


 唸り声をあげながら考えてみたけれど、やっぱり思い出せない。


「……仕方ない。ここを少し探索してみよう」


 そう思って炎司は立ち上がって、自分の身体を見回してみる。


 服装もバイト先に行ったときのものと同じで、特に乱れた様子もなく、身体の方も目立った外傷はない。


 自分の身体に変わりがないことを確認したのい、炎司は歩き出した。こつこつこつ、と自分の足音だけが響く。その音は必要以上に大きく聞こえた。


 七歩ほど進んだところで――


「いたっ」


 思い切り壁に激突し、顔面を強打した。切れ目なく白色に包まれているために、床と壁の境目がわからなかったのだ。炎司は少し涙目になりながらも、壁に手をついて進んでいく。


 部屋はそれほど広くない。自分の感覚だけ測ったので、正確にはわからないが恐らく十畳に満たない広さだ。


 そして――


 壁に手をついて歩いた限りでは、出口らしきものは発見できなかった。見えないだけでどこかにあるものだと思っていたので、炎司はそれなりに衝撃を受ける。出口がないのに、自分はどうやってこの場所に入ったのだろう――そんなことを思うと、さらに恐怖を増大した。


 もしかしたら、自分はここから出られないのではないか。嫌な考えが頭を過ぎる。


 そんなことを考えてしまって――身体から力が抜けて、炎司はその場にへたり込んだ。


 それに――


 こんななにもない場所にいたのでは、すぐに餓えるか渇くかして死んでしまう。目に見える範囲には飲食物は見当たらない。


 自分は、どうなってしまうのだろう。

 こんなわけのわからない場所に、死ぬまでいなければならないのか?


 そんなの嫌だ。炎司は首を振って自分を襲う嫌な考えを否定する。まだやりたいこと、やってないことがたくさんあるのだ。こんなところで誰にも知られないまま死んでいくのなんて耐えられない。


 なんとかして――ここから出なければ。

 壁を拳で叩いたり、蹴りつけたりしてみる。


 だが、壁からは空虚で鈍い音が聞こえるだけで、出口のようなものがある気配はまったく感じられない。


 だんだんと焦りが生まれてきた。


 ――どうしよう。


 出口はない。

 食べ物も飲み物もない。

 こんな場所に放り込まれて、自分はどうやって――


「騒ぐな」


 炎司の焦りが頂点に達しようとしたその時――背後から声が聞こえた。炎司はそちらを振り向く。


 そこには、先ほどまでなかったはずのものがあった。


 このすべてが白に包まれたこの場所と対比する黒い机と椅子があり、そこには――

 青白い長い髪と瞳をした女の子が座っていた。


 恐らく歳は、自分より二、三歳下ほど。そして、とてつもない美人だ。いままで見てきたどんな女性よりも美しい――と思ってしまうほどの美貌を彼女は持っている。


 だが、彼女はそんな美しさとはかけ離れた傲岸さを持ってその椅子に座っていた。思わずじっと見つめたくなる細くて綺麗な足を机の上に乗せて、炎司に対して焼き殺しそうなほど鋭い視線を向けている。炎司はその目と合って、尻もちをついたまま後ろに半歩ずり下がった。


「火村炎司。二十歳。大学生。所属は経営学部。健康状態および周囲との人間関係は良好。現在は東京と埼玉の県境にある黒羽市に下宿中。運動能力、成績は中の上。ふん。まあ、なかなか悪くない」


 どこからともなく出現した書類の束を見ながら、彼女は炎司の個人情報を滔々と述べていく。どうして、そんなことを知っているのだろう、と思ったが止めることはできなかった。


「…………」


 仏頂面で炎司の個人情報を述べる彼女を眺めていることしかできなかった。彼女はなおも言葉を続ける。


「そして――適正は、おっ――これは類い稀な数値だ。ここまで適性が高い奴が送られてきたのは久々だな。うん。これはいいぞ」


 仏頂面から一転、そのまま動画を撮ってずっと保存していたくなるほど可愛らしい笑みを見せた。そのあまりにも大きなギャップに炎司はドキリとしてしまう。


 しかし――


 炎司が彼女のことをずっと見ていたのをすぐに彼女は察して、また不機嫌そうな顔の戻ってしまった。


「なんだ。なにか文句でもあるのか。あるなら遠慮なく言え」


 吐き捨てるような調子で言う彼女に炎司は尻込みしてしまう。

 だけど――ここで躊躇しているわけにはいかない。

 彼女は、自分がここにいることになにか関係があるはずだ。

 それなら――


「それじゃあまず、ここはどこですか?」


「どこって、地球だけど」


「…………」


「どうしてそんな顔をする?」


「いやだって、地球なのはわかってますし」


 いまのところ人類は地球以外に生命圏を広げていないのだ。であるならば、ここは地球のどこかであるというのはわかる。


「そうではなく、俺が訊きたいのはここは地球のどこなんですかってことです」


「地球のどこか、と言われると答えるのに困るな。なにしろここは地球のどこの場所でもない」


「――どこの、場所でもない?」


 どういうことだそれは。まったくわけがわからない。


 しかし――

 こんな場所が人類に作れるとは思えないのも確かである。


「ま、どこか気にしたところでお前がどうにかなるわけでもないから気にする必要はない。ま、地球の内部とだけ言っておこう」


「……え」


 地球の――内部? なにを言っているのか、まったく理解できなかった。


「なにを驚いている。そんなに不思議か?」


「そ、そりゃあまあ」


 当然だ。なにしろ地球の内部は宇宙よりもわかっていない場所だ。そんな場所に、どうやって押し込んだというのだ。


 だが、現に炎司はこの場所にいる。ここが本当に地球の内部かどうかはともかく、この白い部屋が尋常ならざるものであることは、混乱しているいまでもなんとなく理解できた。


「……本当に人間というのはわけがわからんな。別にここがどこかなど気にしても仕方なかろう」


 やれやれ、と言わんばかりに彼女はため息をついた。


「あの、それでもう一つ訊きたいんですけど」


「なんだ?」


「俺は……どうしてこんな場所にいるんですか?」


 いきなりこんな尋常ではない場所に来たのだ。なにかあったに違いない――だろう。


「ああ。それな。お前がここにいるのは――」


 彼女はそこで一度言葉を切り、


「お前が死んだからだ」


 堂々と、炎司に向かって残酷な真実を突きつけた。

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