第46話 数の暴力

 同時に突っ込んできた男二人を炎司は飛び上がって、そのうちの片方の上を通り抜ける。このまま挟まれた状態でいるのはまずい。そう判断したからだ。男たちは真正面から衝突する。普通なら、これで動けなくなるだろう。


 だが――


 人間とは思えないスピードで衝突した男たちは何事もなかったかのように炎司がいる方向に向き直る。片方は鼻から大量の血を流し、もう片方は額が割れていた。しかし、それをまったく気に留める様子はない。


「――――」


 鼻血を流している男のほうが、人間とは思えない叫び声を上げて炎司に向かってくる。その動きは獣じみていて、まったく知性が感じられない。『裏側の住人』の力の侵されてしまうと、普通の人間をあのように変化させてしまうのか、と思うと背筋に冷たいものが流れる。


 鼻血を流した男は腕をがむしゃらに振り回す。炎司はそれをくぐり抜けて彼の腹の一撃を入れた。一瞬、動きが止まったものの、すぐに彼は動き出す。やはり、生半可な攻撃では彼らを止めることはできない。


 とはいっても、こちらが本気でやれば彼らなどあっさり殺してしまう。彼らは『裏側の住人』の力の影響を受けて一時的に変質してしまっただけで、まだ人間なのだ。


 どうする――炎司は二人を視界に入れて、じりじりとにらみ合う。


 今度は額が割れているほうが突撃してくる。その速度はやはり人間を超えていて、獣じみている。両方の動きに警戒していた炎司は反応が半秒遅れ、彼の突撃を回避することができなかった。身体に力を入れ、額の割れているほうを受け止める。


「ぐぐ……」


 額が割れている男から放たれる力は、自分とそれほど変わらない体格とは思えないほどの強さだった。炎司はじりじりと後ろに押し込められていく。


「この……」


 炎司は少しだけ身体に力を入れ、押し込んでくる額が割れた男を弾き飛ばす。男は車に轢かれたかのようにブロック塀まで吹き飛んでいった。ブロック塀に後頭部を強打した彼は、首をだらんとさせて動かなくなる。とりあえず、動きは封じた。


 もう一人――炎司は鼻血を流している男の方に向き直る。鼻から流れる血で顔中が血まみれになっているというのに、彼はまったく気に留めている様子はない。痛みすらも感じていないのだろう。


 早く、彼も動きを封じなければ。ちらと背後で動かなくなっている、額が割れた男に目を向ける。彼は動けなくしただけで、まだ『裏側の住人』の力を浄化できたわけではない。長くても数分、早ければ数十秒でまた動き出すだろう。


 それまでに、決着をつける。


「――――」


 いまもなお鼻から血を流しながら、彼は獣じみた叫び声をあげ、人間の限界を明らかに超えたスピードで突進してくる。


 早いといっても、相手の動きは直線的だ。かわすのは容易い、と思ったところで、背後に額が割れている男が気を失っていることに気がついた。あの速度でぶつかられたら彼ら二人とも危険だ。そう判断して、炎司は鼻血を流し、道化のように見える男を真正面から受け止めた。


 やはり――自分とそれほど変わらない体格の人間とは思えないほどの力を持っていた。その圧倒的な膂力によって、本気を出すことはできない炎司はじりじりと後ろを追い込まれていく。


 だが、力任せに押し込んでいた鼻血を流している男が力を抜いた。炎司は一瞬、呆気に取られ、その隙に自分の下から股間に向かって鼻血を流している男の足が思い切り突き刺さった。


