第29話 ファイアスターター・リスタート

「さらわれた、てっ……」


 どういうこと、と言おうとしてそこで言葉が途切れた。


『そのままの意味だ。あのイカレ女、あの娘に近づいていきおった。そしてそのまま移動しておる。いまこの状況でわざわざそんなことするということは、我々を呼び出す意図があるからだろう』


 ノヴァは淡々と事実を述べる。だが、それを聞いても、彼女が冷静でいてくれるおかげで、炎司もなんとか最低限の冷静さを保つことができた。


 大河にとって、唯一の障害は自分たちだ。それをわざわざ呼び出すことをするなんて、なにを考えているのだろう。


 いや、とそこで炎司は思い直す。


 唯一の障害だからこそ、呼び出すのだ。自分たちさえ打ち倒してしまえば、当面『扉』と融合を果たした大河に敵はいなくなる。少なくとも、この黒羽市が滅ぶくらいの時間はあるだろう。


 そうなったら、と思ったところで炎司は首を振って考えを否定した。


 そんなことは考えては駄目だ。余計なことを考えたからさっきやられてしまったのではないか。そう自分に言い聞かせる。


「どうする?」


『どうするもこうするもなかろう。あの娘を助けるにしろそうでないにしろ、この状況をなんとかするためにはあの娘をなんとかしなければならないことに変わりはないからな。お前はどうしたい?』


「俺は……」


 炎司は一度言葉を切って――


「木戸は倒す。金元は助ける。できることなら――この街でなすすべなくやられている街の人たちも助けたい」


 力強く、そう宣言した。

 それを聞いたノヴァは――


『そうか。お前がそうしたいのなら私も手伝おう。


 しかし、すべてを助けられるとは思うな。いくらお前に力があるといっても、三十万をすべて救うのは不可能だ。お前に与えられた力は強大だが、万能でも全能でもない』


「うん。わかってる」


 ノヴァの言う通り、自分一人で街の住人三十万人を助けるのは不可能だ。


 それでも、助けられる人は助けたいと思うのだ。

 これを引き起こしてしまったのは自分がヘマをしたせい、というのもある。

 自分には、誰かを助けられるかもしれない力がある、からだろうか。


『見捨てなければならないときは私が指示を出す。いいか?』


「……ああ」


『ならいい。いくぞ。いま地図を出す』


 ノヴァは頷くような声を出して、炎司の視界に街の地図を投影する。投影された地図には二つマーカーがあった。一つは文子、もう一つは『扉』と融合した大河だ。距離はそれほど離れていない。


「――――」


 前に進み出そう、としたそのとき、背後からどこの言語とも似つかない唸り声が聞こえてくる。なにが現れたのは見るまでもない『裏側の住人』である。


「倒した方がいいかな?」


『ああ。我々がヤツらを惹きつけるのは同じだからな。引きつれてあの女のところに向かうわけにもいくまい』


 その言葉を聞いて、炎司は背後を振り向いて、地面を一気に蹴り加速する。現れた『裏側の住人』はスライムみたいなどろどろの身体をした、至るところに目と口のある個体だった。


『裏側の住人』は至るところにある口を伸ばして炎司の身体をかみ砕かんとする。しかし、炎司はホーミングミサイルの如く向かってくる口を掻い潜り、避けられないものは破壊していく。


 数瞬で距離を詰めた炎司はスライムの身体に思い切り正拳突きを放った。


 だが、スライムのような見た目そのままに、その身体は打撃に対して強い。まったく手ごたえがなかった。炎司はうずまりかけた自分の腕から炎を放って『裏側の住人』を爆炎で吹き飛ばして手を引き抜く。拳から肘にかけて、異様な臭いがするべとべとした液体がついていた。不快だったので、もう一度腕を発火させて、それを蒸発させた。


「ちっ……」


 炎司はそう吐き捨てて、後ろに飛びのいてクロスレンジから離脱する。


「――――」


『裏側の住人』は唸りを上げて再び、口を飛ばしてくる。禍々しい牙のある口は実におぞましいものであった。しかし、炎司はその口は不快であっても恐れることはしなかった。自分のかみ砕かんと襲いかかる口をぎりぎりまで引きつけて――


 全身から炎を放出し、そのすべてを蒸発させた。


「――――」


『裏側の住人』は苦しむような声を上げていた。口ばかりで顔らしきものはどこにもないが、効いているように見える。その隙を炎司は逃さない。炎司は一気に距離を詰めて再びクロスレンジへと潜り込む。


 両手に炎の力を溜め、その腕を『裏側の住人』に押し込むと同時に――


 炎を流し込んで、その身体を爆散させた。聞くに堪えない不快なことこのうえない音を立てて『裏側の住人』は消滅する。


 降りかかる『裏側の住人』の残骸を払い落す。


「まずは一体」


『気を抜くなよ。いまこの街にはあの程度の個体が腐るほどいる』


「腐るほど、ね」


 こんなものが腐るほどいるなど不快なことこのうえないが、自分にとっては脅威でもなんでもない。いくらでもかかってこい、と炎司は静かに考えた。


『立ち止まると、いくらでも湧いてくる。さっさとここを離れるぞ』


「わかった」


 そう言って炎司はマップ上にあるマーカーに向かって走り出した。

 五十メートルほど進んだところで――


「た、助けてくれえ!」


 という声が聞こえてくる。


 それを聞いた炎司は、その声がしたほうに身体を向ける。そこには――


 自分と同世代くらいの男が、先ほど炎司に襲いかかってきたスライム状の『裏側の住人』に半身を呑み込まれかけていた。それを見た炎司はすぐに身体を切り返して、そちらに向かう。


『裏側の住人』は炎司がいることに気づいたのか、身体から鋭く尖った触手のようなものを飛ばしてくる。炎司はそれをすべて回避し、手で足で打ち砕いて距離を詰めていく。


 炎司は、身体を呑み込まれかけている男に当たらないように先ほどと同じく炎を流し込んだ。


『裏側の住人』は呆気なく爆散する。身体を呑み込まれかけていた青年はその衝撃で思い切り吹き飛ばされた。


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ。ありがとう」


 青年はなにが起こったのかわからない、という顔をしていた。


 だけど、炎司にはそれを説明している時間はない。


「ごめんなさい。やることがあるのであなたを護ることはできない。どうにかしてあと少し生き延びてください」


 炎司は青年が言葉を返す前に駆け出した。自分が助けた青年が、この混沌の世界を生き延びられると信じて。


『……悔しそうだな』


「だって、ここで助けたって、俺が木戸を倒すまで彼が大丈夫って保証はないじゃないか。悔しいよ、そんなの。助けるだけ助けて、あとは自分でどうにかしてくださいなんて、無責任にもほどがある」


 ぎり、と炎司は拳を強く握りしめた。


『そうだな。だけど、我々にできることはそれしかない。あのイカレ女を倒さん限り』


「くそっ」


 そう吐き捨てた炎司の目に再び、『裏側の住人』に襲われる街の住人が目に入った。


『どうする?』


「助けるに決まってるだろ」


 炎司は、自らの不甲斐なさを悔やみながらも、街の住人を一人でも多く救うために『裏側の住人』突撃した。

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