第62話 再びの衝突

 僕の耳にいまでも響いている街の狂騒とは裏腹に、大学の中は静寂に包まれていた。


 彼は、そろそろここに戻ってくるだろう。やるべきことを成し遂げた、新たな敵として。より強くなって。


「ふふ……」


 また彼と戦うことができるのだ。そう思うと僕の心は激しく高鳴った。これは、もしかしたら人間の深いところに刻まれた闘争を求める本能なのかもしれない。


 僕は、『残骸』の影響下にある者たちの視界を自分の視界に映す。


 街にばら撒いた『残骸』の力を通じて、『残骸』の影響下にある者たちの視界を共有させることができるようになっていた。彼と直接戦い、退け、その間に僕が編み出した方法だ。


 彼は、迷うことなくここに近づいてきている。衝突は避けられないだろう。

 僕は自分の肩のあたりに触れた。


 そこには、いまも僕の身体とは別に脈動する『残骸』がある。彼を超えていくには、この力をさらに引き出さなければならない。


 さて、彼を相手に――僕はどこまでやれるだろうか?


 いや、違う。

 やれなければならないのだ。


 僕と彼は、決して相容れない存在なのだから。

 相容れない者同士が相対したとき、唯一なされるのが闘争というものだ。


 僕が目的を果たすためには、彼を超え、彼を殺さなければなにも始まらない。ここで僕が敗北してしまえば、なにもかも終わりだ。『残骸』の力を使って、人類にさらなる発展を呼び込むという野望も潰えてしまう。


 だから――

 相手が、どれほど強かろうと、僕は負けられないのだ。


 負けるかもしれない――それを強く感じているのに、いまの僕には何故か恐れはまったくなかった。僕は、自分の力を過信しているのだろうか?


 無論、自分の力を、『残骸』の力には自信を持っている。それは間違いない。


 だが、過信と自信は違うものだ。


 過信には根拠がない。そういうものだ。自信は、いままでの実績などに裏づけられた根拠がある。僕は、『残骸』にある記憶を引き出せる。無限にも等しい、圧倒的な力を自分のものとして思い出せるのだ。これが根拠でなかったらなんというのだろう。


 そのとき――


 少し離れた場所に、どん、というなにかが落下する音が聞こえた。その音を聞いて、僕は自分に対する懸念に関する思索を打ち切った。彼は、なにか考えごとをしながら戦える相手でも、戦っていい相手でもない。それは宿敵に対する、最低限の礼儀というものだろう。


 ほどなくして、静寂に支配された夜の闇を切り裂くように彼が現れた。


「やあ、待っていたよ」


 たった一人でこの街に何百といる『残骸』の力に影響された者たちと戦った彼はひどく消耗しているように見えた。


「随分とお疲れのようだが――大丈夫かな?」


「ああ、おかげ様で」


 明らかに疲労の色が見える声で彼は言う。彼は僕から十メートルほどの距離で足を止める。


「それにしても驚いたよ。あれだけの敵に襲われてなお、そのほとんどを殺さずに済ますなんてね」


「……いままで見てきたような口振りだな」


「そりゃそうさ。僕は『残骸』の影響下にある者たちの視界をジャックできるようになったからね。いまの僕には、数百もの目があるも同然だ」


「ふん。またさっきみたく多数の敵をけしかけるつもりか?」


「なにを言っている。そんなことはしないよ。僕にとってきみはどうやっても避けられない敵だ。多数の敵をけしかけたところで、それが避けられるわけじゃない。ただ先延ばしになるだけさ。


 それに、きみが本気になれば、街にいる程度の敵を処理することなど造作もないだろう。さっき殺した、あの男のように」


 僕の言葉を聞いて、彼は少しだけ身体をぴくりと動かした。


「だから、この街にいる『残骸』に影響された者たちをけしかけたところで時間稼ぎ以上にはならない。僕はそれをちゃんと理解しているつもりだよ。いまの僕にとって、きみは唯一の障害なんだから」


 さあ、やろうぜ――と僕は言う。


「それとも、『残骸』に影響された者たちに邪魔されるのを懸念だと思っているのかな? それなら安心してくれ。僕は、先ほどすべての『残骸』に影響された者たちに働きかけた。僕の邪魔をするな、とね。僕ときみの闘争を邪魔するものは誰もいない。信用してくれ」


「…………」


 彼は答えない。無言の肯定か、それとも――


「もう一度問いたい」


 彼はおもむろに言葉を発した。


「いままでのことを全部見ていたというのなら、あんたが持つ『残骸』の危険性は決して克服できるものなんかじゃない、そうわかったはずだ。それでもあんたは、『残骸』の力を使うつもりか?」


「無論だ。答えるまでもない」


「……そうか」


 彼は少しだけ残念そうに言って、構えた。力強さが感じられる構えには、隙らしいものはまったく感じられない。それは歴戦の戦士のようだった。


「そんなことを聞くということは、そんなに僕のことを殺したくないのかな、きみは」


 僕は冗談めかした口調で言った。


「さあ、どうだろうな。

 でも、俺は人が人を裁いていいとは思えない」


「そうはいっても、きみは僕に容赦をするつもりなんてないんだろう?」


「……まあね」


「じゃあ、始めようか。

 だが、きみは強い。たぶん僕よりも強いだろう。

 それでも僕はきみに負けられない。

 だから、色々と手段を講じさせてもらうよ」


 僕はそう言って、腕を構え――彼に向かって力を放った。

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