第77話 本物?
残り一体。いままで倒したのはどちらも偽物だった。
ならば、最後の残ったのが本物であることは明らか。
念のため、炎司は感覚を強化する。街中に炎司の見えない手を広げていく。やはり、感じられる異質な気配の数は一つ。それを確認し、感覚の強化を閉じていく。
間違いない。あれが、本物だ。場所はここから東北方向。さっさと行って、蹴りをつける。今度の敵は本物だ。偽物よりも遥かに強敵だろう。炎司はパン、と自分の頬を叩いて気合いを入れた。宙を蹴って、加速し、ルナティックがいる場所まで突貫、しようとしたその時――
異質な気配は炎司のいる方向に向かって突進してくる。予想外の展開に炎司は足を止めた。炎司に向かってきたのは、ルナティックだ。ルナティックは炎司を視認しても止まることはなく、黒い剣を両手で構え突進してくる。遅れたせいで、回避は間に合わない。炎司は両腕に炎の力を溜めて、向かってくる黒い剣を防御。だが――
黒い剣は炎司の腕に増えると同時にその質量を増大させ、エネルギーの奔流へと変わる。その圧倒的な質量に炎司は下に押し流された。炎司を地面に叩きつけ、なおも押し潰そうと指向性を持って圧をかけてくる。
高い位置から頭を叩きつけられて、一瞬意識がぼやけたものの、すぐに復帰した炎司は自分にのしかかっていたエネルギーの奔流を、炎を放って蒸発させた。
「上から見下ろすというのはなかなかいいものだな」
かなりの距離が離れているはずなのに、ルナティックの声は明瞭に聞こえた。
「地に落ちた気分はどうかね坊や」
「それはおかげさまで、最悪だよ」
炎司はそう言って立ち上がる。
「それにしても空を飛ぶというのはなかなか素晴らしいな。過去、多くの人間が空に魅せられていただけのことはある。身体一つで飛翔できる機会など普通はないからな」
ルナティックは自分のまわりに無数の歪みを出現させた。
「さて、地に落ちたきみにはこれから地に伏したまま無様にやられてもらおう。なにしろ私は空を飛ぶのは初心者だからね。空中戦になったら敵わん」
無数の歪みはさらに出現する。奴はここで決めにきている。それなら、炎司も全力で宙に浮かぶルナティックのもとに向かうまで。相手が有利な状況である時こそ、付け入る隙が生まれるものだ。
炎司が地面を蹴って宙に飛び上がるのと、ルナティックのまわりに多数出現している歪みから黒い光線が発射されたのは同時だった。
指向性を持って放たれた黒い光線を炎司は皮膚を、服を焼きながら、最小限の動きでかわして上昇していく。
炎司の横に歪みが出現し、そこから黒い光線が放たれる。炎司はそれを、身体を無理矢理捻って回避。崩れ態勢のままさらに宙を蹴って加速する。
「ぐ……」
後ろから黒い光線によって貫かれる。炎司の身体に一センチほどの大きさの穴が三つ空いた。
だが、その程度の傷では炎司は止まらない。さらにルナティックとの距離を詰める。
「落ちないとはさすがだ。ならこれはどうだ?」
ルナティックが手を鳴らすと、彼のまわりに多数存在する空間の歪みから一気に黒い光線が放たれる。その光線を避ける手段はなく、炎司の身体のいたるところが貫かれ、焼けて、焦げていく。全身穴だらけにされても、炎司は止まらない。その姿は、まるで狂戦士のようだった。
「その不屈の精神は驚嘆に値する。敵ながら素晴らしいよ。だが、これは耐えられるか?」
ルナティックがそう言うと、まわりに無数に存在する虚空からなにかが出てくる。黒い塊。とめどなく出てくるその黒い塊はどんどんと集合し、一つの巨大な塊となって炎司に襲いかかる。
炎司は圧倒的な質量を持つ黒い塊に接触。それはまるで、山を押しているかのように重かった。炎司の身体は黒い塊に圧倒的な質量によって、徐々に、徐々に、地面へ向かって押し返されていく。
「この……」
炎司はさらに力を入れる。自分を押し潰すべく放たれた黒い塊を打破するために。
