第64話 戦いの果てに……

 異形とかした力人を前にした炎司は気を引き締め直した。


 あそこまで『残骸』の力を引き出し、異形と化してしまった以上、もう炎司に残されている手段は一つしか残されていない。


 力人を殺す。

 それしかない。


 はじめから覚悟していたことではあったが、できれば避けたかった事態がついに起こってしまった。あそこまで行ってしまった、彼はもう引き返せない。自分と同じく、ヒトを踏み越えてしまった。


 それに、もう一つ懸念もある。それだけは絶対に避けたいところだが――


「どうしたんだい? さっきまでやる気満々だったのに、急に動きを止めちゃって」


 異形とかした力人は、人の姿であったころとまったく同じ声で言う。


「別に……」


「別にって言ってるくせになにかあったようにしか思えないな。もしかして僕がこんな姿になったことに心を痛めていたりする?」


「…………」


 炎司は答えない。無言のまま、異形とかした力人に視線を注いでいる。


「気にするなよそんなこと。きみは僕をなんとかしたいんだろ? なら遠慮なんてするなよ。僕はきみに遠慮なんてまったくしてないぜ。闘争というものはフェアでなければね。そう思わないかい?」


 力人はそう言って両腕を大きく広げた。ぎちぎちと鉄が軋むような音が聞こえてくる。


「僕はたとえきみに敗北して殺されたとしても、化けて出てきたりはしないよ。僕がきみに殺されるのだとしたら、それは僕の力が至らなかったからだ。恨むべきは未熟な僕であってきみじゃない。ま、僕はきみに負けるつもりはないけれど」


 ぎちぎちと音を立てる力人の身体が変形し、背中から『なにか』が打ち出された。それは指向性を持って炎司に襲いかかってくる。素早く察知した炎司は、地面を蹴って横に飛び回避。炎司が数瞬前までいた場所が『なにか』によって貫かれた。それは、黒い巨大な杭のようなモノ。


 大きく横に飛び退いても、襲い来る黒い杭はまだ残っている。炎司はぎりぎりまで引きつけてから加速して、それを回避していく。一本、二本、三本、四本、五本。回避、回避、回避。まだ残っている。力人から放たれた杭は、空中で分離して数を増やしているようだった。


 このまま避けているだけではじり貧だ。どうにかして、襲い来る杭の雨をなんとかしなければならない。


 炎司は宙に飛び上がり、襲いかかる杭を手で足で炎で破壊していく。それでも向かってくる杭の数は増える一方だ。くそ、こうなったら――


 炎司は足を止め、両腕に力を溜めて、それを一気に解き放つ。青い閃光と爆炎があたりを埋め尽くした。


「ははっ、やるねえ」


 爆風が消えると同時に、煙を切り裂いて力人が向かってくる。その両手に握られているのは先ほど大量に放っていた杭と同じもの。炎司の身体を無慈悲に貫かんとする杭を炎の壁を生成して防御した、その瞬間――


「な……」


 炎の壁が大爆発を起こして破壊される。爆発の衝撃で炎司も宙に吹き飛ばされた。


「それはもう何回も見ている。きみが何回も同じ手段は食らわないのであれば、僕だって同じだ」


 炎司を吹き飛ばした爆発の衝撃は力人も傷つけていた。だが、力人は自らの傷を顧みることはない。炎司は吹き飛ばされながらも体勢を整えて、手から炎の球を射出する。しかし、力人は炎司の反撃を予測していたのか、手に持った杭で炎の球を切り裂いて破壊していった。力人は、なおも加速を続ける。


 力人の持った杭は炎司の身体を貫いた。肉が裂ける鈍い音が響く。炎司の腹を深く貫いたそれは力人によって蹴りこまれ、根元まで深く突き刺さった。


「この……」


 炎司は腹に深く突き刺さった杭に手をかけ、抜こうとしたそのとき――


 腹に突き刺さった杭が増殖する気配が感じられた。増殖した杭は炎司の身体を内部から引き裂き、切り刻む。身体の内部から引き裂かれた炎司は地面に墜落。炎司の身体を内部から引き裂いた増殖した杭は細かくなって地面に突き刺さった。


