第66話 再び見る人殺しの夢

「あははーやっぱ戦うのっていいよねー」


 宙を舞う大河は杭を数本取り出して投擲する。投げられた杭は炎司をミサイルのごとく追尾していく。高速で飛び交う杭を、炎司は接近した瞬間に腕で足で破壊して迎撃する。一本、二本、三本。四本目は軌道の途中で爆散して細かい棘と化す。炎司の身体を内部から引き裂いた細かな棘――それが炎司に襲いかかる。


 だが――

 それは一度受けた攻撃だ。

 二度目は――ない


 炎司は身体中に無数に襲いかかる細かな棘を、炎を放出して焼き払って吹き飛ばした。


「はっはーさっすが。同じ手は食らってくれないか。やっぱりきみは最高のおもちゃだよ炎司くん。これだけ私のことを愉しませてくれんだからさあ!」


 すべての攻撃を無力化されても、大河は狂気に満ちた笑い声をあげている。


「じゃ、こういうのはどうだ?」


 そう言って大河が取り出したのは先ほどと同じ杭。


 なにをするつもりなのか。その攻撃はいま無効化したというのに。まさか、同じ攻撃をするわけではあるまい。炎司は構え直し、大河と相対する。


 大河が取り出した数本の杭を炎司に向かって投擲。これでも、さっきと同じだ。一体、なにをするつもりなのか? 炎司は向かってくる杭を半身になって回避すると同時に、裏拳を叩きこんで破壊――しようとした瞬間――


 裏拳を入れられた杭が大爆発を起こした。至近距離で起こった爆発の衝撃によって炎司は思い切り吹き飛ばされる。爆発の瞬間、反射的に炎の壁を出していなければ相当なダメージを食らっていただろう。


「ははは」


 大河の笑い声が聞こえる。


「さっきこのお坊ちゃんが炎司くんの足を取り込んだの忘れてたのかな? そして、とりこんだものの力を得られるってこともさ。いま私は炎司くんと同じく炎も使えるわけだ。あれー? もしかしてそれも忘れちゃってたのー? 相変わらずお粗末な頭をしてますねえ炎司くん」


 大河まだ残っている杭の一本を弄びながら炎司のことを挑発する。


「ほら、どうした? 来ないの? もしかして爆発する杭にびびってるの? まっさかー。あの炎司くんがこの程度のおもちゃにビビるわけないでしょ。そんなのにビビるとか少しばかり雑魚過ぎない? ま、雑魚過ぎるのなら私が楽できるんだけど」


 大河が爆発する杭を炎司に向かって投擲する。炎司はできるだけ爆発を中和させるために両腕に炎の壁を出現させながら防御。炎の壁に杭が触れると爆発が発生した。爆発は炎司の炎の壁では防御しきれず、衝撃で吹き飛ばされ、熱で身体を焼いていく。


 しかし、炎司はこの程度のダメージでは止まらない。すぐに焼かれた身体は再生し、姿勢を整えて着地する。大河との距離は二十メートル。お互い人外の力を以てすれば、一瞬で詰められる距離だ。


 大河は、両の手に一本ずつ爆発する杭を持っている。あの二本を凌げばいい、というわけではない。間違いなく、あの杭はいくらでも生み出せるはずだ。『残骸』の力が続く限り。


 二十メートルの距離を保ったまま、炎司と大河はにらみ合った。言いようのない緊張が炎司の身体にせり上がってくる。


「ふふふ」


 大河はこちらへの警戒を緩めないまま、笑い声をあげた。その笑いには狂気が湛えられている。


「やっぱり楽しいよなあこういうの。殺したり殺されたりするかもしれないっていう緊張感がたまらない。濡れてきちゃう。あれ? いまの私って男なのかしら? 身体は作り変えたけど、どうなんだろ。もともと男の身体だったし。ま、どっちでもいいけど。女でも男でも殺し合いは関係ありませんし」


「お前は……復活してなにをするつもりだ?」


「なにをするつもりだ? だってよ。なにをするかなんて決まってるじゃない。ここをあの黒羽市みたいに楽しい場所に。もっというのなら、世界中をあちらの黒羽市のような場所にしたいねえ。そういうの、刺激的で楽しいと思わない?」


「……思わん」


 炎司は重々しい口調で否定する。


 やはり、大河はまったく変わっていないようだ。さらに狂気を、暴力を、理不尽を呼び込もうとしている。


 やはり――

 こいつは、生かしておけない。

 ここで殺さなければ――なにもかもが崩壊してしまう。


「あれー真面目くさった顔しちゃって。もしかして私を殺そうとしてるんですかー? いやあひどいなあ。私を殺したら大変なことになるよ」


「……なに?」


 大河の言葉に怪訝に感じた炎司は眉を上げてまた問いかけた。


「いや、別にね、私が殺されようがなにしようがどうってことないんだけどさ。いまの私って、あのお坊ちゃんの身体を奪ってここにいるわけだ。私を殺すってことは彼も殺すってことだ。


 聞いたぜ。このお坊ちゃん、私たちとそんなに歳変わらないのに海外の大学で学位を取ってここで教授やってるんだってね。そんな若き天才が誰かに殺された! なんてなったらどうなるんでしょうね。


 私は殺されることなんてなんとも思っちゃいないけど、きみが私と彼を殺してどうなるのかは見てみたいところだね。見れないのが残念だ。だって炎司くん、私を殺したときですら罪悪感抱くような真面目くんだし。きっと可愛らしく悩んでくれるんでしょうね」


「……っ」


 大河を殺したら力人も死ぬ。そりゃあそうだ。大河は力人の身体を奪って復活したのだ。それを殺せば、力人だって死ぬのは必然である。


 だが――

 もうすでに自分は力人を殺す覚悟はできている。


 同じ過ちは――繰り返さないために。


 炎司は両の手に杭を出現させた。青い炎を集めて固めて作った杭。それを両手から投擲する。


「あれー、真似かい? 芸がないねえ。だけど、こっちにはネタは割れてるよ。炎から作ったのなら爆発も燃えもするってことはね。なら、避けてしまえば――」


 投擲された炎の杭は大河の身体を通り抜ける瞬間、その質量を増大させ、巨大な炎へと変化する。荒れ狂う炎の嵐は、大河の身体なすすべなく呑み込んで燃やしていく。


「……やるねえ」


 炎の渦に飲み込まれながら大河はそう言って笑みを浮かべる。


「自分がやった手段を真似されるとは思ってなかったのはお互い様だったな」


 炎の渦の勢いは止まらない。天を衝くかのような勢いで燃え続ける。


「私の負けかー。どうやら私はきみにことを見くびっていたようだ。慢心というのはいけないね。


 でもまあ、短かったけど楽しい時間をありがとう。

 それじゃあ、また会おう」


 大河はそう言い残して、炎司に向かって中指を立てて炎の渦に消えていく。あたりを昼のように照らしていた炎の渦が消えると、大河の身体は塵すらも残っていなかった。


「ノヴァ」


『ああ。〈残骸〉は完全消滅した。よくやったな』


 これで炎司は――二人目の罪を背負うことになった。


 絢瀬力人。


 今後、日本に――いや、世界に大いなる発展を与えたかもしれない人間を、炎司は殺したのだ。そこに、どんな理由があったとしても、大きな可能性が失われたことは間違いなかった。


『感傷に浸るのはいいが、まだ終わってないぞ』


「終わってないって……『残骸』は消滅させたじゃないか。終わってないって、一体なにが――」


 と、そこまで言ったところで炎司は気づく。


 街にばら撒かれた『残骸』の一部。多くの人間を狂気に陥れたモノが、まだ残っていることに。


『あくまでごく微量のモノだから時間が経てば消滅するだろう。だが、あのイカレ女が言ったように〈残骸〉に影響された者たちに命令を出しているのなら――〈残骸〉の影響による混乱はまだ終わらない』


「それを……終わらせろってこと?」


『そうだ』


「終わらせろって言われても、一体どうやって……」


 と、そこで炎司は思い出した。

 数十人の『残骸』に影響された者たちに包囲されたときのことを。


「力を引き出して、街全体に浄化の力を放ってってこと?」


『その通りだ』


 力を引き出せば可能だと言ってたけれど――本当にそうなのだろうか?


 いや、違う。

 できなければ駄目なのだ。


 できなければ、この狂乱はまだ終わらない。自然に消えるまで待っているなんて、できるはずもなかった。


「わかった。やるよ」


 炎司は自分の身体のもっとも深い部分にある弁を開放して――


「うおおおおおお!」


 自分の持てる限りの力を、一気に解き放った。

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