第60話 ドローン破壊作戦(後)
空を駆けよ。
もっと速く。さらに遠くへ。己の限界を超えて飛んで行け。
空を駆ける炎司は少しだけ下に視線を向けてみる。敵は、まだこちらに気づいている様子はない。気づかれる前に、速やかに災厄をまき散らすドローンを破壊するのだ。距離はあと、直線距離にして百メートルほど。破壊しても油断はするな。少しでも気を抜けば、先ほどのように足もとをさらわれるぞ。そう自分に言い聞かす。雑居ビルを超えたところでやっと一機目のドローンが見えた。
動きを止めれば、それだけリスクは高まる。ドローンを壊すのなら近づいた方がいい。それはすでに経験したことだ。炎司は宙をさらに強く蹴り、ちんたらと飛んでいるドローンに接近する。下からできるだけ察知されないように、最低限の力を使って、ドローンに向かって青い炎を放つ。炎に当たったドローンはチープな音を立てて欠片も残さずに蒸発した。次で終わりだ。
「もう一機は……」
炎司はすぐにその場所から移動を開始し、視界に映されているマップを確認する。距離は直線距離にして五十メートルほど。到達まで十秒もかからないだろう。方向を変え、宙を駆けようとしたその瞬間――
「あれ?」
炎司の下でいまもなお行われている狂乱の様子が少しおかしいことに気づいた。
『どうかしたか?』
「いや、下がちょっとおかしいなって思って」
炎司の下では『残骸』に影響された者たちが跋扈しているはずだった。
しかし――
そこの上を飛び去ろうした炎司に見えたのは、多くに人が倒れているところ。しかも、ただ倒れているだけではない。この距離からでも多くの人が血を流して倒れているのだ。これは、一体――
『確かに妙だ。あそこにいる者たちはどうやら多くが死んでいる。〈残骸〉に影響を受けた者たちは〈残骸〉の影響下にない者しか襲わないはずだ。奴らは大元たるあの若造によって、〈仲間を増やせ〉と命じられて、それをただこなすだけの存在なのだから。だが、これは明らかに――』
誰かが意図的にやっている。言わなくても炎司には理解できた。
『だが、ドローンを破壊するほうが先だ。確かにこれは気になるが、目的を見失うのはいかん。いくぞ』
ノヴァにそう促され、炎司が視線を上げた。とろとろとただ真っ直ぐに飛ぶだけのモノ。この街に、この混乱を引き起こした存在。
炎司は宙を蹴り、ドローンに接近する。腕に力を籠め、ドローンに接触する瞬間にそれを解き放つ。青い炎によって、ドローンは呆気なく蒸発した。これで拡散の速度は幾分かマシになるはずだ。
だが、まだ終わりではない。すでにここまで拡散してしまった以上、この事態を収束するには大元をどうにかしなければ。
力人を殺す。
それはもう避けられないことだ。わかってはいるのだけど、やはり気が滅入るものだった。
また一つ、自分は罪を背負うことになる。多くを救うために、なにかを犠牲にする。人類死において数限りなく行われてきた、たった一つの冴えたやり方――
炎司が方向転換し、大学へ向かおうとしたその瞬間――
「見つけた」
そんな声が聞こえた気がした。
炎司の視界に突如として入ってきたのは回転しながら自分に向かって飛んでくる電柱。とっさに両腕で防御したものの、軽く数百キロはあろうそれは炎司の身体を激しく吹き飛ばす。炎司は近くのマンションに激突した。
いまのは……と、炎司は体勢を立て直そうするが、足首を乱暴につかまれて、一回転したのちに下に向かって投げ飛ばされて、空中で姿勢を整えて地面に着地する。それから、上を見る。
「ははは。上から見下ろすってのはなかなかいい気分だなあ、おい」
先ほど炎司が叩きつけられた場所のすぐ近くに誰かが浮かんでいた。着地した炎司は、上を見上げてそれを見据えた。
そこにいたのは、五十代と思われるどこにでもいそうな男。しかし、その顔には残忍な笑みを浮かべ、着ている服は赤色に染まっていた。
「なあ、お前だろ? 俺の邪魔をしようって輩はよお。どうってことねえガキじゃねえか」
宙に浮かんでいた男は炎司が着地した場所から十メートルほどの位置に下りてくる。
こいつは――なんだ?
明らかに普通の状態ではない。それに、なにより――
「これは、お前がやったのか?」
炎司はそう言って、まわりを見回した。炎司のまわりにあるのは、ねじ切られ、潰され、折られた無残に破壊された死体が転がる酸鼻な光景。
「そうだけど。なにお前? どうして俺にお前とか口聞いてんの? 俺のこと舐めてるわけ?」
男は苛立ち混じりに言う。
「ま、いいや。どうせ俺をどうにかできる奴なんていねえしな。俺は寛大だから、無礼な口を聞いたことくらい許してやるよ」
男はなにかに取り憑かれたとしか思えない明るい口調で言う。
「どうして……こんなことを?」
「はあ? どうしてって決まってるじゃねえか。自分の力を試してみただけだよ。なにしろいまの俺はすげー力を手に入れたんだからなあ!
でもさあ、そこらにいる輩に力を振るっても、抵抗とかしねえし、たいして面白くなくて飽きてたところなんだよ。抵抗しない奴にやりたい放題やるのも悪かねえけど、やっぱ人間を殺すのなら、痛がったり怖がったりしてほしいよなあやっぱ」
男はけたけたと笑った。
こいつは――『残骸』の影響を受けても自我を保っている。こうして炎司と喋っていることからもそれは明らかだった。
だが――
この残虐さは、『残骸』の影響というわけではない。『残骸』の影響で人外の力を手に入れ、あの男のどこかに秘められていた残虐性が発露したのだろうか?
それはわからない。
しかし――
炎司は学者ではないから、そんなことわかる必要などない。
この男は敵だ。
『残骸』の力を、力人とは全く違う形で利用する敵――
倒さなければ、ならない。
「お、やんのかてめえ? 一方的に殴ったり捻じったり潰したりするのはさっきも言ったが飽きてたところなんだ。電柱ぶち当てても死ななかったみたいだし、俺のことを愉しませてくれよ?」
そう言って男は、近くにあった電柱を蹴りで叩き折ってつかみ、それを無造作に振り回した。
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