第99話 生じた異変

 戦いの疲れが抜けたのは、あの夜から一週間が経った頃だった。あの戦いを終えたあとの記憶は曖昧だ。最低限、動いていたような気もするけれど、ほとんど眠り込んでいた、と思う。その程度のことすらわからなくなるほどだったのだと思うと、少しだけ怖くなった。


 それでも、まだ動く気にはなれなくて、炎司はテレビのリモコンを手に取って電源をつけた。テレビでは、あの日あの夜に起こった黒羽市での出来事の報道がやっていた。一夜に現れた黒い月、街を呑み込んだ黒い水、不審死、おかしな怪物の目撃情報、天を衝く青い光――


 それが、炎司とルナティックの戦いによって発生したものだと知っている者は自分以外に一人しかない。同級生の文子だ。なし崩し的だったとはいえ、彼女をこんな世界を垣間見せてしまったことを炎司は申し訳ないと思っていた。


 あれから、まだ文子とは顔を合わせていなかった。本当に、自分のことについて、あの日の出来事について、話していいものかわからなかったからだ。何度も連絡してみようと思ったけれど、決心がつかない。我ながら、情けないと思う。


「どうしよう、かな」


 炎司は、一人呟いた。それから、枕もとに置いてあったスマホを手に取る。連絡してみようと思って、やっぱりふんぎりがつかなくて、再び枕もとに戻す。


『別に、無理をして説明する必要はないんだぞ』


 ノヴァの声が響いた。こちらを案じるような、少しだけ優しさが感じられる声。


『それに、知らなくてもいい現実というのは存在する。もし、お前が望むのであれば、あの日の出来事について忘却させることも可能だ。


 だが、あの娘は少しばかりこちら側に近づきすぎた。忘却させても、なにかの拍子で思い出してしまう可能性は高い。そもそも、あの娘は普通は認識できないものを認識できてしまう体質だ。それは間違いなく我々の知っている世界を引き寄せることになるだろう。なかなか困ったものだが、仕方がない。この世界は、〈裏側〉に近づきすぎてしまった』


 今回の出来事によって、炎司が暮らしている世界はさらなる歪みが生じた、らしい。自分にはそれを感じ取ることはできないけれど、理解はできた。なにしろ、あれほどのことが起こってしまったのだ。あとにはなにも残らないなんて都合のいい展開はないだろう。


 どちらにしても、炎司はこれからも文子と関わっていかなければならないのだ。彼女には力がなく、自分には力があるから。どうにかして、この世界を修正できればいいのだけれど。


 結局、答えは出ない。


 自分にできることをするしかないのだ。偶然手に入れた、この力を使って。


「なにか、食べよう」


 炎司はベッドから立ち上がり、キッチンへと向かった。数歩歩いて、冷蔵庫を開ける。中に入っていたのは、水と以前大学で配っていたエナジードリンク。なんとなく、味のあるものが飲みたかったので、エナジードリンクを取り出した。プルタブを開けて、それを一気に流し込む。


 その瞬間に感じられたのは、確かな異変。


『どうかしたか?』


 ノヴァの声が響いて、炎司は現実へと舞い戻った。

 どういうことだこれは。


 エナジードリンクの味が感じられなかった。


(第三部完)

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怪物狩りの守護者 ‐転生したら怪物と戦うことになった‐ あかさや @aksyaksy8870

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