押し返せ。
炎司の足にさらなる力が込められる。
押し返せ。
炎司の腕にさらなる力が込められる。
この程度、いままで自分を襲ってきた困難に比べれば、たいしたことはない――
歪みからなにかが飛び出してくる。ぐさり、と炎司の身体に突き刺さる。それを合図に無数の剣が歪みから放たれ、炎司の身体を無慈悲に貫いていく。腕に、胴に、脚に、頭。炎司の身体にそれが突き刺さっていない部位はどこにもなくなっていた。
身体が千切れるんじゃないかと思うほど痛かった。苦しかった。
だけど――
それでも、ここで止まるわけにはいかないんだ――
炎司は背中から炎を放出し、自分の身体にかかる力をさらに増大させる。
そして、両腕に炎の力を込めた。
巨大な黒い塊に熱を与える。
燃やせ、と炎司は小さな声で呟く。
炎司の腕から放たれた炎の力は黒い塊を融解させていく。誘拐し、脆くなった黒い塊を一気に押し返す。そのまま、ルナティックを熱と大質量で押し潰すために。
「まさかこれでも落ちないとは。きみを侮りすぎていたようだ」
地獄の温度を持つ大質量が向かってきても、ルナティックは落ち着いていた。ルナティックはなんの躊躇もなく、燃える黒い塊に手を触れる。触れると同時に、先ほどまであったはずに燃える黒い塊はどこかへ消えた。燃える黒い塊はルナティックによってエネルギーに変換され、貯蔵されたのだろう。
「さすが守護者だ。すさまじいエネルギーを持っている。これでいままできみに費やした分の回収はできたかな」
ルナティックはそう言い、歪みから剣を抜き出し、宙を蹴って炎司に突進する。炎司は静止し、それを待ち構えた。
ルナティックの突きが放たれる。炎司はそれを身体をずらして回避。そのまま背後に回り込んで、手刀を放つ。
しかし、手刀は阻まれた。阻んだのは、触手のように変化したルナティックの腕。それは細く長く伸び、炎司の腕に巻きついていく。
「ちっ……」
触手に巻きつかれた炎司は、触手が身体に来る前に腕を切り落とした。腕はすぐに再生する。
「ははは。その思い切りのよさは素晴らしいが、悪手だったな。私にきみの力ある身体の一部を渡したらどうなる?」
その言葉を聞いて、炎司はぞくりとした。奴は、自分の腕を持っている。なら、それは――
「ほら、プレゼントだ」
触手に巻きつかれていた腕は炎司に向かって放り投げられ――
すぐさまエネルギーへと変換され、白い奔流を生み出す。その圧倒的な熱量はまるで超巨大恒星のよう。炎司の身体を無慈悲に焼き払っていく。
「相変わらず守護者の一部はすさまじいエネルギーだ。できれば貯蔵しておきたかったが、まあ致し方あるまい。手に入れる機会はまたあるだろう。私が目的を達するためには、まず彼を倒さなければならないのだから」
白い奔流はまだ残っていた。その圧倒的な熱がじりじりとルナティックの皮膚を焼いていく。
「消滅はしなくとも、あれだけのエネルギーを受ければ戦闘続行は不可能だ。いま必要なのは、彼を倒すためではなく、時間稼ぎだからな。色々と使ってしまったが、上々だ」
白い奔流が消える。それと、同時に――
「馬鹿な……」
消えつつある白い奔流から腕が見えた。それは残り香のような白い奔流をかき分けて――
ルナティックの首をつかみ、小枝を折るようにその骨を砕いた。
そして、手刀を放ち、ルナティックの身体を細切れにする。
これで、終わった。戦いを終えた炎司はやっと一息ついた。
『いや、まだだ』
気を抜きかけていたところに、ノヴァの声が響く。
「まだって、どういうこと?」
『見ろ。細切れになったルナティックを。黒い液状になっている。あれは、偽物だ』
「馬鹿な……マップであった反応は三体のはず」
なにが起こった?
ここにいたのは全部偽物?
じゃあ、本物はどこにいる?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます