第74話 ルナティックを追え

 この街に未曽有の脅威が訪れている。炎司には街の空気が変わったように感じられた。平和でごく普通の街から、異質で異常な街へと、変わったように。ルナティックというあの男は、この街で一体なにをするつもりなのか? 奴と接触していた時間は短かったけれど、なにかを目的にしているのは間違いなかった。一体、なにを考えている。


 それに、どうして文子や大河に接触なんてしたのだろう。これも気になるところだ。ただナンパするつもりで話しかけてきたわけであるまい。ある狂った男が、ナンパなんて普通の真似をするとは思えなかった。


 少しだけ感覚を強化してみる。街のあらゆるところに炎司の見えない手が広がっていく。だが、あの異質な気配は感じられなかった。どこかに、身を隠しているのか、それとも、こちらの気配察知を逃れる術を持っているのか。どちらか不明だけど、奴はいま活動していないのは確かだ。人間を消されたりはしていない。


 だけど、いまはなにもしていないといっても、ルナティックが危険な存在であることに変わりはない。『裏側の住人』と同化した人間で、地球が行う修正から逃れ、自分のような存在すらも撃退した規格外の怪物、それがルナティックなのだ。


 炎司は大学を出て歩き出す。どこかにルナティックに繋がるものがないだろうかとまわりを見渡してみるものの、なにも見つからない。


『不安か?』


 ノヴァの声が響く。炎司を心配するような口調ではあったが、どこか固さが感じられた。


「まあね。なにしろ相手は百年以上生き延びてきた規格外の怪物だ。いまの自分でやれるのか不安にもなるよ」


『安心しろ。確かに百年生き延びたというのは驚嘆に値する。だが、お前についているのは四十六億年在り続けた地球だ。自信を持て』


 そうか、と炎司は頷いた。自分に力を与えているのは四十六億年の重さを持つ地球なのだ。それに比べれば、百年程度たいしたものではないように思える。


『だが、油断はするな。お前に力は強大だが、お前に扱える力は有限だ。それを忘れるな。なにかによってお前と私の接続を切られてしまえば、お前は地球のバックアップを受けられなくなる。そうなったら、普通の人間よりは遥かに頑丈であろうが、死ぬような怪我を負っても復帰することはできん。気をつけろ。恐らく奴は以前、そうやって守護者を撃退している』


「切れることって、あるの?」


『普通はない。だが、記録を参照にすると、奴はなんらかの手段を持って過去に我々のような存在と人間の繋がりを切断し、守護者を殺している』


「そのなんらかの手段って?」


『さあな。それは記録に残っていなかった』


「そっか……それがわかれば、対処できるかもしれなかったんだけど、なかなか都合よくいかないね」


 炎司は立ち止まってまわりを見た。いまの街は、いたって普通だ。昨日の夜、人智を超えた存在による戦いがあったとは思えない。この平和も、ルナティックを放置していたら壊れてしまうのだろうか?


 炎司は首を振って否定する。


 未然に防ぐことができないのなら、徹底的に対処をするしかない。自分にできるのはそれだけだ。


 できることをやろう。どうせ人間を外れても、できることしかできないのだ。


「ところで、ルナティックはどんな力を持っているの?」


 炎司はノヴァに問いかける。


『そうだな。記録では、物体のエネルギーの変換、保存、操作、とある。要するに人間でもなんでも、物体をエネルギーに変換し、それを操って保存する。自由自在に操れる貯蔵庫を持っているわけだ』


「じゃあ、あの鎖や剣や楯はエネルギーを操作して作ったものなのか」


『そうだな。奴が出した〈裏側の住人〉も同じだろう。〈裏側の住人〉を変換して、自分が操れるエネルギーとして多数保管しているのだ。下手をすれば――』


「……なにかあるの?」


『いや、これはまだ確定したわけではないから言うのはやめておく。気にするな』


 そんなことを言われると気になるのだが、と思ったが、きっとノヴァは自分のことを思ってそう言っているのだろう。だから突っ込まないことにした。


 それにしてもエネルギーの変換、保存、操作、か。汎用性の高い能力である。ストックさえあれば、必要なものを自分でいくらでも作り出し、使うことができる能力。


「じゃあ、あいつはどれくらいエネルギーを貯蔵していると思う?」


『さあな。だが、並大抵の量ではないだろう。このところ、大人しくしていたようだからな』


 エネルギーを溜め込めば溜め込むほど、ルナティックは強くなる。恐ろしい力だ。しかも、エネルギーの補給はどこででもできる。東京には、人間が腐るほどいるから――


「あ、もしかしてルナティックはエネルギーを増やすために人間を消しているのかな?」


『どうだろうな。ただエネルギーの補給がしたくて出てきたとは思えない。エネルギーの補給が目的なら、もっと大っぴらにやるんじゃないか?』


 言われてみればその通りだ。今日と昨日で、この街で起こっている人体消失事件について調べてみたのだが、わかっている被害者は三十名ほど。人間一人が持つエネルギーがどれほどのものかは不明だが、エネルギーの補給が目的なら、少なすぎるような気がする。


 しかも、あんなイカレた人間が、人間に配慮するとは思えない。補給が目的なら、もっと大々的にやるはずだ。それをやっていない、ということは――


「人間を消しているのは、別の目的がある?」


『そうだな。奴の目的をどうにかして、知らねばなるまい。この街に破局的な出来事が起こる前に』


 破局的な出来事。この平和な街に再びそんなことが起こってほしくない。


 以前は、自分が失敗して、その破局を防ぐことができなかった。だから、今度こそは――


「一つ気になったんだけど、どうしてルナティックは、昼間は身を隠しているんだ?」


『奴は人間の姿をしているとは言っても本質的には〈裏側の住人〉だ。世界が〈裏側〉に近づく夜のほうが力を発揮できるからだろう。だが、奴は他の〈裏側の住人〉と違って、実体を持つ存在だから、昼も夜も誰かの認識も関係ないだろうがな』


 昼も警戒しておいた方がいい、ということか。そうなるとなかなか難しい。


「というか、昼に戦っても大丈夫かな?」


『まあ、大丈夫だ。よほどのことがなければお前には偽装が働くからバレる心配はない。とはいっても、昼間は誰かを巻き込む可能性がある。ルナティックは快楽的に関係ない人間を殺しまくるようなタイプではないが、関係ない人間を巻き込むことに躊躇はしないだろう。覚悟を決めておけ』


「……うん」


 炎司は神妙に頷く。


 いままで自分が戦って巻き込むことはなかったけど、今回ばかりはそうはいかないかもしれない。巻き込んでしまったら、どうする?


 言うまでもない。守るのだ。いまの炎司は、力のない人々を守るためにいるのだから――


『今日の夜も動くぞ。身体の方は大丈夫か?』


「大丈夫。しっかり休んだから」


『そうか、ならいい』


 いつでも動き出せるようにしておこう。相手は、夜にしか出てこないってわけじゃないのだから。


 炎司はそれを自分に言い聞かせながら、帰路へと着いた。

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