第76話 偽物

「偽物ってどういうこと?」


 炎司はノヴァに問いかける。


 確かに、呆気なく終わったのは事実だ。だけど、ルナティックの言動や身に纏う異質さが偽物だったとは思えない。事実、察知した気配は間違いなく本物だった。なのに何故――


『これを見ろ』


 ノヴァはそう言って、炎司の視界にマップを出現させる。


『お前が察知した気配をこのマップに映している』


 炎司がいまいる位置を中心としたマップが現れ、そこには、マーカーが二つ点灯していた。これは、まさか――


『お前が察知した気配は一つではなかったのだ。早合点したな』


「でも、あれが偽物だったとは思えないぞ。奴の言動も、使っていた力も同じだ

った。偽物だったのならもっと――」


『恐らく、奴の能力を使って自分に限りなく近い偽物を作り出したのだろう。偽物にも、奴が操っている貯蔵庫を使う権利を与えてな』


「くそ……」


 炎司は拳を宙に振り下ろす。


 やられた。精巧な分身を作ってこちらを撹乱してくるなんて。自分の力を過信しすぎた。もう少し慎重になっていれば、偽物に騙されることはなかったのに。


『仕方ない。そういう時もあろう。だが、奴は精巧な偽物を作り出してまで動いているということは、今夜なにかやるつもりなのだろう。行くぞ炎司』


 炎司は再び宙に飛び上がる。それから感覚を強化。再び索敵を行う。


 炎司の感覚の手が街中に広がっていく。街にある異質な気配を探し出せ――


 感じられた異質な気配は二つ。それぞれ違う方向にある。どれだ。どの気配が本物だ?


 だが――

 気配だけは見分けがつかなかった。


 いや、実際に奴を目の前にしても、倒してみるまでは偽物と区別はつけられないのだろう。事実、先ほど炎司は倒してみるまで気づけなかったのだから。それほど奴が作り出した分身は精巧なのだ。


 本物を見極めることが難しいなら、全部倒すしかない。偽物であっても、多くの人にとってあいつが害になるのは事実だ。いや、本物との区別が難しいような偽物を作って活動しているのだから、なにか目的があるはず。


 ならば――

 本物に当たれば御の字。当たらなければ両方倒す。それしか残されていない。


 炎司は宙を蹴り、マップの一番近い場所にいる異質な気配へと高速で向かっていく。すぐにルナティックの姿が視界に入った。だが、これほどまで接近しても、偽物かどうかの区別はつけられない。


 炎司はさらに加速し、呑気に街を歩いているルナティックへと狙いをつける。一撃で、決める。


 しかし――


 炎司が接近した瞬間、なにか見えない壁に阻まれる。背後からの気配に気づいたルナティックがこちらに振り向く。


「ほう、もうこちらにやってきたか。保険というものはやっておいて正解だったな」

 炎司が見えない壁に阻まれている間に、ルナティックは背後にバックステップして距離を取る。炎司も見えない壁を蹴って背後に飛び退いて着地。


 やはり、ルナティックを目の前にしてみても、それが偽物かどうかの区別はつかない。どこから見ても、本物と変わりないように見える。


「私を偽物だと疑っているのかね? いやいや、実に結構なことだ。きみに疑ってもらえるなんて私も光栄だよ。


 だが、そんなことどうでもいいじゃないか。この私が偽物であろうとなかろうと、きみにとっては倒すべき敵に変わりないのだから」


 手を広げて大仰に振る舞うルナティックは本物とまったく変わらない、ように見える。


「そして、私にとってもきみは倒すべき敵である。先ほどの交渉が決裂した以上はね。戦いという野蛮な行為は好きではないが、精々抵抗させてもらおうじゃないか」


 ルナティックのまわりが歪む。そこから黒い剣を取り出し、炎司に向かって突撃してきた。


「く……」


 てっきり遠距離から攻撃してくると思った炎司は、予想外のルナティックの動きに度肝を抜かれた。反応が遅れる。ルナティックの剣が横から迫る。自分の首を的確に狙った一閃を炎司は腕に炎を纏わせて防御。


「はは、私には接近戦はできないと思っていたのかね? それは違うぞ。私にだってそれなりに心得はある。なにしろ伊達に百年を生きていないのだからね」


 ルナティックは素早く的確に、剣を振るってくる。一撃、二撃、三撃。ルナティックの放つ剣は優雅でありながら、その一撃は重かった。その重い一撃一撃に、炎司は後ろに追い込まれていく。


「この……」


 炎司は、ルナティックの剣が当たる瞬間に炎を爆発させ、剣を弾く。爆発によって剣を弾かれたルナティックはバランスを崩し、二歩ほど後ろに後退する。一瞬だけ作られた隙を炎司は逃さなかった。すかさず距離を詰め、クロスレンジへ。自分の腕に炎の力を込め、拳を放つ。


「さすがだ。近接では分が悪いか」


 ルナティックはそう言い、弾かれた剣を手から離す。ルナティックの手から離れた剣は、質量を増大させ、ルナティックの背後から流れ出してくる。そのエネルギーの奔流をまともに受けた炎司は背後に弾き飛ばされた。


 エネルギーの奔流を受け弾き飛ばされてできた隙をルナティックは逃さなかった。再び歪みから剣を抜き出し、両手で構え、接近してくる。その切っ先が、炎司に触れようとした瞬間、剣は再び質量を増大させ、エネルギーの奔流へと変化。濁流のごときエネルギーが炎司の身体を蹂躙する。だが、炎司は倒れなかった。


「それなりのエネルギーを込めていたつもりだったが、それでも倒れんとは。偽物とはいえ、私を倒しただけのことはある」


 炎司のまわりに歪みが出現する。そこから出現するのは無数の杭。歪みから飛び出したそれが炎司の身体に襲いかかる。炎司は、全身に炎を纏わせて、自分に襲いかかったその杭を弾き飛ばす。すると――


 ルナティックは三度距離を詰め、接近していた。ルナティックは手に黒い球体のものを持っていた。あれは恐らく、奴が貯蔵するエネルギーの塊。受けるわけにはいかない。黒い球体を持った手が近づく。炎司はその黒い球体を防ぐために、ルナティックの手に向かって拳を放った。


 その瞬間、爆発が発生した。炎司もルナティックもその爆発に飲み込まれる。それでも、炎司は止まらない。


 黒い球体を殴りつけた炎司の腕は吹き飛んでいた。同じく、ルナティックも腕がなくなっている。残った腕に力を込め、ルナティックに拳を放つ。両の足で強く大地を踏み込み、そのエネルギーをすべて一点に残った腕へと込める。自分のできる限界まで力を込めたその腕は、ルナティックの胸を打ち抜き――


 それと同時に、エネルギーを解放し、ルナティックの上半身を蒸発させた。ルナティックの下半身だけがその場に残る。そして――


 それは、黒い液状と化して消滅する。ということは――


「これも、偽物か?」


 炎司がそう言うと、爆散した腕が再生する。


『そうだな。まだ気配は残っている』


 残りは一つ。今度は本物のはずだ。

 炎司は再び夜の空へと飛び立った。

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