第92話 敵は守護者

 助けられる人を助けた炎司は再び宙を飛び出した。


『なに湿っぽい顔をしている』


 ノヴァが呆れたような声を出す。


「だってさ、助けられた人もいるけれど、助けられなかった人だっているわけだろ。これが起こってからすぐ動けなかったんだから。なんか、悔しくてさ」


『お前は少しばかり気負い過ぎだ。一人ですべてを助けるのは無理だ。街中が災厄に襲われては一人で助けられる数などたかが知れている。絶大な力のあるお前でもな。十を救うために一を見殺しにする。それが人間にできる正しい救い方だ。悔しいかもしれんがね』


 淡々と、ノヴァは言う。まるで、炎司のことを諭すかのようだった。


「うん……そうだよね」


『絶大な力を持っているとしても、できないことはある。この街でこの災厄に襲われている人たちをすべて助けるのはできないことだったんだ。それに、私たちがやるべきは救助ではない。あのルナティックの置き土産の完全消滅だ。あれをどうにかしなければ、この街は……』


 そこでノヴァは言葉を切った。ノヴァには、このまま事態が進行していったら、この街がどうなるのかわかっているのかもしれない。炎司にはどうなるのか見当もつかなかったけれど、それがいいものではないことだけは理解できた。


 再び、炎司は巨大な黒い塊を見据えた。黒い塊は不気味に蠢きながら宙に浮かび、得体のしれない『なにか』を垂れ流している。動きは止まったようだ。


「あれを壊せば、街は元通りになるのかな?」


 あの巨大な塊はルナティックが貯蔵していたものである。そして、そこから垂れ流されているものも同じだ。ただあれを壊すだけで、この事態が収まるだろうかと疑問になったのだ。


『残念だが、あれを始末しただけでは終わらん。あれは核を失った集合体だ。どこかを倒せばそれで終わりというわけにかいかない』


「となると、あれを壊したあと、この街を浄化する必要がある?」


 以前、この街で残骸の一部をばら撒かれた時のように。


『そうだ。お前の力をすべて解放すれば、いまのお前ならできるだろう。以前やった時とは比べものにならないくらい消耗するだろうが、なんとか耐えてくれ』


「…………」


 以前の力を解放した時、まるで数日まるで動けなくなったことを思い出して無言になってしまう。


 だが、この街を正常に戻すには、イカレた世界にしないためには、それはやらなければならない。不安定なこの街を、守るために。


 炎司は心を決め、もう一度宙を蹴って加速する。巨大な黒い塊は、遠くからでも圧倒的な圧迫感と禍々しさを放っていた。距離感が狂わされたり、他にもなにかあるように思えてならないが、近づかなければ破壊などできない。


 その時――


 巨大な黒い塊からなにかが出てくるのが見えた。またこちらを狙う『裏側の住人』か。炎司は身構える。そのなにかは、高速で炎司に向かってきた。炎司もさらにもう一段階加速して、接近。距離は瞬く間に詰められた。


 相手を見る。相手は、人型だった。人型の『裏側の住人』だろうか。だが、人型は戦ったことがある。それほど厄介な相手ではない。クロスレンジまで近づいた炎司は、腕を振りかぶり、人型に向かって炎を纏わせた拳を放つ。相手の顔を目がけて。人型は動かない。なにを、してくるのか。


 炎司の拳が人型の頭部に迫る。人型は、迫ってくる拳に対して――


「がっ……」


 炎司は腕を弾かれうめき声をあげる。


 炎司の拳は、人型の額に当たっていた。人型は、回避しようとせず、自分の額を迫る炎司の拳に叩きつけたのだ。


 馬鹿な。腕を押さえながら、炎司は後ろにステップした。


 炎司の拳は『裏側の住人』を引き裂くほどの力を持った拳である。人間同士であれば、拳に額を当てて防御することも可能だが、相手は人外の力を持った炎司だ。そんなこと、できるはずがない。


 炎司は相手を見る。炎司の前に現れた、『裏側の住人』を見据えた。そこにいたのは、自分と同じように見える人間の姿。これは、どう考えても人型の『裏側の住人』ではない。なんだこれは。予想外の出来事に炎司は困惑を隠せなかった。


『あいつ……こんなものまで保存していたのか』


 不意に響いたのはノヴァ声。彼女の声は驚きと少しの恐怖が感じられた。


「なにか、知ってるの?」


『あれは、お前と同じ存在だ』


「なんだって……?」


 どういうこと? とノヴァに問う。

 どうして、ルナティックが保存していたものの中から、守護者が――


『奴は何年もずっと生き延びてきた。幾人もの守護者を退けている。その退けた守護者を捕獲し、エネルギーとして保存していたのだろう』


 なんということだ、と炎司は思った。まさか、自分と同じ存在と戦うことになるなんて、思いもしなかった。


『あの守護者は地球との繋がりは切れているから、お前のような無尽蔵の回復力はないはずだ。斬れていなければルナティックは保存することはできなかっただろう。


 だが、それでもいままで戦った中でも屈指の強敵であることに変わりはない。奴本体が持つエネルギーの限りはお前と同じように身体が再生するはずだ』


 地球から切り離された場合、どれくらいの力があるのか不明だが、ノヴァが警戒するくらいだ。間違いなく相当のものだろう。それを考えると、背中にぞっとするものが伝った。


「ということは、何度も倒さないと駄目ってこと?」


『そうだな。それか、お前がルナティックにやられたように、超強力なエネルギーをぶつけて、完全に消滅させるしかない』


 ルナティックとの戦い以上に厳しい戦いなる。あのイカレた男はなんてものを残してくれたのだろう。俺を殺すと、大変なことになるぞ。奴が言っていたことは本当だった。その事実が堪らなく悔しい。


 炎司は額をぶつけられた拳を見る。普通の人間であれば痛めていただろうが、すでに元通りになっていた。問題なく使用できる。


「あ、ああ、あああ」


 守護者はうめき声を上げた。どうやら、生前の人格などは残っていないらしい。ゾンビのような感じなのだろうか? でも、それならありがたい。ゾンビのようなものなら、殺しても、嫌な気持ちにはそれほどならないだろう。


「ああああああああああ!」


 守護者は宙を蹴り、炎司に近づいてくる。守護者は一瞬で距離を詰め、クロスレンジへ。そのまま、流れるような動作で腕をしなやかに振りつける。炎司はその攻撃を腕で防御。二メートルほど横に弾き飛ばされる。すぐに反撃しようと思ったが、そこで腕の違和感に気づいた。


 先ほど守護者に殴られた部分が凍っていた。その氷は、どんとんと炎司の腕を生き物みたいに這い上がってくる。這い上がってくる氷に危険を感じ、炎司は腕を発火させて氷を溶かした。


 どうやら、あの守護者は氷の力を持っているらしい。炎司とは、まったく逆方向の力だ。


「あああ、ああああ、あああああ!」


 守護者は吠える。その咆哮は、知性の欠片も感じられない。


 氷の能力であれば、炎を操る炎司の力と相性がいいはずだ。先ほどのように、凍らされても、炎で簡単に溶かせる。


「ああ、ああああ、ああ!」


 守護者が吠える同時に、ふわりと冷たい風が炎司を襲った。次の瞬間、身体が動かないことに気づく。身体から、発火することもできない。


「あああ、ああ、あああああ!」


 動けなくなったところで守護者は一気に距離を詰め、炎司の身体目がけて、ラリアットを放った。その、圧倒的な膂力によって、凍りついた炎司の身体は真っ二つに折られてしまった。

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