第85話 狂気との決戦が始まる

 彼が戻ってきた。私が放った敵をすべて打ち倒して。


 実に素晴らしい守護者だ。私とて、彼を殺すつもりで敵を放っていたのだ。あれだけの敵に襲われてもなおやられないとなると、私が相手をしなければならないだろう。


 彼は、素晴らしい。


 彼を変換し、保存できたらどれほど私の戦力は上がるだろうか。だが、彼を捕らえるのは並大抵のことではない。彼を捕らえようとするのなら、いま私は持っている貯蔵をすべて投げうたなければ敵わないだろう。それぐらい、彼は強い。


 彼が降りてきた場所を注視しながら、抱えていた二人をそっと下ろした。彼女らは、私にとって必要ではあるが、いまの段階では戦いの邪魔になる。私は、彼が落下してきた場所に歩いて近づいた。五メートルほどの距離で立ち止まる。彼は、すぐに立ち上がった。


「その二人を、離せ」


 彼は重々しい口調で言う。その言葉面からはかなりの疲労と焦りが感じられた。無理もない。こちらは彼を殺すつもりで敵を放ったのだ。それぐらいになってもらわなければ困る。


「離せ、と言われてもね。彼女らは私によって必要だ。だから、きみのその願いを聞き入れることはできないね」


「お前の目的は、なんだ? 別世界の大河を蘇らせて、どうするつもりだ?」


「別に。どうするつもりもないよ。ただ、私は彼女に憧れているのだよ。『扉』と融合を果たした彼女のことをね。実に素晴らしい」


「なんだと?」


 彼は言葉に怒気を含めて言う。


「なんだ。きみは彼女を素晴らしいとは思わないのか? この世界の裏と表を繋ぐ『扉』と融合したんだぞ。私のように『裏側の住人』になった人間というのは珍しくもないが、彼女のように『扉』と融合した人間は前例がない。私も長く生きているが、そんなこと考えもつかなかった。前例がないことをしでかす。たいしたものだろう。私は、彼女のことを尊敬しているのだ」


「…………」


 彼が無言のままこちらをにらみつけている。その眼光は、私を焼き殺すのではないかと思うほど鋭い怒りが感じられた。


「私は、彼女とどうにか会えないだろうかと思った。だが、残念なことに『扉』と融合した彼女はきみに打倒されてしまった。その事実を知った時、私はとても悲しかったよ。そして、この世界に流れ着いたのもタイミングが悪かった。せっかく私が流れ着いたこの世界で彼女が復活したというのに、その彼女はまたもきみにやられてしまったからだ。なんてタイミングが悪いのだろうと、己を呪ったよ。


 しかし、この世界で一度蘇っているのならば、また蘇らせることも可能ではないかと思ったのだ。一度起こり得たことは大抵の場合再現性が存在する。だから私は、浮浪者のように彼女『残骸』残滓を集めていたのだ。この世界に、再び彼女を復活させるために」


 私は熱を持った口調で語る。そういえば、この目的を誰かに語ったのは初めてのことだな、なんてことを思った。


「こちらの彼女も別世界の彼女と同一人物だ。であるならば、別世界の彼女の影響を強めてやればいい。そう考え、私はこの娘に『残骸』の残滓を注入したのだ。ま、結果は見ての通り、成功とも失敗とも言えない状況ではあったが、道は見えた。なにしろ彼女は強いからね。たとえ少量でも、自分と同一の存在にその一部を入れれば、きっとなにか影響をもたらしてくれるだろう」


 私は天を仰ぎ、大仰に手を広げた。だが、彼は私の熱弁を冷ややかな目で見ている。


「彼女を復活させて、どうするつもりか? だったね。その質問にも答えよう。恐らく、いや間違いなく、私と彼女はウマが合うと思うのだ。私は『裏側の住人』となってからずっと孤独に生きてきた。要は仲間が欲しいのだよ。彼女がいればこの退屈な世界をなにもかも変えてくれる。私は、その世界が見たいのだ。彼女の狂気が、この世界を埋め尽くすところを、見てみたいのだよ」


 私は自分の身体を抱きつつ、彼を見る。彼は、私に意見に賛同しているようには見えなかった。


「金元はどうするつもりだ?」


「ああ。そっちの彼女か。その娘は彼女の友達なのだろう? いきなり私ような男と一緒にやろうって言われても警戒されてしまうと思ってね。どうせなら友達も一緒にいれば彼女も私と打ち解けやすいだろう。この娘は、私と同じで、自分を保ったまま『裏側の住人』になれるからな」


『裏側』の侵食が進んでいない段階で『裏側の住人』を認識できる者は、『裏側の住人』に襲われ、食われても自分を保つことができる。それは、私の経験からも明らかだ。かつて私も、『裏側』を認識し、『裏側の住人』に襲われた人間だったのだから。


「金元を、『裏側の住人』に食わせるつもりか?」


 彼の言葉にはさらに怒気が増した。その怒気で、このあたりの温度が数度上昇したような錯覚を覚える。


「そうだ。なにか問題でも?」


「あるさ。そんなことは、させない!」


 彼は四肢に青い炎を纏わせながら一気に距離を詰めてくる。一瞬で、私の懐まで潜り込んできた。彼は、そのまま身体を捻じり、私の頭部を破壊すべく蹴りを放つ。私はその蹴りをスウェーでかわし、自分の鼻先を通り過ぎる彼の足をつかみ、ねじり切った。膝あたりから足をねじきられた彼は、真っ赤な鮮血を振り撒いた。だが切られた足はすぐに修復される。私は彼の足をつかんだまま後ろにバックステップして距離を取る。


「いきなり蹴りかかってくるなんてひどいな」


 私はねじり切った彼の足を弄びながら言う。


「私はね、きみと違って殴ったり蹴ったりするのは苦手なんだよ。できればやめてほしいところなんだけど……まあ、そういうわけにはいかないよな」


 私はねじり切った彼の足を歪みの中に放り込む。


 足を切られ、修復した彼はまったく動じていなかった。彼にとって、手足を千切られるのはもはやたいしたことではないのかもしれない。まだ守護者になってからそれほど時間は経っていないだろうに、なんという適応能力か。


 素晴らしい。

 できることなら、彼も、以前のようにそのすべてを手に入れたい。

 果たして、できるだろうか。


 ……難しいな。


 手に入れるのは難しいが、殺す手段はある。ならば――


 手に入れることができないのは少しばかり口惜しいが、最低でも排除はしなければならない。


 彼を殺そう。

 それしか、道はない。


「ふむ、戦うのはいいが、一つ提案がある」


「なんだ?」


 彼は訝しげな顔をして私の問いに答える。


「ここで戦うと彼女らの無事が確保できない。彼女らの迷惑にならないところで我々は戦うべきではないか?」


 私は倒れている彼女たちを指さした。

 私の言葉が予想外だったのは、彼は一瞬だけ毒気を抜かれた顔をする。


「……そうだな。俺も、彼女たちを巻き込んでしまうのは本意じゃない」


「よし。では上でやるとしよう」


 彼と私は、宙へと飛び上がった。

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