第56話 戦略策定

 大学を出た炎司は宙をかけ、近くの高層マンションの屋上へと飛び降りた。


 街は予想した通り、『残骸』の影響力によって変質した者に溢れていた。どこにいっても『残骸』の影響でおかしくなった者たちの混乱が目に入ってくる。自分が住む街がこのような状況になってしまったことを目の当たりにすると、心が痛くなった。こうしている間にも『残骸』の影響力は拡散を続けている。早く、なんとかしなければ。


 だが、『残骸』の影響下にある者たちは、誰かを殺すことは何故かしていない。どうやら、『裏側の住人』とは違って、仲間を増やすことが目的のようだ。いまの状況ならもとに戻せる、が――


「これだけ数が増えちゃうとどうしたもんかな……」


 もうすでに、『残骸』の影響下にある者たちは、数えるのが億劫になるくらい増えている。いままでのように、一人一人助けていったのでは間に合うとは思えない。


「ノヴァ」


『どうした?』


「このまま『残骸』の影響が拡散されるとどうなる?」


『まず時間が経てば、裏返って〈裏側の住人〉と化す住民が出てくるだろう。その数が増えてくれば、この場所が傾いて〈扉〉も出現する。最悪の場合、街自体が裏返って、街そのものが巨大な〈扉〉になる可能性さえもあるだろう』


 街そのものが巨大な『扉』になる。そうなったら、どんな悲劇が起こるのか簡単に想像がついてしまった。


「一つ訊きたいんだけど――『残骸』に影響下にある人たちが『裏側の住人』になったら、戻せないよね」


『ああ。そうなったらもう殺すしかなくなる。もと人間であったとしても容赦するな。嫌かもしれんが、こうなってしまえば起こりうる事態だ。覚悟しておけ』


「……うん」


 炎司はマンションから下を覗いてみる。そこには、なにかを探すように街を徘徊する『残骸』の影響下にある人たちの集団が見えた。やはり、自分を探しているのだろうか?


『とにかく、まずは『残骸』の影響力を拡散させているものを見つけるのが先決だ。なにか見えるものはあるか?』


 そう言われて、視線を下から上に上げてあたりを眺めてみた。しかし、不審なものは見当たらない。


 どうやって力人はここまで『残骸』の影響力を拡散させたのだろう。これだけの人数を一人ずつ接触して増やしたとは思えない。なにか、必ずやっているはずだ。それを突き止めなければ、この街で現在も起こっている事態を止めることはできない。


 どうする――焦ってはいけないのはわかっているが、これだけのことが起こってしまうと焦らずにはいられない。時間はあまり残されていないだろう。早く、この事態を引き起こした原因を見つけ出さなければ。


 ここを離れて、街を回ったほうがいいだろうか? 『残骸』の影響下にある者たちは、炎司だけを狙っているわけではないらしい。仲間を増やすために、そこらにいる人たちを見境なく襲っている。


 だが――ここを降りれば、間違いなく『残骸』の影響下にある者たちは炎司に向かってくるだろう。『残骸』の影響下にある者たちは、『裏側の住人』に近づいた結果、自分を強く認識できるものに引き寄せられるのだから。


 一人であればまったく問題ない。数人であってもなんとか殺さずに退けられる。だが、その数が数十、数百となったら話は別だ。それだけの人数に襲われたら、いままでと同じく殺さずに退けるのは格段に難しくなるだろう。


 だから、移動するにしても下に降りるわけにはいかない。そうなったら、否応なしに数で押し潰されてしまう。


 それに――


 先ほど大学で襲ってきた『残骸』の影響下にある者は、炎司と同じく宙を飛んできた。宙を駆ければ、嫌でも目立つ。『残骸』の影響下にある者たちがどのように外界を認識しているのかは不明だが、目立つのはとても危ないように思える。さっき戦った相手のように、これからも襲ってくるであろう『残骸』の影響下にある者たちが空を飛んでこないとも限らない。


