第41話 世界を変えうる力

 僕は暗闇に覆われつつある大学の構内を歩きながら、自分が手に入れた力について考えた。


 この力について、いくつかわかったことがある。


 まず、昼には力が弱まること。


 その理由はよくわからない。だが、昼になると常に頭の中に響くうめき声のようなものが一切聞こえなくなるのだ。


 逆に、夜になるとその力は強くなるらしい。そう判断したのは、昼にはまったく聞こえなかったはずのうめき声のようなものが、日が落ちて暗くなった途端に聞こえるようになるのだ。


 いまも、日が落ちて暗くなった途端、頭の中に『なにか』の声が響くようになっていた。なにを言っているのかまったくわからないのに、どういうわけか僕には、それが理解できる。


 この力は、日の巡りとなにか関係しているのだろうか。もう少し調べてみる必要がある。


 もしかしたら、昼でもその影響力を強めることも可能かもしれない。


 そして――

 この力は、人間を欲している。


 夜になって、誰かに近づくと、普段から発しているざわめきが大きくなるのだ。


 その理由もよくわからない。


 だけど、この力が人間を求めているのなら――


 この力を使えば――世界は変えられる。僕にはその確信があった。


 人間はここ百年足らずで世界を大きく変換した。医療、科学、そして核。そのどれも危険性を孕んでいるものだ。


 だが――


 この力だって同じだ。核技術のように、うまく使えば人類文明のさらなる発展を遂げられるに違いない。無論、危険であるのは確かだ。しかし、危険であるからといって、使えば便利なものを使わないのはただの馬鹿だ。そんなことは、陳腐な自然主義者にでも任せておけばいい。


 歩いていると、低い風切り音が聞こえてきた。上を見上げてみる。


 ドローンが自分のすぐうえを通り過ぎていった。確か、工学部で自動運転制御システムの研究をしているところのものだろう。僕の所属は薬学部だが、以前その手のことに興味が出たので話を聞きにいったことがある。


「――――」


 頭の中で声が聞こえた。やはりなんと言ったのかはわからなかったが、自分を呼びかけるようなものだったと思う。


 湧き上がってくるのはとてつもなく大きな暗黒の衝動。それが来ると、少しだけ耐えなければならない。なにしろ、これが来てしまうと――


「教授」


 背後からそう声をかけられて、僕は後ろを振り向いた。そこにいたのは、自分の研究室に所属する男子学生。


「……どうかしましたか?」


「いや……気にしないでくれ。少し具合が悪くてね。たいしたことはないから気にしないでほしい。それで、なにか用か?」


「卒論を少し見て欲しくて……よろしいでしょうか」


「ああ。それが僕の仕事だからね。いくら僕がきみらとそれほど歳が変わらないといっても、遠慮することはない。確かに自分で調べてみることは大事だが、ある程度調べてわからなかったのなら、訊いてしまったほうがのちのためになる。だが、今日はもう遅いから、見るのは明日にしよう。印刷して、僕の机の上にそれを置いておいてくれ」


「わかりました」


 男子学生は一礼する。自分とそれほど変わらない歳だというのに、その姿は随分と初々しい。そんな時期、自分にはなかったな、なんてことを僕は考えた。


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 気がつくと、僕はそう言って、離れようとしていた男子生徒の肩に手をかけていた。彼に触れると、僕の中にあるあの力が大きくざわめきを発した。喜んで、いるのだろうか?


「え……あの、まだなにか?」


 いきなり肩をつかまれたせいか、男子生徒は少しだけ怪訝そうな表情を見せている。


 まわりには――誰もいない。

 いまがチャンスだ。

 この力を、彼に――


 以前は加減がうまくいかなかったようだが、それを知っている僕ならば問題なくできる。すでにそれは、幾度となく成功を重ねているのだから。


 僕の身体と一体化したあの力が、男子生徒に触れている手から滲みだしていく。彼の中に、確かにあの力が浸透していくのが理解できた。


「あ……」


 男子学生は小さな息を漏らした。身体が、かたかたと痙攣している。ひとしきり痙攣し終わったところで、僕は肩から手を離し、彼に話しかけた。


「大丈夫かね?」


「はい」


「それじゃ、帰るときは気をつけるように。最近はこのあたりも物騒だからね」


 そう言うと、男子学生は覚束ない足取りで歩いていく。滞りなく成功した。これで、彼も仲間だ。また一つ野望が近づいたと思うと、自然と笑みが漏れてしまう。


「しかし、これでは効率が悪すぎる」


 こんな風に一人ずつやっていたのでは、あまりにも時間がかかりすぎる。どうにかして効率化できないだろうか。


 この力を一気にばら撒く方法。


 すると、先ほど飛び去っていったドローンがこちらに戻ってきた。大学の中を一周するのはそれなりに時間がかかるはずだ。その程度には時間が経過していたのだろう。それを見て、僕はあることに気づく。


 これだ。


 僕の考えが正しければ、あれを使えば、この力を多くの人に伝播させられる。前例はあるのだから、やってやれないことはないはずだ。


 方法は見えた。


 あとは、この力の媒介となるものを大量に精製できるかどうかだが――


「問題ないさ。その程度のこと、なんとかできるだろう。その手の設備はいくらでもある。人類はそうやって発展してきたのだ」


 真に気を付けるべきなのは――この力を撃滅しようとしている者のこと。


 ざわめきに耳を傾けていると、そんなことが耳に入ってきた。


 この力を世界を破滅させるものだとして、潰しにかかっているものがいるらしい。


 そしてそいつは――すでにこの街にもいるという。


 そいつが誰かのかまだわかっていないが――僕にとって、そいつはとても厄介な存在であることは間違いない。


 どうしてそいつが、この力の素晴らしさを理解できないのかは不明だが――もし、僕の邪魔をするのであれば――


 ――排除するしかあるまい。


 そいつは強大な力を持っているという。だがそれがどうした。僕は人間の可能性を信じている。この力は――世界を変えうる力なのだと。危険であっても、使い方さえ間違わなければ、いまの世の中をさらにいいものにできると、確信している。


 なにを考えているのかは知らないが――それを邪魔されるわけにはいかない。


 しかし――

 一つだけ光明がある。


 そいつはこちらとは違って、仲間を増やせないらしい。


 それならば――僕がそいつに捉えられる以前に、やるべきことをやってしまえばいい。


 まだ時間は残されている。


 安心しろ。

 僕がお前らを解き放ってやる。


 そして――

 人類に、さらなる発展の機会を与えるのだ。

 僕にはそれができる。


「いや、まだ確信を持ってしまうのは性急すぎるな。もう少し慎重になろう。まずは準備を始めるとするか」


 僕は人類のさらなる発展を目指すために、自分の研究室に戻っていった。

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