第94話 能力の判明

 敵の能力の正体はわかった。あとはこれをどのようにして打ち破るかだ。敵は自分と同じである。であるならば、自分にもきっと同じことができるはずだ。そこに、勝機がある。


 身体の凍結がさらに広がっていく。だが――


 炎司の意に反して動きを止められていた身体がそこで復帰する。炎司は、身体から炎を放出し、凍りついていた身体をもとに戻した。それから、わずかに残っていた氷の刃を引き抜いて捨てる。敵は、炎司が炎を放出する直前で退いていたので無傷だ。


「あああ、あああああ、ああ……」


 守護者との距離は十メートルほど。どちらもひと息で詰められる距離。とはいっても、接近した場合、こちらの動きを封じられるので、敵の方が圧倒的に有利だ。その状況をどのように跳ね返すか。


 恐らく、それができるのは一度きりだろう。敵は、正気を失っているかもしれないが、ルナティックに捕らえられる前に得た戦闘技術には一切の曇りがない。こちらの手の内が知れたら、対応してくるはずだ。


 どうする、と炎司は守護者を見据えたまま、思考する。敵は、なかなか動かない。こちらが敵の能力を察したことを理解したのだろうか。しかし、苦悶に満ちたその表情からは、死相に刻まれたその苦しみ以外は読み取ることができなかった。


 とはいっても、敵が来るのを待ち構えているだけではこの状況の打破はできないだろう。自分から、敵に立ち向かわなくてはならない。炎司はそう判断し、宙を蹴って距離を詰める。一瞬で、守護者の懐に入り込んだ。腕を引き、足もとから全身の力を使って、拳を放つ。


 守護者は炎司が放った拳を回り込むようにして回避。手から氷の棘を一気に突き出してきた。焼けるような熱さの氷の棘が炎司の身体を貫く。それでも、炎司は動くことをやめない。自分に向かって突き出された氷の棘に向かって、炎の斬撃を放つ。氷の棘はすべて切り裂かれ、突き出していた腕も巻き込んでいく。


「あ、ああ、あ」


 だが、守護者は炎の斬撃に自分の身体が切り裂かれる前に、腕を切り離して難を逃れる。切り裂かれた腕は焼き払われて消滅した。


 炎司は、彼がそうしてくることを読んでいた。腕を切り離して、炎の斬撃から逃れることを。守護者が逃れようとした地点に先回りし、拳を放つ。その拳は、守護者の脇腹を貫いた。確かな感触が炎司の拳に伝わる。片腕で防御しきれなかった守護者は、大きく後ろに弾き飛ばされた。


 炎司は、さらなる追い打ちをかけるために距離を詰める。炎司の拳を食らって、吹き飛ばされていた守護者はまだ体勢を立て直せていなかった。この隙を、炎司は逃さない。足に炎の力を溜め、守護者の胴体を蹴り上げる。守護者は炎司の蹴りを防御したものの、片腕では受けきることができなかった。腕は砕かれ、同時に炸裂した炎は守護者を襲った。


 だが、それでも守護者は倒れなかった。両腕を欠損し、全身を炎で焼かれても、彼が放つ戦意はまったく衰えていない。


 守護者の腕が再生する前に、勝負を決さなければと判断した炎司は、三度距離を詰める。守護者の懐に入り込んだところで――


 炎司の身体が、自分の意に反して動きを止める。


「あ、あ、あああああ!」


 守護者は咆哮を上げ、動きを止めた炎司に向かって巨大な氷塊を落とす。強制的に動きを止められていた炎司は、巨大な氷塊の重量によって押し潰されていく。氷塊によって押し込まれ、守護者との距離が離れたところで、炎司の身体は動きを取り戻した。氷塊に手を当て、押し返そうとする。手に広がるのは、焼けるような痛み。


「ああ、ああああ、ああ!」


 そこで守護者の両腕は再生する。両腕の再生を果たした守護者は、炎司を押し潰す氷塊に向かってさらなる氷塊を落下させ、その質量を倍増させた。一気に倍加した質量に、さすがに耐えきることができなかった炎司は、氷塊に押し潰されて、そのまま黒い水の中に落下した。


