第73話 狂気の男の正体

「なあ、あの男は一体何者なんだ?」


 自室に戻った炎司は、服を着替えながらノヴァに質問をする。


『あの男はルナティックという』


 真剣な口調のノヴァの声が響く。その声を聞いて、やはりあの男はただの人間ではないことを確信した。


「それ本名?」


『違う。奴の本名は誰にもわからん。我々がそう呼称しているだけだ』


 本名は不明。それを聞くだけでどこかただならぬ感じがする。


『あの男はもともと、お前の学友と同じように〈裏側の住人〉を認識できる人間だったことだ。〈裏側〉に侵食された世界で住んでおり、〈裏側の住人〉に食われた男。普通なら死んで終わりだ。だが――


 奴の意識は〈裏側の住人〉に食われても、消えることはなかった。あの男、ルナティックは、自身の意識を保ったまま〈裏側の住人〉と化した。あのイカレ女と同じようにな』


「…………」


 別世界の大河と同じような存在。その言葉を聞いて、炎司の心音は一段階跳ね上がった。


「ということは、あいつは『裏側』に侵食が進んでいなくても、こっちの世界に干渉できる『裏側の住人』ってこと?」


『そうだ』


「でもさ、そういう存在は地球によって修正されるって言ってなかったっけ?」


『その通りだ。普通であればな。だがあの男は違う。地球が行う修正をことごとくはねのけていままで存在してきたのだ。少なくとも百年は、奴の存在を確認している』


「百年も……」


 まさに規格外の存在だ。地球が行う修正がどのようなものなのか炎司は知らない。だが、それがとても巨大な力であることは理解できる。その巨大な力が行う修正から逃げのびてきた男。それがこの街に現れた存在なのだ。


「あいつは、この世界の人間だったの?」


『違う。もともと奴は別の世界の住人だ。〈裏側の住人〉と化した奴は、〈裏側〉を通じて色々な世界を移動できる。ゆえに我々はあいつを取り逃がしてきた』


 ノヴァは悔しそうな声を響かせる。ノヴァと同じような存在が、あの男によっていくつもの苦汁を舐めさせられてきたことは想像できた。


「あいつがここにいると、どうなる?」


 炎司はそれが気になった。ルナティックというのが、特異な存在であるのならその影響は必ず出てくると思ったからだ。


『そうだな。奴がいるこの街が〈裏側〉にさらに近づくだろう。ただでさえこの街は別世界で〈扉〉が出現していて、その〈残骸〉が流れ着き、それがさらに街中に広げられている。奴がなにもしていなくても、そこにいるだけでどんどんとこの街に存在する歪みを大きくするだろう』


「奴がいると、それだけでこっちの街も別世界の黒羽市みたくなる可能性がある?」


『そうだ。これ以上、この街に存在する歪みを大きくしないためには、あの男を早急に倒す必要がある。だが、気をつけろ』


 そこでノヴァは口調を変える。


『奴は過去に何度か、お前と同じ存在を撃退している』


「……マジ?」


 その言葉を聞いた炎司は、ごくりと唾を飲み込んだ。


『マジだ。そんな嘘を言ってどうする』


「でも、俺みたいな存在ってことは、地球からのバックアップを受けているわけだろ。それをどうやって――」


『知るか。そういう記録が残っているだけで、私は奴と遭遇するのは初めてだからな。知りたいのなら、思い出してみろ。どこかに奴に関する記録が残っているだろうかからな』


 そう言われ、炎司は黙り込んだ。


 自分に与えられた力が大きいことはわかっていた。どこか無意識的に、自分に与えられた力は無敵なのではないかと思っていた。


 だが、いまのノヴァの言葉を聞き、それが無敵ではないことがわかってしまった。

 負けるかもしれない。そんな言葉が炎司の頭に過ぎる。


 いや、違う。炎司は頭を振ってその考えを振り切った。


 いままでだって同じだ。自分には数々の困難が襲いかかってきた。それをなんとか死に物狂いでくぐり抜けてきたのだ。自分の力を信じろ。相手が自分と同じような存在を打ち負かしたことがあるからといって弱気になっていけない。


 そこで、あることに思い至った。


「一つ気になったんだけど、金元と木戸に話しかけてきた変な男ってあいつなのかな? 確か、金髪の男だって言ってたし」


『……だろうな』


 となると、大河と文子に話しかけてきた男と、人体消失事件の犯人は同一ということになる。


「それなら、あいつの目的はなんなんだろう? ただ観光しに来たってわけじゃないよね」


『さあな。奴のような狂いきった奴の目的など我々には図り知れんよ。だが、それがいいものではないのは確かだ』


 自分の理解できない行動原理で動いている。まさか別世界の大河のような人物がこの街に現れるとは思わなかった。


 覚悟を、決めよう。戦わなければならない時がまたやってきたのだ。自分の命を賭けてでも、ルナティックを撃退しなければならない。炎司は、ぐっと自分の拳を握り込んだ。


「どうして奴はこの街に現れたのかな?」


『奴は〈裏側〉を通じて世界を移動するが、移動できるのは、この街のように〈裏側〉に近づいている世界だけだ。ただ単純に、〈裏側〉に近づいているこの世界に惹かれてやってきただけかもしれん。だが――』


 そこで一度ノヴァは言葉を切る。


『なんの目的もなく、あいつがこの世界に現れるとも思えない。なにしろ、この世界は〈残骸〉が流れ着いていたのだ。それを考えると、ただの偶然でこの街に現れたとは思えないな』


「人間を消してるのも、なにか目的があるのかな?」


『だろうな。あの男がイカレているのは間違いないが、記録によれば、一切の目的もなく破壊的な活動するような奴ではない。人間を消しているのも、なにか目的があってのことだろう』


 なにか目的がある。だが、その目的は一切見えてこない。その不明瞭さがなんとも不穏な感じだった。このまま、こうしているのはまずいのではないかと思えてきた。


『その気持ちはわかるが、休める時にしっかり休んでおけ。今日お前がやった、あの技は相当力を消耗する。無理はするな。もうすでに我々はあいつを捉えている以上、奴もそう簡単に動くことはできないだろうからな』


 炎司の心の中を察知したかのようにノヴァが言う。そう言われると、少しだけ安心できた。


『ならさっさと風呂に入って飯食ってさっさと寝ろ。明日から動くぞ』


「ああ」


 炎司はそう頷き、立ち上がった。


 まずは風呂に入ろう。今日はしっかり休んで、明日、決着をつける。そう心に決めた炎司は、風呂場へと向かった。

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