第58話 包囲網突破

 ビルから落下してきた炎司に数十もの目が一気に向けられる。その多数の視線は自分の身体を痺れさせるような感じがした。


『炎司』


 ノヴァの声が頭の中に響く。その声はいつもより硬い。彼女も緊張しているのだろうと炎司は思った。


『私は先ほどの機械を捜索する。それが完了するまでに、奴らの数をできるだけ減らしてくれ。そうでないと、飛ぶこともできんだろう』


「ああ、わかった。どれくらいかかる?」


『そうだな。五分で終わらせる』


 五分。数十の敵に包囲されている状態ではあまりにも長い時間だ。


 だが、やるしかない。これができなければ、『残骸』の一部をばらまくドローンを破壊することができないのだから。


 炎司は、ぐっと手と足に力を込めた。いつでも飛び出し、そして相手が向かってきた場合にはすぐに迎撃できる態勢を整える。


「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」


 あたりからは人間の言語とは思えない叫び声が木霊する。前も後ろも左右も、すべて『残骸』に影響された者たちに囲まれている状態だ。


 炎司は一番近くにいた学生服を着た男に向かって突進する。炎司は半秒とかからず学生服を着た男との距離を詰め、腹に一撃。学生服の男は反撃する間まもなく、次の瞬間光に包まれ、ぐったりと倒れた。


 背後から気配が感じられて、すぐにそちらに身体を向ける。そこには主婦風の女が炎司に向かってきていた。その目は明らかに正気を失っている。炎司は主婦が振り回す腕を掻い潜って回避し、顎を打ち抜く。宙に浮かび上がった主婦はそのまま光に包まれたのち、動かなくなる。


 次に向かってきたのは五十代くらいの男と四十代くらいの女だった。炎司を挟むように左右から向かってくる。


 しかし、二人から襲われても炎司は焦らない。左右から向かってきた相手の攻撃を回避し、それぞれカウンターで一撃を入れて倒す。二人は光に包まれてその動きを止めた。


 これで――四人。だが、炎司のまわりにはまだ三十人以上の『残骸』に影響された者たちがいる。しかもそれはここに留まっていたら、もっと増えていくだろう。なにしろ『残骸』の影響下にある者たちは自分に引き寄せられているのだから。


 くそ――と炎司は心の中で吐き捨てる。これじゃあ埒が明かない。だけど、これだけに人数に囲まれていたのでは飛ぶこともできないのも事実であった。


 とにかく、ノヴァがドローンの場所を特定するまでに、飛べる状況にしておかなくては。これ以上、『残骸』によっておかしくなってしまう人を増やさないために。


「――――」


 上から叫び声が聞こえた。それを察知した炎司は背後に飛び退く。建設作業員風の若い男が長い鉄の棒を、先ほどまで炎司がいた場所に突き立てていた。


 武器まで使ってくるのか――と炎司は歯がみする。


 しかし、泣き言など言ってる場合ではない。一人でも多く、『残骸』の影響を取り除かなければ。


 炎司はすぐに態勢を立て直し、鉄棒を持った建設作業員風の男との距離を詰める。建設作業員風の男は手に持った鉄棒を槍のように突き出してきた。炎司はそれを移動しながら半身になってかわし、そのまま後ろ回し蹴りを叩きこむ。炎司の蹴りを食らった建設作業員風の男は十メートルほど吹き飛ばされたのち光に包まれ、沈黙する。


「ノヴァ、まだ?」


『もうちょっとだ! あと少し耐えてくれ!』


 ノヴァにもこの状況は見えているのだろう。いつも冷静沈着なノヴァの声に焦りが感じられた。


「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」


 五人を倒してもなお『残骸』に影響された者たちの声は響いている。


 その声は、取り囲まれ、焦っている炎司たちをあざ笑っているようにも、いつまで経っても炎司を倒せないことに苛立ちを感じているようにも聞こえた。


「――――」


 また一人、『残骸』に影響された者が向かってくる。制服を着た女子学生。恐らく高校生だろう。彼女は人間が発しているとは思えない叫び声を上げている。自分よりも年下の女の子に手を上げざるを得ないというのはたまらなく嫌だったが、やらなければこちらがやられてしまう。躊躇などしていられない。炎司は女子学生の攻撃を回避したのち、できるだけ手加減して一撃を入れる。炎司の攻撃を食らった女子学生は光に包まれ、うめき声すら上げずにその場に倒れた。


「ねえノヴァ」


『なんだ。どうした。まだ終わってないぞ。できるなら邪魔をしないでもらいたいのだが』


「さっき言った、街全体の影響を取っ払う方法、できないかな?」


『なにを言っているアホが。あの若造をまだ倒していないのにそれをやったら――』


「わかってる。街全体じゃなくて、ここにいる人たちだけならどうかな?」


『ここにいる者だけなら、なんとかなるだろう。だが、それでも相当の力を消耗する。まだあの若造を倒していないのだから、気をつけてやれ。我々の目的は、あの男と同化した残骸を破壊することだ』


「わかってる。でも、そうしないとこの包囲網を突破できないでしょ。なんとかするよ」


『む……。お前がそうしたいのなら私はなにも言わん』


「ありがと」


 炎司はそう言って、自らの裡にある弁を開いていく。


 弁を開くと流れてくるのは人間など軽く消し飛んでしまうほど強い力。普段は限定されているそれをこの身に流し込んでいく。


 動きが止まった炎司に向かって『残骸』の影響を受けた者たちが襲ってくる。


 しかし、弁を開いた炎司に包まれる圧倒的な力によって、三人は木枯らしに吹かれる枯葉のように吹き飛ばされた。


 炎司は、自分を覆う圧倒的な力をどうにか制御し、そしてそれを――一気に解放する。


 炎司がいる場所を中心にして十五メートルほどが光に包まれた。すべてが真っ白になるほどの強い光。その光は数秒間夜に街に輝いたのち、消える。


 光が消えると、この場にいた三十人以上の『残骸』に影響された者たちは倒れていた。どうやら、うまくいったらしい。


 だが――その代わり、炎司の身体にはとてつもない疲労感に支配されていた。その疲労感に膝をつきそうになるが、なんとか耐える。


『うまくいったようだな』


「まあ……なんとか」


『まだ力は残しているか?』


「まあね。いままで感じたことないくらい疲れてるけど、まだ戦える」


 力人を倒したこれをもう一度やらなければならないと思うと、少し憂鬱になるが、そんな文句など言っていられない。


『そうか。無理はするなよ。機械の場所がわかった』


 ノヴァはそう言って、炎司の視界にホログラムマップを出現させる。


『いまでも残っているのは四機。大学を中心に南西方向と北東方向に真っ直ぐ飛んでいるようだ』


「真っ直ぐ? 制御されてないの?」


『ああ。調べてみた結果、操作しているようには見えない。ただ街中にばら撒くのが目的だから、制御する必要などなかったのだろう。そもそも、お前と戦ってたのだしな。制御なんぞされていなかったから、あのマンションの屋上で壊れていたのだろう』


「となると、もっと数を飛ばしていた可能性もあるわけか」


「だろうな。操作しないのだから、数を多くしておくにこしたことはないしな」


「それしても逆方向か……どっちの方が近いかな?」


『ここからだと南西だな』


「じゃ、そっちに行こう」


 炎司は飛び上がり、自分の視界に出現しているマーカーの向かって夜の空を駆けだした。

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