 氷塊は、黒い水の中でもその勢いは衰えることはなく、炎司の身体に襲いかかる。炎司の身体は黒い水の中に沈んでいく。


 だが、炎司は諦めない。襲いかかる氷塊をなおも押し返そうとする。氷塊に向かって炎を放ち、黒い水を蹴り込む。


 力を引き出せ。

 さらなる力を。


 自分が持つ力は、この程度で押し込まれるものではないはずだ。


 もっと、力を。

 この身体に繋がった力を、自分が引き出せる限り引き出すのだ――


「――――」


 いままでとは比べものにならないくらい大きな力がなだれ込んでくる。その圧倒的なエネルギーによって、自分のありとあらゆるものが消え去りそうだった。


 それでも、炎司は自分を保つ。

 いま自分を襲う、巨大な困難を打ち倒すために――


 黒い水の中に落ちた炎司は、徐々に氷塊を押し返していく。いま、自分がどのようになっているのかもよくわからないほどだった。


 身体が熱い。

 まるで、身体が炎そのものになったかのよう。

 氷塊を押し返す。いつの間にか、黒い水の中から脱していて――


 引き出した力を炎として一気に放ち、自分を押し潰さんとしていた氷塊を蒸発させる。


 この力を引き出していられるのはわずかな時間だけだ。ここで、勝負を決めなければならない。この力であれば、守護者の持つ再生力すらも消し飛ばすことができるだろう。それを、逃してはならない。


 目の前から氷塊が消えた炎司は、守護者を見据える。そして、宙を蹴って、守護者との距離を詰める。守護者との距離が詰まったところで、拳を放とうした炎司の身体は動きを――


 止められる、ことはなかった。

 炎司の拳は、守護者の身体を深々と貫く。彼の身体から、熱は感じなかった。


「あんたの能力、すごいよな」


 炎司は、感心したように言葉を発した。


「あんたの力は、ただ冷気を操るだけじゃないんだ。あんたの力は、概念すらも凍結させれるんだ。俺の行動という概念を、あんたは凍結させて、俺の動きを完全に封じていた。さすがだよ。そんなことができるなんて、やられてみるまで思いもしなかった」


 炎司の拳に貫かれた守護者は、うめき声を上げた。炎司の言葉が聞こえているのかはわからなかった。それでも、炎司は言葉を発することはやめない。


「だから、俺だって同じことができるんじゃないかと思ったんだよ。あんたが凍結させた概念を燃やして、凍結を解除させることが。こういうことは、やってみるもんだな」


「あ、あ、あ、あ」


 守護者は自分に突き刺さった炎司の腕に触れる。高熱を纏う炎司の腕に焼かれることを一切躊躇していなかった。身体をぶち抜かれても、力強く、つかんでくる。


「……じゃあな」


 炎司はそう言って、引き出した力を一気に放出する。青い閃光によって、一瞬だけ真昼になったかのように明るくなる。それは、天を衝くような光だった。その光が消えると、守護者は完全に消滅していた。再生することは、ない。


 彼は、消える直前まで、炎司の腕をつかんでいた。いまもなお、その感触は腕に残っている。


 正気を失い、死してなお囚われ続けた彼が最後の瞬間、なにを思っていたのか炎司にはわからない。だけど、これで彼は解放されたはずだ。そう信じるより、他にない。


『大丈夫か?』


 ノヴァの案ずるような声が響く。


「大丈夫だよ。大丈夫じゃなきゃいけないだろ。まだ元凶は残っているんだから」


 炎司は巨大な黒い塊を見据えた。黒い巨大な塊は、いまもなお災厄をまき散らし続けている。


 行こう。あれを壊さなければ、この街がどうなってしまうのかわからないのだから。


 炎司は宙を蹴って、巨大な黒い塊に向かって飛び出していった。

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