第97話 青い炎と重力
炎司の身体は重力に巻き込まれながら、曲がり、折られながら、引き延ばされていく。それは終わりの見えない螺旋。どこまでも落ちながら続いていく。
自分の身体がどうなっているのかすらもわからない。破壊と再生が続く無限のごとき地獄。
ここで終わるのか、と思った。どこまでも細く長く引き伸ばされ、果てのない重力の渦に飲み込まれて果てるのかと。
違う。
自分のどこかに芽生えた弱気を強く否定する。
まだ終わっちゃいない。終わってはいけない。ここで自分が折れてしまったら、誰がこの脅威を払い除けるのかと。
自分を奮い立たせる。
力を引き出せと。もっと深く、さらに遠くまで手を伸ばせと自身の身体に言い聞かせた。
壮絶な力がなだれ込んでくる。自分の矮小な意識など簡単に塗り潰すだろう巨大な力。
痛かった。
苦しかった。
でも、それを不快には感じない。
どこか温かく、懐かしいものが感じられた。
ああ、そうだ。自分はまだ戦える。敵は強大かもしれないが、自分にだって、大きなものがついているのだから――
強力な重力に飲み込まれ、その力によってどこまでも引き延ばされていた炎司は身体を振るう。
身体にかかる強い力を振り切り、蹴りを放つ。その蹴りは、ルナティックの側頭部を打ち抜いた。思わぬ反撃を食らったルナティックは大きく身体が吹き飛ばされる。
それでも、自身を巻き込む巨大な力は止まることはない。延々と、どこまでもその渦は炎司を引き寄せて続いていく。
だが――
炎司は思い出した。
ルナティックの操る力は強大た。強大であればこそ、その力には敵である自分にだって利用価値がある。
ならば――
その力は使えるはずだ。
自分を巻き込む力を利用する。強大な重力に対抗するには、さらに加速するしかないのだから――
炎司は、自分を巻き込みつつあった重力を利用して、ルナティックに追撃。その圧倒的な加速は、ルナティックが力を放つよりも早かった。炎司は自身に招き寄せた力をその身に注ぐ。
目の前に敵を撃滅するために。
最後に残った、残骸のごとき敵を完全に滅するために。
奴の狂気を、自らの炎で焼き払ってしまうのだ――
「この期に及んでまだ強くなるか、守護者!」
ルナティックは吠え、炎司に向かって重力を放つ。守護者の力を引き出した炎司には、不可視である重力すらも見通せる。であるなら、その力を利用するのは簡単だ。炎司はさらに加速する。自身を呑み込まんとする力に、負けないために。
「おおおおお!」
炎司は両手から青い炎を解き放った。それは、万物をすべて焼き払う壮絶な炎。ルナティックに襲いかかる。
しかし、ルナティックは自分に襲いかかる炎を重力の檻に閉じ込めて回避。その重力の塊を炎司に向かって投げ返し、能力を解除し、解き放つ。
あたりが青い閃光に包まれる。
だが、炎司は自分に襲い来る炎熱よりも速く動き、それを背後へと置いていく。ルナティックの懐へと入り込み、さらに加速する。
奴が放つ重力すらも背後へと置き去りにし、さらにその炎熱を強くさせ、炎の弾丸となってルナティックを巻き込んでいく。
「ぐ……」
最後に残った自身を焼くその炎に、常に余裕を保っていたルナティックの顔がはじめて歪んだ。
「お前の負けだ。ルナティック」
炎司はさらに加速する。身に纏う炎熱の温度をさらに上昇させる。
「まだだ。まだ終わらん。私がここで負けるというのなら、貴様だけでも持っていくぞ! 守護者ぁ!」
炎司とルナティックのまわりの空間が歪んだ。その力は、ルナティックすらも巻き込んでどこまでも引き延ばしていく。
「遅い!」
炎司は引き出して、その身に纏っていた力をルナティックに向かって放出し、まったく逆方向に加速した。自分の身体を引き裂く圧倒的な暴虐によって身体が引き裂かれそうになる。しかし、それでも耐えた。すべての力を前に解き放ったことによって、ルナティックだけが重力と炎の渦に飲み込まれていって――
それは再び天を衝いた。
夜空が輝く。
一瞬の輝きが夜空を照らす。
『……よくやった』
どこからか声が聞こえてきた。最初、炎司はその声が誰にものなのかよくわからなかった。
だが、すぐに思い出す。
ノヴァだ。
いついかなる時も、炎司とともにあった存在。
その聞き慣れた声を聞いて、炎司は張りつめていた緊張の糸が切れてしまい、ふらふらとよろめいて、落下しそうになった。
『お前がやってくれたおかげで、ルナティックは完全に消滅した。もう休め。今回ばかりは、無理をし過ぎたからな』
「いや……」
と、炎司はもう休めと言ったノヴァの言葉を否定する。
「まだやることがある。それだけは、ちゃんと果たさないといけない」
この戦いを見届けたであろう、彼女のために。
『なにを言っている! そんなことあとでもいいだろう。あの娘だって、それくらい――』
「お願いだよ。やらせてくれ。わがままだけどさ。といっても俺は、わがままばっかり言ってるような気もするけど」
『……わかった。無理はするなよ』
ノヴァは一瞬の沈黙を置いて、呆れたように言う。
早く行こう。
この理不尽に巻き込まれてしまった、彼女たちとの礼儀を果たすために。
炎司は、最後の力を振り絞って、これを見届けていたであろう、文子の元へと飛んでいった。
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