 墜落した炎司は立ち上がろうとする。身体の内部をずたずたに引き裂いた激痛とダメージはまだ残っていた。


 だけど、止まるわけにはいかない。止まることなど、できるはずもない。ここで炎司が諦めてしまえば、それで終わりなのだ。この混沌はさらに拡大を続けるだろう。炎司は自らの裡にある弁を開放する。

 

 力人が、自分を倒すために力を引き出したのなら、こちらだってその力を引き出してやる。そうしなきゃ、彼は倒せない。


 身体のどこかにある弁を開放すると、自分の意識までも焼き尽くされてしまいそうな力の奔流が流れ込んできた。しかし、身体の内部から引き裂かれるという激痛に苛まれていた炎司にはその力の奔流は温かい。一瞬にして身体を支配していた激痛が圧倒的な力によって塗り潰される。


 炎司は、腕から炎を放った。あたり一面を焼き尽くす恒星の内部のごとき青き炎。その青い炎の輝きは昼になってしまったかのように明るく照らす。これだけの力を放っても、炎司の内部には破裂してしまいそうなほどの力が流れ込んでくる。果たして、この状態をいつまで保っていられるのだろうか?


 青く輝く炎の壁の中から、黒い炎が出現する。力人が、炎司の身体の一部食らったことで手に入れた力だ。黒い炎は青い炎を対消滅させた。対消滅させたときに発生したエネルギーを利用して、力人は自らの身体が傷つくのを顧みずに炎司との距離を詰めてくる。


「それがきみの本気か!」


 力人は叫び声を上げて、杭を投擲する。炎司はそれを炎の力を溜めた拳で殴りつけて破壊。対消滅したときに発生したエネルギーで後ろに弾き飛ばされる。


 力人は炎司が杭を対消滅させることを予測していたのだろう。ぎりぎりで対消滅で発生したエネルギーをかわし、さらに距離を詰めてくる。その姿は、理性を失くした狂戦士のよう。


 炎司は、後ろに弾き飛ながらも力を放つ。放ったのは無数の細かい青い光線。両の指先から放ったそれを振りかざす。それはあらゆるものを断ち切る死の刃。振りかざされた青い光線によって、力人の四肢はバターのように切り裂かれて墜落する。切り裂くと同時に焼き払ったため、血はまったく出ていなかった。


 炎司は地面に下りて、四肢を失った力人のもとへと向かう。四肢を切り裂かれ、焼き払われた力人の姿はとても痛ましい。


「僕の……負けか」


「…………」


 炎司はなにも返さない。返すことが、できなかった。


「なら、遠慮してないでさっさとやれよ。もしかして、こんな哀れな姿になった僕を眺めて楽しみ趣味でもあるのかきみには」


 そんな趣味など炎司にはなかった。だから、これ以上苦しまないよう、一気に消滅させてやろう、そう思って翳した手に力を溜め、放とうとした瞬間――


『時間切れだ』


 どこかから、聞いた覚えのある声が響いた。


 四肢を失った力人の身体が不気味な音を立ててねじれて歪んでいく。それは、あまりにも異様なものであった。ねじれて歪み切ったところで、それは質量保存の法則を無視して増大していく。炎司は力人の身体から溢れ出たそれは危険なものであると断定して、宙に飛び上がった。力人の身体があった場所から周囲二十メートルほどがそれによって埋め尽くされたのち、グロテスクな音を立てて収束していく。


 収束して、現れたのは――


「やあ炎司くん。久しぶり。元気してた?」


 その声を忘れるはずもなかった。ここではない黒羽市に地獄を顕現させた者の声。


「それにしても寒くなったねえ。あのときはまだ半そででも大丈夫だったのに。季節って移ろうものなんだって実感したよ。いやあ、よかったよかった。彼がこうして私の『残骸』を育ててくれたから、こうやって舞い戻ることができたわけだし、感謝しないとね」


 力人の身体が変質して現れたのは――木戸大河だった。

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