第48話 邂逅

 ただ電話をかけるだけで、ここまで精神が高揚したのははじめてのことだった。


 僕が電話をかけているのは、僕が手に入れた力を滅しようとしている敵――火村炎司という大学生だ。


 彼には一切恨みはない。そもそも、僕と彼との間にはこれまでまったく関わりがなかったのだからそれは当然だ。


 だが――


 彼は僕が手に入れた、人類のすべてを変えうる力を滅ぼそうとしている。何故彼がそんなことをするのかは不明だが――この力に人類を変革する可能性を感じている僕からすれば敵対するには充分すぎる理由だ。


『どうして……俺の電話番号を知っている?』


 電話の向こうから彼の声が聞こえてくる。いままで僕の力の影響を受けた者たちと戦っていたせいか、疲れが感じられた。


 さすが、とねぎらいの言葉でも与えてやりたいところではあるが、そうもいっていられない。僕は、彼と話をするためにわざわざ彼の電話番号を大学から聞き出してきたのだ。時間の浪費というやつはすべての人類に共通する罪悪である。この世に、金や命よりも重いものがあるとするなら、それは間違いなく時間なのだ。


「僕はきみが所属する大学の教授だからね。いくら学部が違うといっても、聞き出すくらいは簡単だ。それとも、すごい技術を使って調べたとでも言ったほうがいいのかな?」


 僕の挑発の言葉に、彼はなにも返さなかった。これもさすがだ。どこにでもいる普通の学生に見えて、それなりの場数を踏んでいるだけのことはある。ろくに喧嘩すらもしたことがない自分とは大違いだ。


『どうして……こんなことをしている?』


 電話越しに、彼の重々しく硬い声が聞こえてくる。僕がなんの目的をもってこんなことをやっているのか理解できない、という声だった。


「ふむ。どうして、というのはどちらの意味かな? きみに刺客をけしかけたことか、それとも、この力を使ってなにをするつもりなのか、だが」


『……両方だ』


 少しの時間を置いて、彼は答えた。やはりその声には緊張と硬さと疲れが感じられる。


「では、一つ一つ答えていこう。あいにくと僕は口が一つしかないものでね。


 きみに刺客をけしかけたことだが――彼らがいう、きみがどれほどの脅威なのか知りたかったのだ。試すようなことをしてしまったが、それ以上の意味はないんだ。やはり、敵対する相手のことは充分に知っておかなければならないからね。さすが、というに他ならなかったよ。彼らがあれほど警戒するだけのことはある。


 そして、この力をなにに使うのか、という質問だが――その前に一つ訊こう、きみは人類の可能性というものを信じているかね?」


『人類の――可能性?』


 電話から響くのは彼の怪訝そうな声。


『どういう、意味だ?』


「そのままの意味だよ。きみはヒトという種が持つ可能性をどこまで信じているのか、だ。


 いや、自分でこんなことを言っておいてなんだが、答えなくていい。きみが人類を信じていようといなかろうと、僕の答えは変わらないからね。


 僕は、人類の可能性というものをとことん信じている。人類の持つ叡智を、意思をどこまでも信じている。極めつきの楽観主義者ともいえるだろう。


 何故って? たった百年足らずでここまで進歩をしたのだ。その歩みを知って、人類の可能性を信じられないほうがおかしい。世にはびこる悲観主義など馬鹿馬鹿しい。どうしてここまで進歩をしてきたというのに悲観的になるんだ。そんなもの、犬にでも食わせてしまったほうが楽に生きていられるというのにね。


 失礼。話が逸れてしまったね。


 僕は、偶然手に入れたこの力で人類にさらなる発展を与えられると確信している。この力は素晴らしい。科学ではまだ遠くにある境地に到達できる力だ。その可能性を考えれば――」


