第57話 手がかり?

 高い建物を飛んで伝っていきながら炎司は夜の空を駆けていく。


 しかし、『残骸』の影響力を拡散している『なにか』は未だに見つからない。


 やはり――たった一人でこの街全域に影響を及ぼしている『なにか』を見つけるのは無茶なのか? いままでだって何度も無茶なんてやってきたじゃないか。この程度のことだってできるはずだ。いまの自分には、それだけの力がある。できないなんて思うな、と自分に言い聞かせる。


「ノヴァ、そういえば少し気になっていたんだけど」


『なんだ?』


「どうして絢瀬教授は『残骸』の力をゾンビ映画に出てくるウイルスみたいに広げることができたんだろう?」


『恐らく――奴と同化したことで〈残骸〉になにか変質が起こったのかもしれない。もともと〈扉〉は実体がないものだ。実体がないものは他からの影響を受けやすい。実体を得た〈残骸〉であってもその性質は受け継いでいるだろう。あの若造の〈残骸〉の力を利用したい、多くに広めたいという思いが、このような感染力を持つに至ったのだろう。詳しいことは不明だが』


「広めたい……か」


 飛びながら、炎司は下を眺めてみる。そこには、異様な状態で街を歩いている数え切れない人たちの姿が見えた。


 こんな異様な状態にさせるものが、力人が言うようにその危険性さえも克服できるとは思えない。多くの人は『残骸』の影響によって、『裏側の住人』に近くなってしまっている。その姿は、まるで怪物だ。


 それに――


『残骸』の影響下にあるまま時間が経過すれば、裏返って『裏側の住人』と化してしまうことを力人は理解しているのだろうか? それすらも、克服できる問題であると思っているのだろうか?


 よくわからないけれど、やっぱり『残骸』の危険性を克服できるものだとは思えない。


 炎司はマンションの屋上に着地する。高さは七階。先ほど十五階の屋上にまで飛び込んできたことを考えると、この高さはかなり心許ない。


「あれ?」


 マンションの屋上にはなにかが落ちていた。なにか、機械のようなものだ。炎司はそちらに近づいていく。


 そこに落ちていたのは――


「……ドローン?」


 どうしてこんなものがマンションの屋上に落ちている? 街中で誰が飛ばしていたのだろうか?


 壊れたドローンからはなにか液体が流れていた。オイルの類ではない。どうやらなにかの液体が入った入れ物を装着させていたらしく、その中身がこぼれているようだ。


「なんだろう……これ」


 なにかが引っかかる。なにか、重大なものを見落としているような――


『おい、この液体……』


 ノヴァが驚きの声を響かせる。


「どうしたのさ」


『これは――お前、後ろ!』


 そう言われて炎司は振り向こうとする。しかしもうすでに遅く、屋上にまで飛び上がってきた何者かは炎司の首を両足でつかんで思い切り宙に放り投げた。


 まずい――この高さだと柵を超えてしまう。そう直感した炎司は空中で姿勢を立て直そうとするが、襲ってきた相手は炎司に体当たりしたのちに身体に抱きついて炎司の身動きを取れないようしてきた。


「この……!」


 炎司は相手の手足を払おうとするが、相手から与えられる力は圧倒的で、引きはがすことができない。炎司の身体は柵を超えて、宙に投げ出される。宙に投げだされても、相手はその手足を離すことはない。がっちりとつかんだままだ。


「――――」


 襲ってきた相手は叫び声を上げて、炎司の頭に向かって頭突きをぶちかます。脳を激しく揺さぶられた炎司は一瞬反撃する手足が止まってしまい――


 炎司は地上七階の屋上からアスファルトの地面にたたきつけられた。


「――――」


 全身を強く打ち、骨を砕かれたものの臨戦態勢を維持していたすぐに炎司は立ち上がった。横を見ると、炎司を叩きつけた相手は、腕と足があらぬ方向に折れて動かなくなっている。その姿がとても痛ましく、見ていられないものだった。炎司は動かなくなった彼に向かって力を放ち、『残骸』の影響を除去する。


 そして、地上に叩き落とされたということは――


 当然現れるのは地上にいた『残骸』の影響下にある者たち。ここから見えるだけで三十人はいるだろう。これだけ数がいたのでは、飛んで逃げようとしても、すぐに叩き下ろされるだろう。上に逃げるなら、なんとか敵を減らして退けなければならない。


「ねえノヴァ」


『またなんだ、こっちは忙しんだ』


「この街に広がった『残骸』の影響を全部消すっていうのはできるかな?」


『できることはできる。なにしろお前に与えられている力には際限がないからな。〈残骸〉の影響を消し飛ばす力を街全体まで多くことも可能だろう。


 だが、お前の身体には限界がある。そんな馬鹿みたいなことをすれば、三日はまともに動けなくなるぞ。〈残骸〉と同化しているあの若造を倒す前にやるわけにはいかん。やるなら、あの若造をどうにかしてからにしろ』


 どうやら、うまいこといかないらしい。この窮地は、自分の身体と力だけで突破しなければならないようだ。


「というか、忙しいってなにかあったの?」


『ああ。あのドローンといったか? あれから漏れ出ていた水に〈残骸〉の力が感じられた』


「え?」


 それは、どういうことだろう。炎司の頭の中に疑問符がいくつも浮かんでくる。


『まだわからんのかこのアホ! 奴はあの機械を使って〈残骸〉の一部をばら撒いていたのだ』


「な……」


 その言葉に、炎司は驚きを隠せなかった。


「でも、街中を飛べるほどドローンの自動運転なんてできるわけ……」


『馬鹿者! 街中に『残骸』の一部を拡散させるのが目的なのだから高度な自動運転なんて高尚なもの必要なかろう。数を集めて適当な方向に真っ直ぐ飛ばし、『残骸』の一部が混入した水を散布すればいいだけだ。飛ばしたもんをロクに操縦なんてしてないからこそ、どこかにぶつかって、あのマンションの屋上で壊れていたのだろう』


「…………」


 ノヴァの剣幕に圧されて、炎司は押し黙った。


 確かに、ただ前に飛ばすだけならば制御する必要はない。炎司と戦っている最中であろうとも、ドローンは飛び続けて『残骸』の一部をばら撒いてくれるはずだ。


 いや。そもそも――


 自宅を襲われる前、自分の家の横をドローンが通り過ぎていったではないか。あのときから、もうすでに『残骸』の一部の拡散は始まっていたのだろう。


 いまもなお、ドローンが飛び続けているのなら――早く止めなければならない。


 だが――


『わかっていると思うが、こいつらをなんとかせんと、空を飛ぶ機械をどうにかすることもできんぞ』


「わかってるよ」


 相手は何人いる?

 いや、何人いても構うものか。


 どうせ、これをどうにかできなかった自分の負けなのだ。どうにかするしかあるまい。


『わかってると思うが、奴らはまだ大丈夫だ。殺すなよ』


「……ああ」


 炎司はアスファルトを蹴って、自分を取り囲む者たちへと向かっていった。

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