第2話 これからの人生の話をしよう

 なにを言われたのか、まったく理解できなかった。炎司の頭に生まれるのは無数の疑問。自分が死んだ? なにを言っているのだあの娘は。死んだのならどうして自分はここにいる? 確かに自分の身体は存在している。痛みだってあったのだ。それなのに、死んでいるわけが――


 なにも言えないまま炎司が困惑していると、彼女は呆れたようにため息をついて――


「その様子だと忘れているみたいだな。なにがどうなったのか教えてやる」


 彼女はそう言って椅子から飛び上がって炎司のすぐ近くに着地し、その細くて綺麗な指を炎司の額に当てる。


 すると――

 頭の中から強烈な奔流が生み出されて――

 炎司はここに来る前、なにをしていたのかをやっと思い出した。



 あれがどれくらい前だったのかはわからない。


 この白い部屋には時間の流れが感じられるものがなにもないから、長い時間が経っているのかもしれないし、そうでないかもしれない。


 しかし――いま蘇った記憶が、ここに来る前の最後の記憶であったことは確かだ。


 そう、自分は――


 今日は深夜に棚卸しをやる関係で、いつもより二十分ほど残業してからバイト先を出た。


 いつも疲れた様子の主任に挨拶をして先に上がって、店を出て、下宿先から最寄のコンビニで軽食を買って――


 そこで――

 自分と同じくらいの歳のコンビニ店員に絡んでいる男がいて――

 その男の無理矢理な態度に腹が立って止めに入り――


 それから――

 そいつともみ合いになって、取り押さえたと思ったら――

 その男は、ナイフを取り出して、それを自分に――



 そこで炎司の記憶は途切れている。思い出そうとしても、思い出せない。たぶん、そこで、自分は――


 そこまで考えたら、吐き気がこみ上げてきた。ぶるりと身体が震える。そこから先は考えてはいけない。そう結論づけた。


 だが――


 自分が殺されたかもしれないということを思い出してしまった炎司は、反射的に自分の身体を確かめてみる。やはりどこも無事だ。刺されたようには思えない。


 だけど――


 あの瞬間、狂乱に掻き立てられていたあの男がナイフを出して襲いかかって瞬間は、いまとなってははっきりと思い出せてしまう。


「思い出したようだな」


 べったりと腰を落としたまま動けなくなっている炎司を一瞥して彼女は火傷しそうなほど冷たい口調で言った。


 うん――と言おうとしても、口が動いてくれなかった。口からは情けなく空気が洩れるだけで、炎司の口は言葉を紡ぎ出してくれない。


 しばらく無言の時間が続く。


 それがどれだけのものだったのかは、やはり時間の流れを感じさせるものがなにもないのでわからない。幾分か時間を経てやっとなにか言えるようになった炎司は――


「でも、さっきここは地球だって、言わなかった?」


 そうだ。先ほど彼女は、ここは地球であると言った。


 地球であるのなら――どうして殺されたはずの自分がここにいるのだろう。まさか地球に死後の世界があるとは思えない。それなのに、何故彼女は『ここは地球だ』なんて言ったのだろう。


「そんなの当たり前だ。お前は地球の生命だろう。地球で生き、地球で死んだお前が還る場所が地球以外にあるのか? ここは生を終えたものが集められる場所。そこは地球の『どこか』というほかあるまい。もしかして貴様、あれほど科学が発達した現代に生きていながら、死後の世界は天の上に在ると思っているのか?」


 彼女は小馬鹿にしたような調子で軽妙に喋る。


 だが――地球で生きて、地球で死んだはずの自分が、地球以外の場所に行けるはずもないのは確かだ。死んだものに行き先があるとするのなら、そこは間違いなく『地球』と言えるだろう。理解できたわけではないが、納得はできる――たぶん。