「が……あ……」


 股間に走る雷撃のような激痛。その痛みは炎司の感覚をすべて支配するものだった。


 炎司には並外れた回復力があるとはいえ、急所である股間を蹴り上げられたときの衝撃からは逃れられなかった。痛みはすぐに消えたが、その恐怖はなかなか消えてくれない。


 こいつ……ただ力任せに向かってくるだけだと思ったら――と、炎司は心の中で吐き捨てた。


「――――」


 鼻血を流しながら、彼は笑い声をあげていた。その被虐に満ちた笑いは――とても人間とは思えないものだ。どこかで見たことある、笑い方だった。


 ダメージは抜けたものの、再び股間を蹴られたらと思うと、足が竦む。しかし、逃げるわけにはいかない。ああなってしまった彼らを、救えるのは自分だけなんだから。そう自分に言い聞かせた。


 もう一度視線を額が割れている男に向ける。よし、大丈夫。まだ動き出す気配はない。なんとかして、彼が復帰する前に、目の前にいる男を動けなくさせなければ。


 どん、と炎司は思い切りアスファルトの道路を蹴りこんだ。鈍い音があたりに響く。いまの相手は力任せに突っ込んでくるだけ、と思っていた自分を切り替えるためだった。


「――――」


 また突撃してくるか、と思ったら、彼は違う方向に向かっていった。倒れている男のほうだ。


「なに?」


 予想外の行動に炎司は呆気に取られた。まさか、仲間を思って近づいた、わけではあるいまい。気を抜きかけた瞬間、彼は予想外に行動に打って出た。


 額が割れている男の足をつかみ、力任せに振り回してきたのだ。炎司は反射的に防御したものの、人間を、人間離れした力で思い切りぶちかまされたために数メートル背後に吹き飛ばされる。


 そして――


 足をつかんで炎司をぶん殴った鼻血を流している男は、乱暴につかんでいたもう一人を宙に吹き飛ばされている炎司に追撃をするために思い切り投げ捨てた。


 炎司は自分に向かって投げ捨てられた彼を受け止め、空中で姿勢を立て直し、地面に着地する。


 鼻血を流している男の肩は外れていた。自分と同じくらいの重さがあるものをいきなり投げたのだ。そうなるのは当然だろう。しかし、肩が外れようとも、彼はそのことを気にしている素振りはまったくない。


 投げ捨てられ、炎司に受け止められた男がぴくりと反応した。まずい、と直感する。せっかく無力化できたのに、起きてしまっては元も子もない。


 どうする――そう思って、炎司は自分の手に抱き留められている男に向かって力を放った。


 一瞬だけ自分のまわりが光に包まれる。光が消えると同時に、鼻血を流している男がこちらに近づいてきていた。鼻血を流す彼に向かって蹴りを放ち、思い切り突き飛ばしたところで抱き留めていたもう一人の男を降ろした。


 これで――大丈夫。彼に影響を与えていた『残骸』の力はこれで消えたはずだ。相手は一人。これなら遅れをとることもない。肩が外れ、いまもなお鼻血を流し続けている男に相対する。


 鼻血を流し、肩も外れている彼の姿はとても痛ましかった。これ以上、目茶苦茶なことをさせれば、なにか後遺症が残るかもしれない。できるだけ早く、動きを止めなければ。炎司はそう結論を出した。


 炎司はアスファルトを蹴りこんで一気に距離を詰める。どん、と彼の腹に手加減をした一撃を打ちこむと同時に、自分の力を流し込んだ。再び、自分のまわりが光に包まれる。


 光が消えると、鼻血を流し、肩も外れていた男はがくんと、バッテリー切れしたおもちゃのようにがっくりと動かなくなった。


 どうやら、今回もなんとか終わったらしい。


 さて、これからどうする? 救急車を呼んで、その間に彼らから事情を――


『おい。またお客さんだぞ』


 ノヴァの声が聞こえて、炎司は前を向いた。


 そこには、つい先ほどまで戦っていた二人と同じような目をした者たちがいた。男二人に女二人。全員自分と同じくらいの年代だった。


 四人は、炎司だけを見据えて距離を詰めてくる。四人は、けたけたと笑っているように見えた。


 どうやら、救急車を呼ぶにはまだ早いらしい。

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