『馬鹿な……あんたが手に入れたその力が人類にさらなる発展が与えられるだと? そんなはずはない。あれは、人間の仇にしかならないモノだ』


 僕の言葉を遮って彼は大きな声を上げた。


「それはどうだろうか? 一見、害しかならないものがある別の観点から見ると非常に有益だった例など人類史にはいくらでも存在する。抗生物質のようにね。いや、この力は核のほうに似ているのかな。ま、どちらでもいいが。


 当然、僕もこの力――きみは『残骸』と言っていたか。その『残骸』が危険であることは充分理解しているよ。下手を打てば、人類を滅ぼしかねないものだろう」


『それがわかっているなら、何故……』


「何故? 決まっているじゃないか。その危険性だって克服できるからさ。いまの人類社会は一歩間違えれば歴史に残りかねない悲劇を起こす危険なものに満ちているのだから。先ほど言った核技術だけじゃない。電気、化学、工学――危険なものばかりだ。


 しかし、我々は百年という月日を経てもなお滅びていない。それは何故か? その危険をうまくコントロールし、制御し、克服したからだ。きみが目の敵にしている『残骸』だって、その危険性を克服できないと決まっているわけではあるまい?」


『そ、それは……』


 彼は口ごもった。きっと彼も、自分が完全に正しいと百パーセント確信できていないのだろう。


「『残骸』の危険性を克服できれば――人類は未だ見ぬ境地へと到達できる。もしかしたら、いまの科学では到達しえない場所に到達できるかもしれない。きみだって文明の素晴らしさを日々感じているはずだ。『残骸』は、科学以外でその境地に到達できる唯一の可能性も持ったものなのだ。危険だからといって、使わないなど愚かしい」


『……もう一つ、訊きたいことがある』


「なにかね?」


『どうやって、普通の人たちをあんな風にした?』


「ああ、それか。簡単だよ。彼らは僕の研究室で行っている臨床実験に参加してもらった学生だ。その対照実験の中で投与する偽薬の中に少し細工をさせてもらった。


 安心したまえ。その偽薬は『残骸』の一部を入れた以外にはなにも害のないものだ。僕は人殺しをしたいわけではないからね。そのあたりはちゃんと考慮しているよ」


 少なくともいまは、という言葉は出さずに呑み込んだ。下手なことは言わない方がいい。そのくらいのことは、僕だって弁えている。


『では、残骸を手放すつもりない、と?』


「ああ。そもそも手放せるものでもないのだよ。なにしろ、拾った時に僕の身体の一部になってしまったからね」


 僕は、少しいびつな形になった肩あたりに手を触れた。ここに、『残骸』が同化している。


『……っ!』


 電話の向こうから驚きが感じられた。それが予想外だったからなのか、こちらを騙すフェイクなのかは不明だが、驚かすというのは悪くないものだった。


「なにかあるというのなら、僕のところに直接やってくるといい。いつでも歓迎しよう。どうせ僕だってきみをどうにかしなきゃならないんだ。逃げたりはしないよ。まあ、日中は業務があるから、そのあたりには配慮して欲しいところだけどね。


 さて、そろそろお別れだ。僕も忙しい身でね。いつまでも一人の相手をしていられないんだ。それじゃあ、またね」


 そう言って僕は一方的に電話を切った。電話を切った瞬間、訪れたのははじめて学会で発表したときと同じくらい大きな高揚感。


 さて。


 彼の性分からすると、そう遠くない日にここにやってくるだろう。

 いや、ここにやって来なければならなくなる。


 彼は強敵だ。あれだけの力を持つ刺客たちを退けたのだから、それは認めなければならない。


 強敵だからといって、負けるつもりなどまったくなかった。僕が負けてしまえば、秘められた人類の可能性が閉ざされてしまうのだから。負けるわけにはいかないのだ。


 彼がここにやってくるまでに、準備を終わらせておかなければ。

 こちらはなんといっても素人なのだ。いくら準備しても足りないだろう。


「ふふふ。これが戦いに赴くものの感情、か」


 これも、なかなかに悪くない。

 それでは、彼と僕との命を賭けた競争をしようじゃないか。

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