「ってことは――ここは、集合無意識とかいう場所なの?」


 炎司は気になって彼女に問いかけた。彼女は「似たようなものだ」と軽く答える。


 それから再び炎司は黙り込んだ。

 これから自分はどうなってしまうのだろうか――なんてことが気になったのだ。


 先ほど思いだした記憶が確かなら、自分は殺されて、地球のどこかにある集合無意識とか言われているものと同一化してしまうはずだ。


 なのに――

 炎司は、確かに存在している。

 ここに放り込まれる以前の記憶と自我をすべて持ち合わせたままで。


 この場所が、死んだ地球生命が還る場所なのであれば――いまこのように『自分』が残っているのはおかしい。大きな存在に混ざり込んで、二十年ちょっとしか生きていない自分など簡単に押し潰されてしまうはずだ。それが『死』というものだろう。


 これは、最近のアニメでやたらと出てくる『若くして死んだ魂を救済する』とか『実は自分が死んだのは彼女の手違いだった』とかいうやつだろうか?


「一応言っておくか、私は若くして死んだ魂を救済するつもりでお前をここに連れてきたわけでもないし、お前が死んだのは私の手違いというわけでもない。お前があそこで殺されたのは、ただ運が悪かったのだ。残念だったな」


「…………」


 思考を読まれた。なんかとてつもなく恥ずかしい。炎司は、穴があったら入りたい気持ちに駆られた。


「ま、とにかくお前はあのコンビニにいた男に滅多刺しにされて殺されたことに変わりない。本来ではあればお前の運命はこれで終わり、なのだが――ここでチャンスをくれてやる。本当に運がいいな」


 滅多刺しで殺されたというのに、果たして運がいいと言えるのだろうか? なんてことを疑問に思ったけれど、炎司はそれ以上なにも言わなかった。


「どうしてそんな顔をしている。殺されたのにもう一度チャンスをくれてやると言ってるのだぞ? これを運がいいと言わずになんと言う? 多くの死んだ人間はこういったチャンスに巡り合うこともなく何ものでもないものへと還っていくのだぞ。喜べよ」


「喜べって……言われてもなあ」


 まだ炎司にはなにがなんなのか理解が追いついていないのだ。これを素直に喜べるようになるまであと百年はかかる――かもしれない。


 しかし――殺されて、もう一度チャンスが与えられるというのは、考えてみれば幸運であるだろう。


「でも――無条件ってわけじゃないんだろ? なにしろ死んだ人間にもう一度ちゃんを与えるってわけだしさ」


 炎司の言葉を聞いて、彼女は「ほう」と興味深そうに頷く。やっぱりそうか。彼女の様子を見て、やはりなにか条件があるのだと炎司は改めて確信した。


「その通りだ。理解が早いのは好ましい。お前、意外と馬鹿ではないな」


「…………」


 彼女から自分は馬鹿だと思われていたのか。その事実に何故かショックを受ける炎司であった。


「ところで――」


 と、炎司は気持ちを切り替えてそう切り出した。


「なんだ?」


「あんたはなんなの?」


「私か? 私は地球の意志が生み出した守護者だ。お前ら人間からすれば神様のようなものだと思ってくれればいい」


「神……」


 炎司はそう呟いて、神を自称する彼女に視線を傾ける。


 確かにどこか人間離れした雰囲気はあるけど、とても神とは思えない。美人な女の子にしか見えないが――


「なにか失礼なことを考えていないか? まあいい。私は心が広いからな。内心の自由というやつは尊重してやるのが主義だ。どう思われたところで私がどうにかなるわけでもないしな。他になにか訊きたいことはあるか?」


「えっと……名前は?」


「ふむ名前か……お前がこの条件を呑むのであれば私の呼び名は必要になるな。そうだな――私のことはノヴァと呼べ」


 それが本名なのかはわからないが、仮に本名でなくとも別に問題はないだろう。神様(自称)なのだし、そもそも名前なんてないのかもしれない。


「それじゃノヴァ、俺はなにをしたらチャンスを与えられるの?」


「戦え」


 ノータイムでノヴァは返答する。


「は?」


「だから戦うんだよ。いまこの地球を襲う脅威とな。そのために貴様はここの呼ばれたのだ。これからそれを説明してやる」


 やっぱり、うまい話には裏がある。それは人間以外でも同じらしい。

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