第59話 ドローン破壊作戦(前)

 駆けろ。

 駆けろ。

 駆けろ。


 道なき道を、狂乱と喧騒に包まれた夜の闇を切り裂いて、一気に駆け抜けろ。


 炎司は雑居ビルやマンション、住宅の上を伝って、自分の視界に移されているマップにあるマーカーに向かっていく。


 時おり背後を確認する。後ろからは、まだ誰も迫ってきていない。だが、油断は禁物だ。速度を緩めてしまえば、すぐに『残骸』に影響された者たちが追いすがってくるだろう。いまや、建物の上であっても安全とは言えないのだから。


「見えた……」


 マンションを超えたところでやっとドローンが視界に入った。ドローンは人が歩く速度よりも遅いように思える。この距離からでは、ドローンがどのように『残骸』の一部を散布しているのかは見えない。それに、ノヴァが言った通り真っ直ぐ飛んでいるだけだ。あれなら、簡単に落とせる。


 炎司は手を前に出し、力を溜め、とろとろと飛んでいるドローンに狙いをつけた。外したら死ぬというわけでもないのに、何故かとてつもなく緊張してしまう。炎の球を放つ前に、一度深呼吸して、緊張で乱れる心を整えてから――


 炎の球を発射する。


 十五センチほどの炎の球はドローンよりも遥かに速いスピードで真っ直ぐ飛んでいって直撃し、ドローンを破壊した。ドローンはわずかなパーツを残して、炎の球の熱によってほとんどが蒸発していった。まずこれで一機。


「もう一つは……」


 炎司は自分の視界に映されているマップを確認する。まだ目には見えないが、それほど離れてはいない。すぐに次の場所の向かわなくては。そう思ったところで――


「――――」


 下から叫び声が聞こえてくる。人間とは思えない獣じみた叫び声。『残骸』に影響された者の声だ。


「この……虫みたいにわらわら出てきやがって」


 いつになっても増え続ける敵に炎司は苛立ちを感じていた。


 しかし、ここは空中。ここで戦えば、『残骸』の力を浄化したときに落下死させることは確定だ。彼らはただ巻き込まれただけの被害者に過ぎないのだ。殺すわけにはいかない。それはもう最後の手段だ。できることなら、それは行いたくない。炎司は宙を駆け、近くのマンションの屋上に着地する。


「――――」


 マンションの屋上に着地した炎司を追いかけるようにして、『残骸』に影響された者が上から強襲してくる。どこにでもいそうな、若い男だった。こんな普通の人をこんな風にさせてしまったと思うと、炎司の心は痛みを感じる。


 だが、『残骸』の影響を受けた彼を殺すわけにはいかないが、攻撃を躊躇していられるほど弱い相手ではない。この短時間で、自分と同じように空を駆けてくるようになったことからもそれは明らかだった。


 ぐっ、とコンクリートを踏みしめた炎司は上から迫ってくる若い男をつかんで叩き落とし、そのまま力を放って、彼の身体を侵食している『残骸』の力を浄化する。光に包まれた彼は一度身体をびくりと跳ねさせたのち、その動きを止める。


 早くここを離れないと、次がやってくる。炎司はコンクリートの床を蹴って空へと飛び上がった。自分の視界に映されているもう一つのマーカーを目指して宙を駆ける。


 二つほどマンションを超えたところで、先ほどのものと同じように空をとろとろと飛んでいるドローンが目に入った。宙で立ち止まり、腕を構え、狙いをつける。やはりその瞬間は鼓動が早くなった。落ち着け。しっかりと狙いをつければ、あんな真っ直ぐ飛んでいるだけのもの、外すわけがない。


 腕から、炎の球を放つ――その瞬間。


 足首をつかまれて、そのままぐわんと視界が回転した。当然、しっかりと狙いをつけていたはずの炎の球はあらぬ方向に飛んでいく。炎司は回転したのちに斜め下に引きずり投げられて、近くにあったマンションの屋上に落下し、叩きつけられる。コンクリートに背中と後頭部を強打し、一瞬意識が飛びかけたものの、なんとか保つ。


「――――」


 獣のごとき叫び声が聞こえ、マンションの屋上に叩きつけられた炎司に『残骸』に影響されたものが襲いかかる。七十くらいのおばあさんだった。コンクリートの床に後頭部と背中を強打した炎司は反応が一瞬遅れてしまう。おばあさんはマウントを取って、人間離れした力で炎司を押さえ込む。


「このっ……」


 マウント取られた炎司は、おばあさんに向かって頭突きをする。炎司の頭突きを受けたおばあさんはわずかな間、押さえ込んでいた力が弱まり、その隙をついて炎司はおばあさんを上に押し上げて力を放ち、『残骸』の影響の力を浄化したのち床に下ろした。


「くそっ」


 ドローンはどこだ。飛ぶ速度は遅いから、まだそんなに離れていないはずだ。どこにある? 炎司はマップを確認する。ドローンの反応はまだ近くにあった。炎司は立ち上がって宙を駆ける。


 足を止めて狙いをつけるのは駄目だ。またさっきみたいに放つ直前に邪魔されかねない。それなら――


 ドローンの飛ぶ速度は遅い。それにただ真っ直ぐ飛んでいるだけだ。であるならば、近づいて直接破壊してしまえばいい。


 宙に飛び上がるとすぐにドローンが目に入った。炎司は空を蹴ってドローンに一気に近づく。敵には邪魔されていない。


 とろとろとのんきに飛んでいるドローンを手でつかみ、一気に燃やした。ドローンは跡形もなく蒸発し、消える。これで、こちらの方向に飛んでいたドローンは破壊した。残りは、こことは真逆にある二機だ。


「残りのドローンの位置は?」


 炎司はノヴァに質問する。


『大丈夫だ。見た通り、飛ぶ速度は遅い。距離はあるが、お前ならばすぐに追いつけるはずだ』


 ノヴァはすぐに答え、炎司の視界に映されているマップにマーカーが二つ出現する。


「よし」


 頷いた炎司か踵を返し、街の逆側に向かって宙を駆けていく。

 いまもなお、この街の混乱を拡大させている元凶を破壊するために。

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