 しかし、移動せずにここに留まっているわけにもいかない。比較的高い建物の屋上を使って移動すれば、それほど目立たずに移動できるが――


 どうする――と、悩んでいたそのとき――


 ドドド、となにかが屋上に落ちてくる音が聞こえた。炎司は背後を振り向く。


「マジかよ……ここ十五階だぞ」


 そこには、『残骸』の影響下にある者たちが佇んでいた。どうやってここを特定したのか不明だが、どうやら先ほどの音を聞くに、地上からこの屋上まで飛び上がってきたらしい。その数は、三人。


「――――」


 ミュージシャン風の男が人の言葉とは思えない叫び声を上げて飛び上がって、手に持ってきたギターを振り下ろしてくる。炎司は背後に飛び退いてギターの一撃をかわす。コンクリートの床に叩きつけられたギターは呆気なく破壊される。だが、ミュージシャン風の男はそれを気にする素振りはまったくない。ギターの一撃をかわした炎司はローキックを入れ、ミュージシャン風の男の足を払う。ローキックを受けよろめいたところを、押し倒して力を放った。一瞬光に包まれたのち、ミュージシャン風の男は動かなくなる。


『殺さずに処理するのもだいぶ手慣れてきたな』


「いつまでやってられるか怪しいもんだけどね」


 しかも――この場所は高層マンションの屋上だ。下手なことをやれば、ここから突き落とすことになってしまう。十五階から落下したら、『残骸』の影響下にある者たちどうなるのだろうか? いくら『残骸』の力で身体が強靭になっているといっても、そこには限界があるだろう。それに、『残骸』の影響を消し飛ばしたときにここから落下させてしまったら、間違いなく死ぬ。それだけは避けなければならない。


「――――」


 制服を着た女の子が叫び声を上げ、炎司に向かってくる。このような状態になっていたとしても、女の子に手を上げるのは正直いい気分はしなかった。だが、そんなことも言っていられない。なにしろ相手はこちらを殺す気で向かってくるのだから。


 女の子は手に持っていた鞄で殴りつけてくる。人外の力で振り回されたそれを掻い潜ってかわし、クロスレンジに入り込む。女の子の腹のあたりに手を触れ、力を放つ。光に包まれたのち、彼女はがっくりと倒れ込んだ。


「――――」


 間髪入れずにおじいさんが炎司に向かってタックルをしてくる。女の子へ攻撃したあとの隙をつかれてしまったため、炎司はタックルを回避できず、思い切り吹き飛ばされ、そのまま屋上を遮る柵に激突する。


 おじいさんは止まらない。見た目からは想像もできないほどのスピードで、柵に激突した炎司に再度突進をしてくる。


「くっ……」


 このまま突進されれば、柵を破壊されるのは必至だ。回避すれば、おじいさんは落下する。この高さから落下すれば、『残骸』の影響が消えたときになにか悪影響が残るかもしれない。


 炎司は身体を起こし、突進してくるおじいさんを受け止めた。おじいさんは圧倒的な力で炎司のことを押し込んでくる。おじいさんは炎司のズボンをつかんで、上に放り投げた。虚を衝かれた炎司は体勢を整える間もないまま宙に投げ出される。おじいさんは炎司に追撃すべく宙に飛び上がり、炎司の背後にするりと回り込んで腕をロックし、そのままコンクリートの床に叩きつけた。ごきり、と自分の首が折れる音を耳にした。しかし、折れた首はすぐに回復し、立ち上がる。おじいさんは頭から血を流しながら、不気味に笑っていた。


 不気味な笑みを見せるおじいさんに炎司は向かっていく。先ほどは攻撃の隙をつかれてしまったが、一対一となったいまとなってはその心配もない。突進してきた炎司に対抗するかのようにおじいさんも突進してくる。炎司はおじいさんの突進のタイミングに合わせて、攻撃を放つ。


 どん、と鈍い音が屋上に響き、おじいさんは逆側に柵にまで吹き飛ばされたのち、光に包まれる。柵にもたれかかったおじいさんは動かなくなった。一応、近づいて生きているかどうか確認してみる。ちゃんと鼓動が感じられた。どうやら、生きてはいるようだ。


『いつまでも一ヶ所に留まっているわけにもいかんな。すぐに移動した方がいい』


「……そうだね」


 炎司は倒れた三人を一度目を向けたのち、柵を乗り越えて夜の空を駆けだしていった。

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